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エネルギー貧困層を追い詰めたフランス炭素税


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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 少し古いデータだが、欧州委員会によると2012年にEU加盟国で冬季に十分暖房できない人は5400万人、全人口の10.8%だ。ほぼ同数の人が、電気・ガス料金の支払を期日までに行うことができない。また、ほぼ同数の人が劣悪な住環境に住んでいるとされている。欧州のいくつかの国の状況はに示す通りだ。

 欧州では、エネルギー貧困が大きな問題になってきている。厳しい冬の気候に直面する東欧諸国だけではなく、英国、ベルギーなどでも十分な暖房が出来ない世帯が増えている。英国では、冬季に暖房か食料がどちらかを我慢する必要がある家庭も増えていると言われている。
 フランスでも事態は変わらない。2013年から14年の調査では収入の10%以上をエネルギー価格の支払いに充てている世帯は280万、全世帯数の10.4%、人口では550万人に相当している。冬季に十分な暖房ができない世帯数は160万、全世帯数の6%だ。
 フランス政府はエネルギー貧困と呼ばれる人たちを補助するため、2004年から電気料金、2008年からガス料金への補助を行う制度を導入した。2012年の実績では、電気料金補助が1世帯当たり年間90ユーロ、ガス料金補助が142ユーロだった。この補助制度は2018年からエネルギーチェック制度に変わった。世帯収入、世帯人数を基準に、年間36ユーロから227ユーロを補助する制度だ。平均補助額は150ユーロだ。

エネルギー貧困層を直撃したフランス炭素税

 多くのエネルギー貧困層を抱えるフランスだが、政府は温暖化対策に熱心だ。フランスはエネルギー消費に占める原子力の比率が高く、二酸化炭素(CO2)排出量は少ない。一人当たりのCO2排出量は、図-1の通りドイツの半分程度しかない。CO2削減を図るためには、相対的に高い比率を占める自動車を中心にした運輸部門からのCO2削減を図ることが必要になる。このため、フランス政府はガソリンとディーゼル油の価格上昇を通し、燃料消費を抑制することを考え、2014年から炭素税を導入し2030年迄毎年金額を引き上げていくことを決めた。

 2014年後半からの原油価格の下落を受け、フランスのガソリン、ディーゼル油価格も値下がりし炭素税による値上がり分を吸収していたが(図-2)、燃料価格が高止まりした2018年には、炭素税の影響が見えることになった。炭素税の税額、働きなどについては、Wedge Infinityの連載(『ドイツ政府もフランス国民も「温暖化対策より経済」』)に説明しているので参照願いたいが、高止まりした燃料価格のさらなる上昇がエネルギー貧困層のみならず、中間層まで直撃することになり、国民が憤ることになった。

 欧州のいくつかの国の無鉛ガソリン価格は、図‐3の通りであり、フランスの価格が飛びぬけて高い訳ではない。2018年炭素税によりリットル当たり3.9ユーロセント上昇したガソリン価格が、2019年1月さらに2.9ユーロセント値上がりすることが、今回の混乱の引き金になった。他の欧州諸国のガソリン価格とエネルギー貧困率から推測すると、他国でも炭素税の導入により同様の問題が発生してもおかしくはない。

現世代の負担と将来世代の便益の曖昧さ

 温暖化対策の目的は、将来の気温上昇を抑制し気候変動による社会への影響を小さくすることだ。しかし、問題は温暖化対策と気温上昇との関係、さらに気温上昇による影響の程度が分からないことだ。世界全体の問題に対し、全世界排出量の1%以下しかない国が現世代の生活と経済を犠牲にした場合、将来世代はどの程度の便益、メリットを得ることができるのか全くわからない。フランス国民は、この曖昧さにも納得しなかったのではないか。
 現世代がエネルギー資源を消費することにより、将来世代に気候変動という問題を発生させる世代間の公平性の問題が議論されるが、問題になっている炭素税は、将来世代が受けるかもしれない影響を小さくするため、現世代に負担を強いるものだ。費用対効果が不透明では、負担する現世代の多くの人を納得させられないことをフランスの炭素税は示した。
 将来世代が得ることができる便益が不透明にもかかわらず、費用だけは明確になる炭素税の負担を現世代に求めることは難しいかもしれない。フランス国民の行動は、炭素に価格を付け化石燃料の消費抑制を図るアイデアを離れ、異なるアプローチを考える必要性を示したとも言える。



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