カーボンプライシング

-暗黙的プライスも重視すべき、安易な導入で遠のく問題解決-


キヤノングローバル戦略研究所/IPCC1.5度特別報告書代表執筆者


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「月刊エネルギーフォーラム 多事総論」からの転載:2017年4月号)

 カーボンプライシングには2通りある。第1は明示的なものであり、炭素税や排出量取引制度を指す。この税率や排出権価格をカーボンプライスと呼ぶ。他方で、エネルギー使用コストを引き上げCO2削減の動機を与えるという点では、エネルギー諸税、再生可能エネルギー固定価格買い取り制度(FIT)賦課金、安全規制、環境規制などの諸制度も経済学的に同等な効果を持つ。暗黙的なカーボンプライシングと呼ばれ、諸制度の効果を経済学的に換算すれば暗黙的なプライスを計算することもできる。
 カーボンプライスを国際比較する場合、明示的なものだけではなく、暗黙的なものも考慮しなければならない。明示的プライスだけを比較したところで、どの国においてCO2削減の動機が大きいかということは言えない。このことは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)でも常識になっているが、一部の政策シンクタンクは意図的に無視している。そして、どの国のどの燃料でも、エネルギー本体価格や暗黙的プライスの方が、明示的プライスよりも高いのが普通だ。これは日本では特に顕著で、温暖化対策税率はそれほど高くないが、エネルギー本体価格や諸制度による暗黙的プライスは高い。

技術革新にむしろ逆効果、導入効果は限定的

 さて、明示的にせよ暗示的にせよ、カーボンプライシングをさらに強化することで日本の温暖化対策イノベーションを促進できるという意見もあるようだが、これはむしろ逆効果になる懸念がある。以下に詳しく述べる。
 新産業構造ビジョンにあるように、これからのイノベーションとして期待されているのは、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ロボットなどの「共通基盤技術」が、医療・金融・製造・エネルギーなどの個別分野の技術と掛け合わせられて革新的な財・サービスを生み出すことである。
 カーボンプライシングは、そのようなイノベーションが温暖化対策分野で起きるとき、その最後の一押しの役割を果たすことはできるだろう。例えば、IoTやロボットが家庭やオフィスに入り込み、AIが発達すれば、それらと掛け合わせたエネルギーマネジメントシステムが普及する際に、カーボンプライシングがその後押しをできるかもしれない。
 他方で、どんなにカーボンプライスを高くしても、共通基盤技術にまでカーボンプライシングの影響が「遡及して」イノベーションをもたらすとは到底考えられない。カーボンプライシングには明白に限界がある。
 のみならず、カーボンプライシングが経済全般に悪影響を与えることによって、医療・金融・製造など諸分野における経済活動も低下することが危惧される。すると、現場におけるビッグ・データの蓄積や、実装を通じたフィードバックを得られないため、共通基盤技術の進歩も遅れる。これでは、あらゆるイノベーションが阻害される。ひいては、革新的な温暖化対策技術も実現し得ない。
 端的に例を挙げれば、良いAIがあればAIを使った省エネは割とすぐに実現できるが、いくらカーボンプライスを高くしてもそれで良いAIができるはずはない。良いAIが欲しければ経済全般が活発でなければならず、カーボンプライシングがそれを阻害してはならない。
 カーボンプライシングの強化は、低コストなオプションが存在する限りにおいて、適切な選択肢となる場合もある。米国の硫黄酸化物(SOX)取引制度では、低硫黄炭を鉄道輸送して高硫黄炭を代替することができた。
 日本でも、将来においてならば炭素税などが機能する状況はあり得る。
 例えば、電力のCO2排出原単位が大幅に下がるとすれば、国民経済に大きな負担を掛けないよう注意しつつ、電力利用によって化石燃料の直接燃焼を代替していくために炭素税が機能し得るかもしれない。
 ただしこのためには、今後実施される電気の低炭素化が電力価格の高騰を招かないよう、注意深く実施されることが大前提となる。例えば再エネ推進が性急に過ぎた結果として電力価格が高騰してしまうと、炭素税を導入したところで、電力利用が進むはずもない。
 また、国際的にみて日本だけが特殊な技術体系になることは、やはり経済への悪影響が大きい。エネルギー価格、エネルギー効率の水準を国際比較して、諸外国と足並みをそろえ、突出を避けるべきである。ガラパゴス化した技術は、世界市場で敗北する。
 カーボンプライシングを全否定するつもりはない。将来において、日本でカーボンプライシング強化の条件が満たされる可能性もある。だが現在の日本はそのような状況に無い。

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