小さな町の反乱が温暖化対策を遅らせる

トランプ大統領もメイ首相も製造業振興第一


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年3月号からの転載)

 トランプ米大統領を生み出したのは、小さな町の反乱と言ってもいいだろう。
 大統領選の際に“全米の縮図”になると言われるオハイオ州の得票を見ると、コロンバス、クリーブランド、シンシナティなどの都市部では全てヒラリー・クリントン氏が勝ったが、郡部ではトランプ氏が勝っている。同様のことは多くの州で起きた。オハイオ州と並んでトランプ勝利の決め手となったペンシルベニア州でも、ピッツバーグ、フィラデルフィアなど都市部ではクリントン氏が勝利したが、郡部ではトランプ氏が勝った。
 同じ傾向は、欧州連合(EU)から離脱するか残留するかを決めた英国の国民投票でも見られた。ロンドンでは残留支持が6割だったが、スコットランド以外の地方では離脱が多数を占めた。
 トランプ大統領を生み出したのも、メイ英首相を生み出したのも小さな町の有権者の投票行動と言えるかもしれない。なぜ、都市部と郡部で投票傾向がこうも異なるのだろう。
 答えは簡単だ。経済成長の恩恵を受けることができたのは、都市部の住民であり、小さな町には恩恵がなかったのだ。英国では、不動産、金融・保険など、主として都市部の住民が働く1人当たり給与が高い産業が成長し、都市部の住民の所得を上昇させた。医療・社会保障、宿泊・外食産業も英国では成長しているが、これらの産業で働く人の所得は相対的に低く、地方の人の所得は伸びなかった。地方での雇用が主体で1人当たり所得の高い英国の製造業は、この15年間で雇用を400万人から300万人に減らした。
 米国でも同様の傾向だ。全体の雇用は増えているものの、平均給与が高い製造業の雇用はこの10年間で200万人減って1200万人になった。製造業は付加価値額を増やしているものの、それは生産性向上によるものである。製造業に依存している郡部の人たちの給与は伸びなかった。地方に住み、給与の増えない人たちの不満が、英国ではEU離脱、米国ではトランプ大統領への投票に向かったのだろう。
 この問題を理解しているトランプ大統領もメイ首相も、製造業の復活を打ち出している。給与が相対的に高い製造業の復活が、地方を豊かにすることになるからだ。地方の不満を解消しなければ、政権は安定しない。トランプ大統領もメイ首相も、同時に競争力のあるエネルギー価格にも触れている。トランプ大統領は化石燃料支援を明らかにし、メイ首相は首相就任初日にエネルギー気候変動省を廃止した。ともに温暖化対策には関心がないようにとれる。

メイ首相の産業政策

 メイ首相は、閣僚12人で構成する経済・産業戦略会議を立ち上げ、昨年8月に開催された第1回会合で「国民の気持ちを1つにし、勤勉な人たちに明るい未来を」と自ら説明している。EU離脱により低迷する可能性のある経済を支えるため、落ち込みが続く製造業の復活が会議の大きなテーマだ。具体的には、自動車産業、航空宇宙産業などへの支援策が検討されているようだ。
 英国の分野別の国内総生産額(GDP)の推移は図1のとおりだが、各分野の雇用数は図2に示すとおりで、製造業が大きく雇用を失っている。伸びているのは、外食・宿泊、医療・社会保障分野で、これでは製造業に依存していた地方は疲弊する。製造業の週給は、化学分野では711ポンド(約10万円)だが、外食・宿泊の平均週給は247ポンド(約3万5000円)、医療・社会保障は420ポンド(約6万円)だ。給与がよい製造業が地方で雇用を失ったことが、小さな町に住む人たちがEU残留にメリットを感じられなかった大きな理由だ。

 詳細は発表されていないが、メイ政権は熟練労働者の訓練とともに、インフラ投資と低コストエネルギーを戦略の中心にすると報道されている。エネルギーコストには触れる一方、温暖化問題には全く触れられていない。
 英国は経済を成長させながら、温室効果ガス排出量を削減するのに成功した国とされた。その背景には、英国の経済成長が金融・保険、不動産、情報通信などエネルギー消費が少ない分野で達成されてきたことが挙げられる。製造業復活となれば、経済成長と排出量の「分離」が実現することはないはずだ。

米国の温暖化対策の行方

 エネルギー自給率100%、石炭を中心にした化石燃料支援を謳うトランプ大統領は、オバマ前大統領が進めた石炭消費量を抑制するクリーンパワープランの廃止を決めた。しかし、パリ協定についてはまだ対応を明らかにしていない。慎重に検討するということだろう。報道によると、新政権は温暖化問題に関係する各省庁に当分の間見解を発表しないように指示したとのことだ。この動きを察知したのか、政権移行直前に動いた省庁があった。
 大統領就任式2日前の1月18日、米航空宇宙局(NASA)と海洋大気庁(NOAA)が共同で「2016年は過去最高の平均気温であり、気温上昇の10%はエルニーニョ現象によるものとしても、90%は人為的な原因である」との報告書を出した。
 オバマ前大統領は離任直前、国連の緑の気候基金に5億ドルを拠出した。米国が拠出を約束した30億ドルのうち、5億ドルがすでに支払われていたので、計10億ドルの拠出である。残りの20億ドルの支払いは実行されないと予想されている。
 米国の雇用状況、賃金の状態は英国と同じだ。地方では雇用はあるものの、給与が高い製造業での雇用は減少している。トランプ大統領が、小さな町で票を集めたのは、給与が高い製造業の復活を訴えたからだ。
 製造業の復活には世界一競争力のあるエネルギーコストを維持することも必要だ。また、相対的に給与が良い建設業の雇用増も考えると、オバマ前大統領が反故にしたキーストーンXLパイプラインの復活は、一石二鳥だったに違いない。ほかにもオバマ政権時代に放棄あるいは棚上げされたエネルギー関連プロジェクトが再開されるとみられており、総投資額は170億ドル(約1兆9000億円)に達すると報道されている。
 製造業と建設業により小さな町に給与が高い仕事を作り出すトランプ戦略は、競争力のあるエネルギーコストが前提となる。英国も米国も製造業とエネルギーコストに関心が向かっている。
 製造業の賃金が相対的に高いのは日本も同じ。日本でも製造業が成長し、雇用を増やさなければ、平均賃金の下落に歯止めがかからないだろう。米英と競争する日本に時間的な余裕はない。