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グリーン・ニューディールの夢を壊す高速鉄道計画

工費増大などでカリフォルニア州の計画が大幅縮小


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年5月号からの転載)

 1980年代後半から90年代初頭にかけて、国内の不動産価格が高騰し、日本全土の土地価格が米国全土を上回ったという話があった。日本でバブル経済が弾ける直前のことである。
 米国の不動産価格が相対的に安く見えたことから、米国での不動産投資に乗り出す日本企業も出た。米ニューヨーク5番街のランドマークとも言えるティファニービルや、クリスマスツリーの点灯式が全世界に流れるロックフェラーセンターも日本企業が購入した。バブル崩壊後、これらの不動産は手放された。
 不動産だけでなく、日本企業によるインフラ整備計画まで登場した。日本の新幹線開業(1964年)に刺激を受けた米国議会は翌65年、高速陸上輸送法を成立させた。同法成立を受け、高速鉄道整備計画の検討がいくつかの州で始まったが、バブル期の最中には米東部に高速鉄道を整備する計画を打ち出す日本企業まで出た。
 この計画は実現しなかったが、地球温暖化問題に対応するには、自動車から排出される二酸化炭素(CO2)を削減する必要があり、公共輸送機関、高速鉄道の整備が必要との考えが1990年代から出てきた。
 その後、原油価格の上昇で、航空機や自動車に対する鉄道の競争力が高まったこともあり、米東部での高速鉄道構想がニューヨーク-ワシントンDC間の路線を延長する形で実現した。さらにフロリダ州でも昨年、高速鉄道が開業した。温暖化対策に熱心なカリフォルニア州政府も、鉄道建設の検討を本格化させた。
 今年2月7日、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米下院議員(民主党)らにより提出されたグリーン・ニューディール議決案(GND)の中に、温暖化対策としてインフラ、公共輸送機関、高速鉄道の整備が盛り込まれた。これが高速鉄道計画に追い風になるとみられたが、同じ民主党のギャビン・ニューサム・カリフォルニア州知事が議決案発表直後に、鉄道計画案の縮小を発表した。民主党のナンシー・ペロシ下院議長はGNDを“グリーン・ドリーム”と呼んでいる。GNDの実現は難しいようだ。

米国での鉄道整備事業

 かつて米国の下院議員が、ワシントンDCから選挙区のシカゴまで車で往復していると発言しているのを聞いたことがある。車なら片道10時間以上かかるだろうが、ガソリン価格が安い米国では、旅客機と比べて交通費が安くすむため、車が利用されていた。しかし、かつて1ガロン(3.8ℓ)=1ドルだったガソリン価格は、21世紀に入ると上昇し、今は約3ドルである。1ℓ当たりにすると、30円から90円程度に上昇したことになり、自動車による移動コストは上昇している。
 温暖化問題が90年代から注目されるようになり、自動車利用が多い米国では、輸送部門からのCO2排出削減が課題になった。国内排出量全体に占める自動車部門の排出割合をみると、米国は他国と比べて高くなっている()。加えて、鉄道のコスト競争力が自動車や航空機と比べて増していることもあり、高速鉄道整備の実現性が高まった。


表 自動車からのCO2排出量
※ エネルギー起源の CO2排出量、2016年実績
出所:国際エネルギー機関

 2000年には、ボストン-ワシントンDC間に最高時速150マイル(約240㎞)の高速鉄道が開通したが、既存の線路を共用することもあって457マイル(約730㎞)の同路線を結ぶのに約7時間も要する。運賃は79ドル(約9000円)からと、航空運賃の3分の1程度だ。
 その後、テキサス州、フロリダ州、カリフォルニア州で高速鉄道計画が検討され、フロリダ州では昨年、マイアミ-ウエストパームビーチを結ぶ高速鉄道が開通した。この鉄道は2021年、ディズニーワールドの玄関口であるオーランド空港まで延長される予定だ。

後退する加州の高速鉄道計画

 カリフォルニア州政府は2013年、サンフランシスコ-サンディエゴ間(約800マイル)を結ぶ新路線建設に着工したが、工費増大と工期遅延により計画が大幅に縮小された。
 同州でこの高速鉄道計画の検討が始まったのは1961年のことだった。州政府は1996年、鉄道建設のための組織を立ち上げ、事業を2期に分けて実施することになった。第1期はサンフランシスコ-ロサンゼルス間、第2期はロサンゼルス-サンディエゴ間をそれぞれ整備するとした。
 2006年時点の計画では、第1期の工費は350億ドル(約3兆9000億円)で、完成予定は2020年だった。2008年に行われた州住民投票により、全路線を新設することが認められたが、訴訟や住民の反対を受け、既設路線を一部使用する計画に変更された。米連邦政府からは35億ドルの補助金が投入された。
 その後、工費は770億ドルに膨らみ、完成予定は2033年に遅れることが発表された。同州のギャビン・ニューサム知事は今年2月12日、工事が始まっているメルセド-ベーカーズフィールド間(約171マイル、)の完成に注力すると述べ、サンフランシスコ-ロサンゼルス間の全線完成には米連邦政府、民間資金が必要との見解を示した。


図 米カリフォルニア州の高速鉄道計画

 その後、知事のスポークスマンが、知事はサンフランシスコ-ロサンゼルス間の建設を約束していると補足したが、共和党からは「行先のない列車がGNDの先駆け」と揶揄されている。ある研究者は、鉄道開業後は法律により州政府資金の投入が禁じられていることから、確実に赤字になると指摘している。
 トランプ米大統領は「カリフォルニア州の高速鉄道計画は、コストオーバーラン(超過)で世界記録を作った。絶対に必要な(米国・メキシコ国境の)壁建設費用の数百倍だ」とつぶやいた。さらに、「カリフォルニア州は失敗した高速鉄道の路線を大幅に縮小し、もうサンフランシスコにもロサンゼルスにも行かない。無駄になった数十億ドルの連邦政府資金を返せ」とツイートした。
 GNDの先行きを暗示するような同州の高速鉄道計画だが、英シンクタンクGWPFは「GNDは共和党の秘密兵器?」との論考を発表している。米共和党は、温暖化対策と格差是正を2030年までに政府資金で進める民主党のGNDを「社会主義政策」と呼んでいる。同党左派が極端な政策を進めれば有権者の民主党離れを招き、2020年の米大統領選で共和党が有利になるとの見立てだ。
 民主党の中にも、ナンシー・ペロシ米下院議長のようにこうした見立てに気づいている議員もいる。米大統領選の候補者選びの過程では、同党左派との間で大きな議論が起きる可能性もある。そうなると、GNDが米国の高速鉄道整備を助けることもなくなりそうだ。



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