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政治化する天然ガスパイプライン


読売新聞編集委員


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 今年(2018年)7月11日、ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、トランプ米大統領は、ドイツが今年3月に建設許可を与え、5月3日に建設が開始された天然ガスパイプライン「ノルトストリーム2」を俎上に載せた。
 トランプは「ロシアに何十億ドルを支払う一方で、ロシアに対してヨーロッパを防衛しなければならないのは、筋が通っていない」などと述べて、建設を批判したのである。
 「ノルトストリーム2」とは、バルト海の海底に敷設され、ロシアからドイツに直接、天然ガスを供給するガスパイプラインである。ロシアの国営エネルギー大手ガスプロムと、フランスのエンジー、オーストリアのOMV、英国、オランダのロイヤル・ダッチ・シェル、ドイツのユニバー、ヴィンターシャルの西ヨーロッパのエネルギー関連5社が出資した「ノルトストリーム」が事業主体となり、1200㎞の距離をつなぐこのパイプラインは、2020年までの完成を目指す。
 同じバルト海の海底には、「ノルトストリーム」(1をつけることもある)が2005年から建設され、2011年から稼働している。2本目のパイプラインは、これまでのパイプラインとほぼ並行して敷設されることになる。
 昨年、ヨーロッパ全体で4250億㎥の天然ガスが消費されたが、ロシアはそのうち1500億㎥を供給した。年間550億㎥の供給能力を持つ今回のパイプラインが稼働すれば、単純計算でヨーロッパは天然ガスの約半分をロシアに依存することになる。
 1本目のパイプラインは、ドイツのシュレーダー首相(当時)と、ロシアのプーチン大統領が建設に合意した。
 私は2009年10月、ポーランド国境に近いメクレンブルク・フォアポンメルン州アンクラム近郊の「ノルトストリーム」の建設現場を取材したことがある。


「ノルトストリーム」の建設現場(2009年10月、ドイツ北部アンクラムで)

 計画当初から、ポーランドなどの東ヨーロッパ諸国、バルト3国、ウクライナが建設に強く反対した。これまで、自国領をパイプラインが通過していることで発生する通過料収入が減少することに加え、西ヨーロッパに直接供給するルートがあれば、ロシアが東ヨーロッパ諸国への供給停止を行うことが容易になる。そのことは、天然ガスを政治的圧力の道具として使われやすくなることを意味する。
 当時、ポーランドのラドスワフ・シコルスキ外相は、ドイツとソ連が手を結び、ポーランド、バルト3国を分割占領した「モロトフ・リッベントロップ秘密協定(1939年)の再来」とまで言ってプロジェクトを批判した。
 ヨーロッパが団結してロシアに対決すれば問題はないが、ドイツを始め西ヨーロッパ諸国が、東ヨーロッパの犠牲の上に、自国のエネルギー確保や対ロシア関係を優先させるかも知れない、という安全保障上の疑念はぬぐえないのだろう。
 ドイツのメルケル首相が「ノルトストリーム2」の建設を認可したのは、ちょうど、ロシアの元スパイに対する殺人未遂事件にロシアが関与していたとして、ドイツを含むEU諸国や米国が、ロシア大使館員の国外退去処分に踏み切った直後だった。
 ドイツ国内でも、プーチンに間違ったメッセージを与えると批判する声も強かった。それでもメルケルが建設に踏み切ったのは、ドイツが脱原発と再生可能エネルギーの導入を並行して進める「エネルギー転換」を進めている事情も大きい。
 最近では、温暖化ガス排出の抑制を図るため、石炭発電所の抑制も求められている。再生可能エネルギー供給は不安定であり、バックアップの発電所が不可欠だが、石炭発電所が頼れないとなると、天然ガス発電所への依存を高めざるを得ない。
 ドイツの総発電量のうち天然ガスによるものは9.6%(2016年)だが、5年以内に20%に引き上げることを計画している。現在、天然ガスの40%をロシアに頼っているが、2025年にはそれが50%になると予測されている。
 「ノルトストリーム2」を使えば、ウクライナのパイプラインを経由するよりも、40%安く供給できるという。西ヨーロッパ諸国にとっても当然、安価な天然ガスを入手できることは望ましい。2本目が供給を始めれば、ドイツは西ヨーロッパ各国に供給する「ハブ」になることが予想されている。
 一方、ポーランド、バルト3国、ウクライナなどは1本目の時と同様の理由で、「ノルトストリーム2」に対しても強く反対している。ウクライナは、同国を通るガスパイプラインの通過料収入で、年間20億ドルを稼いでいる。それが減少することで、経済が弱体化し、政治が不安定化する懸念があるとすら報じられている。
 ヨーロッパは液化天然ガス(LNG)輸入など多角化を進めているが、北海で産出される天然ガスは次第に枯渇している。ロシアが対ヨーロッパの供給量を倍増することによって、ヨーロッパがエネルギー安全保障上の脆弱性を高めることは否定できない。
 トランプはロシアのクリミア領有を容認するような発言をしたこともあり、対ロシア政策ははっきりしないところがある。ただ、ポーランド、バルト3国、ウクライナの安全保障者として振る舞うという基本政策は、これまでのところ継承しているように見える。米政府高官が「ノルトストリーム2」に参加したヨーロッパ企業に制裁を科す、と述べたことからも、トランプ政権はこの件に関してはかなり本気なようだ。
 ただ、米国産LNGの対ヨーロッパ輸出を拡大するために、パイプライン建設を阻止したい、という経済的な思惑もあるとも報じられている。トランプのことだから、この理由もそれほど的外れではないかもしれない。
 トランプはNATO首脳会議でドイツを標的に、「ドイツはロシアの捕虜だ。ロシアから大量のガスと石油を得ている」とまで述べ、ドイツを攻撃した。トランプは、移民・難民政策に関する立場の違いなどが重なり、ドイツのメルケル首相に対して敵愾心を持っているようだ。パイプライン問題をドイツ攻撃の口実にしているような所もある。
 一方、NATO首脳会議では、リトアニアがトランプに同調する発言をした。
 このように、パイプライン問題は極めて政治的な性格を帯び始めた。対ロシア制裁解除をめぐり、ヨーロッパ諸国の足並みは乱れ始めているが、パイプライン問題が加わり、対ロシア政策を巡るヨーロッパの亀裂は拡大しそうである。



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