低炭素社会の実現に向けた水素エネルギーについて(4)

-熱需要におけるCO2フリー水素による化石燃料代替-


東京電力ホールディングス(株)技術・環境戦略ユニット技術統括室 プロデューサー

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※ 低炭素社会の実現に向けた水素エネルギーについて
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製造から消費までCO2フリーの水素エネルギー

【9】日本におけるP2G実証事業

 経済産業省とNEDOはP2Gの実証事業として2016年度に「水素社会構築技術開発事業/水素エネルギーシステム技術開発」を公募し、6テーマを採択した。同開発事業の目的は将来の再生可能エネルギーの導入拡大を見据え、その課題について水素を活用して解決するための技術開発である。各テーマにて企業化調査(FS)を実施し、2017年度上期に予定されているステージゲート審査を通過したものが実証事業へと進むというスキームである(図16)。

図16
図16 Power-to-gas 水素社会構築技術開発事業の採択一覧
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 当社が携わるテーマについて簡単に紹介したい。山梨県・東レ・東光高岳と当社の4者で山梨県甲府市内の米倉山(こめくらやま)において、山梨県と当社が設置したメガソーラー発電所の電力を利用し、年間45万Nm3(計画値)の水素を製造・貯蔵及び利用するP2Gシステムの確立を目指すものである(図17)。

図17
図17 米倉山でのPower-to-gas実証事業イメージ
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 この取組みは、前述した「温室効果ガスの削減」「再生可能エネルギー発電の導入拡大による変動分の平滑化」「熱需要、運輸分野への再生可能エネルギーの導入」「エネルギーセキュリティーの向上」などの課題を解決する手法の一つとしてなりうるか、検証するものである。
米倉山PV所の概要は以下のとおりである。

  • 面   積:12.5ha
  • 出   力:10MW
  • 発生電力量:1,200万kWh/年
  • 運転開始日:2012年1月

 米倉山の10MWPV出力に1.5MWの水電解実証装置を接続する予定であり、PVの出力変化に応じた変動分の電力によってCO2フリー水素(最大300Nm3/h)を製造する計画である。

【10】長期的なエネルギー需給バランスへの寄与

 当社は政府が温暖化対策の長期目標に掲げる2050年に1990年比でCO2排出量80%削減を念頭に置いて、脱炭素化を最大限進めたケースを試算した。経済成長・人口減少・省エネ進展を織り込み、現在の最終エネルギー消費の電気と燃料の比率で試算したレファレンスケースではCO2排出量が約6億トンと2013年に比べ50%程度の削減に留まり、政府目標には届かない結果となった。依然として最終エネルギー消費において化石燃料の利用比率が高く、それが足を引っ張る形となっているのである。これらの対策に加え、運輸分野のガソリン車をEVに、熱需要での燃焼式給湯器からヒートポンプ式給湯機への切り替えなど現時点で将来を見通すことができるイノベーション技術の普及を織り込んだ場合、最大75%(2013年比)まで削減余地があると分析した(図18)。

図18
図18 熱需要での水素エネルギー利活用とCO2排出削減ポテンシャル
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 それでも電化できない船舶などの運輸分野や高温熱需要など化石燃料による需要が残る。また、2050年時点でも一定量の従来型技術が市場に残るものと思われる。このような需要に化石燃料の代替として水素を燃料として活用することも対応策の一つと考えられる(図19)。
 一方で、新たなエネルギー技術との競合も視野に入れる必要がある。既存技術でもチャレンジングな研究開発がもたらすブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するゲームチェンジ技術の発現は水素エネルギーに限ったことではない。長期にわたり技術を定着させるためには、経済合理性、安全性や社会的受容性の点で他技術より常に優位性を維持することが求められる。今々掲げた水素エネルギーの目標の如何に係らず、他技術を強く意識して開発を行う必要があるだろう。

図19
図19 水素エネルギーのサプライチェーンイメージ
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【11】日本における水素の方向性 CO2フリー水素WG報告書などから

 日本の最終エネルギー消費の約75%を占める燃料の需要においては、バイオマス燃料などごく限られたCO2フリーの燃料しか存在しないことを冒頭に述べた。経済産業省の水素・燃料電池戦略協議会の傘下で開催されていたCO2フリー水素WGでは、再生可能エネルギーによる発電の余剰や電力系統の安定化策として主に「電力貯蔵技術」としての在り方が論点となった。しかし、議論を重ねていく中で、日本における温室効果ガスの削減に向けた取組み策として熱需要におけるCO2フリー水素の利活用も注目された。
 CO2フリー水素を製造するP2Gシステムが将来、普及することによる社会的メリットとしては、以下が考えられる。

出力が不安定な再生可能エネルギーの電力が安定化するため、送配電系統への影響が軽減し、再生可能エネルギーの導入を促進
ピーク出力が抑制され送配電設備の合理的な設備構成の可能性
余剰電力をガスに変換し、用途の多様性を図ることで、CO2排出量削減に大きく寄与
地域エネルギーの自立に対し投資を誘導することで、内需を活性化し、海外への富の流出を防ぐとともに、我が国の持続的な発展に必要となる地方創生に資する。

 電気だけでなく、石油・ガス等の化石燃料のCO2フリー化は、温室効果ガス削減という地球規模の課題解決のために必要な対策である。2050年での温室効果ガス80%削減を踏まえると熱需要のCO2フリーへの要請が一層強く求められることが想定される。
 しかし、これだけのエネルギー需要をPVや風力発電で満たすには、発電所を設置する立地が現実的な課題となるだろう。既に国内においては、FIT制度開始以降、様々な自治体や事業者が再エネ発電を検討しており、未着手の地点はかなり少なくなっている。そのため、新たな立地として海洋に注目が集まっている。欧州では北海をはじめ洋上風力による発電事業が進みつつあり、国内でも技術開発並びに実証試験が行われている。しかしながら、発電した電力を送るためには送電線が必要となり、それと接続するために洋上風力は沿岸部に限定されてしまう。
 もしP2Gの技術が確立した場合、陸上の送電線と連係するという制約から解放され、風況のよい沖合でも事業としての可能性が高まってくる。日本は世界第5位の排他的経済水域を有しており、この地勢的な優位性を活かせば、海洋を新たな再生可能エネルギーの製造拠点として注目することもできるだろう。2050年の政府目標であるCO2排出量80%削減に直接資する水素エネルギーの開発に期待したい。

本レポートは、筆者の個人的見解であり、所属組織の意見を代表するものではありません。