ドイツ ディーゼル車の排ガス問題


ジャーナリスト

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 実際に行ったり、住んだりした人には自明だろうが、ドイツの都市は、その規模が大きくないこともあり、町中に多くの緑がある。ベルリンにも中心部にティアガルテンというかなり広い公園があって、市民の憩いの場となっている。
 私もベルリン勤務時代、そうした自然の息吹を間近に感じる都市生活を楽しんだが、実はドイツの諸都市の大気は、気管支炎などの健康被害をもたらす酸化窒素(NOx)でかなり強く汚染されている。盆地状となっているシュツットガルトはスモッグもひどいと聞く。
 NOxはディーゼル車が主な発生源で、日本でも1999年、石原慎太郎都知事(当時)がディーゼル車の排ガス規制に乗り出したことで、NOx問題はよく知られるようになった。
 シュピーゲル誌(2018年2月10日号)などによると、大気汚染はミュンヘンが最も深刻で、1立方メートル当たりの二酸化窒素(NO2)最高値は、2017年の平均で78マイクログラム。規制値は40マイクログラム以下なので、ほぼ倍の数値となっている。ミュンヘンに次いで深刻なのはシュツットガルト、ケルン、ロイトリンゲン、ハンブルク、デュッセルドルフとなっており、ドイツ全体の66都市で基準値を超過している。


出典:シュピーゲル誌

 環境意識の高いドイツ人の間から、このNOxの元凶であるディーゼル車に対する規制を求める声が上がるのは当然だろう。
 今年(2018年)2月27日、この問題を巡る重要な判決が、行政裁判所の最高裁に当たる連邦行政裁判所(ライプチヒ)で下された。
 この裁判の第1審判決は、2017年7月のシュツットガルト市とデュッセルドルフ市の行政裁判所によるものだった。両裁判所は、環境団体の訴えを受けて、ディーゼル車の市街地走行を禁止することが、NOx濃度を基準以下にするために有効な手段であることを認めた。
 この判決を不服として、これらの市が所在するバーデン・ビュルテンベルク、ノルトライン・ヴェストファーレン両州が、法的根拠がはっきりしないことなどを理由に、第2審の上級行政裁判所を飛び越して、最上級審である連邦行政裁判所に上告していた。
 そして、この日、連邦行政裁判所の判決が下されたのだが、それは上告を棄却し、各都市がディーゼル車の走行禁止を可能とするものだった。公共放送ARDによると、判決は①走行禁止は基本的に許容できる②禁止は相当性の原則(行き過ぎの禁止)に基づき適切な政策でなければならない③手工業者のディーゼル車使用は認めるなど例外を考慮する④全国一律の規則は必要ない⑤補償を行う義務はない――などを内容としている。
 今回の判決で国、自治体ともに何らかの措置を迫られることになると見られており、その意味では画期的な判決とされている。連邦政府(国)報道官は判決を受け、NOx排出量が規制値を満たすディーゼル車には全国一律に「青いバッジ」を装着する構想を示した。ただ、走行禁止までにはまだ紆余曲折がありそうだ。
 まず、所有者、利用者だが、排ガス規制基準「ユーロ5」適用以前の、走行禁止の対象となるディーゼル車の所有者は、ドイツ全土で1100万人と見られている。走行禁止措置で車の値崩れや不便も当然予想されるが、判決は「所有者はある程度の車の価値の低下は甘受すべき」とした。ただ、果たしてそれで多くの国民が納得するかどうか。
 自治体に関して言えば、これまでの排ガス排出量を減らす政策も莫大な資金を必要とし、自治体にとっては重い負担となっている。シュピーゲル誌によれば、市営バスを電気自動車にするなどの措置が検討されているが、ディーゼルのバスに比べ2倍以上の価格となり、充電施設などのインフラもまだ欠いている。
 地下鉄、電車、バスなどの公共都市交通を無料にする案も議論されているが、これに対しても予算措置の面で懐疑的な見方が強い。
 判決では当面「ユーロ3、4」対応車を対象とし、「ユーロ5」については、2019年9月以降、対象とするとして、一定の配慮をした。「都市・自治体同盟」事務局長のゲルト・ランズベルクは公共放送ARDに対し、「判決によれば、通行禁止は様々な手を尽くした最後の手段だ」などと語り、地方自治体としては早急に通行禁止の措置を取ることには反対の意向を示した。
 自動車業界は言うまでもなく、判決に批判的だ。電気自動車(EV)への転換は、まだ道半ばであり、当面、ディーゼル車は販売の中心となる。判決を受け、すでに自動車大手の株価が下落している。
 イギリスとフランスは2017年7月、ガソリン車とディーゼル車、いわゆる化石燃料車を2040年までに販売禁止とする方針を発表した。また、オランダ、ノルウェーは2025年を期限とする方針だ。
 環境先進国を自認するドイツだが、自動車産業は基幹産業であり、これらヨーロッパ諸国に同調するわけにはいかない。連邦政府は自動車業界の意向を受け、EVへの早期の全面的切り替えには慎重な姿勢を明らかにしている。ディーゼル車からEVに転換すると、自動車部品の3割ほどが不要になると言われており、広い裾野の自動車関連企業の雇用にも配慮する必要もある。
 環境先進国であるとともに、自動車王国であるドイツが直面する難しさと矛盾が現れているといえる。
 トヨタ自動車は3月5日、2018年以降、ヨーロッパで販売する新型車からディーゼル車を販売しないと発表した。判決の影響が早くも現れていると見ることも出来る。
 今、自動車産業を巡る環境は激変している。その点も含め、環境保護、自治体の財政、市民の健康と便益、自動車産業の利益といった複雑な要素が絡むディーゼル車の市街地走行禁止問題が今後どのような展開を見せるのか。
 ドイツの環境行政や自動車産業の将来にも関わるだけに、日本としても注視する必要がある。