「安全」と「安心」-豊洲の土壌汚染

東京都議会百条委員会における石原元知事の発言を踏まえて


国際環境経済研究所理事長


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 環境問題については、人間の安全を守るため、科学的な検討が行われる。審議会において専門家が環境基準値を設け、これを達成するためのリスク管理対策を検討するのが一般的だ。

 土壌汚染に関しては、平成15年2月に土壌汚染対策法が施行された。
 この法律は、土壌汚染による人の健康影響に係るリスク管理を目的としており、有害物質を含有する汚染土壌を直接摂取(摂食または皮膚摂食)するリスクと、土壌からの有害物質の溶出により汚染された地下水を飲用に供することによる人の健康への影響を管理することを目的としている。

環境基準とリスク管理-「安全」の問題

 石原氏も言及していた産業技術総合研究所 名誉フェローの中西準子さんは日経エコロジーの取材(日経ビジネス(平成28年11月18日))に対して「地下水の水質管理のための「環境基準」は、毎日2リットルの水を70年間飲み続けた場合に健康被害が出ることを防ぐための「飲料水基準」と同じに設定している」と述べている。
 さらに「豊洲市場は地下水を使って魚を洗ったり、調理したりするわけではないので有害物質が体内に入る可能性は低い。土壌汚染対策として、摂取経路をきれいな土やコンクリートなどで遮断する方法がある。地下に盛り土がされていなかったことが問題になっているが、建屋の床のコンクリートで遮断されている」

 「基準値超えが続いたらどうすればいいのか。」という問いに対しても
 「対策としては、汚染されている土壌を取り除くか、土壌はそのままにして地下水を管理するかの二つがある。地下水の管理というのは、人が飲まないようにしたり、水をきれいにしたりすることだ。(中略)リスクの大きさと対策の効果を調べてコストパフォーマンスを高めることが、本当の意味での環境対策ではないか。」と答えている。

 また、汚染していた土地の利用に関しては、土木学会 建設マネジメント委員会 環境修復事業マネジメント研究小委員会が、土木学会の委員会メンバーに対してアンケートを実施している。(「土壌汚染により流動化できない土地等に関するアンケート」((平成22年12月1日))
 自分が土地利用者の場合を想定して、「汚染が残留している用地を利用しながら汚染低減策を実施するという提案に対して」
 「健康影響と周辺環境への影響に関して重大な問題がなければ汚染が残留しても良い」が54%。「全範囲を環境基準以下」が27%であった。

 安全の問題は、リスク管理の問題であり、人間の健康を守るための安全基準を作り、汚染に対しては、浄化するとともに、経口しないためのリスク管理をするのが「科学」の立場である。

安心の問題

 土壌の汚染は目に見えないことから、必要以上に怖がることがある。
 人によっては、100%の安全を求める人もいるが、これは飛行機に乗りたいが、絶対に落ちないことを要求するようなものであり、無理な要求である。

 一方、築地も「安全」とは言えない。百条委員会(平成29年3月20日)で石原氏は
 「非常に市場として不適格な、あそこで働いている人たちにとっても危険な職場だという認識を持ちました。あそこの建物にアスベスト(石綿)がたくさん使われているのは周知のことでありますし、アスベストは場合によっては飛散します。これを呼吸しますと肺気腫を起こしますし、肺がんにもなりかねない。しかも地下には、かつての米軍の洗濯(クリーニング)の工場施設があった。かつ、また皆さんお忘れかもしれませんけど、私は放射線については詳しく存じませんが、かつて米軍がビキニ環礁で行った水爆(実験)の「死の灰」をかぶった「第五福竜丸」があそこにたどり着いて、汚染されたマグロを陸揚げしてどこかに埋蔵したわけです。(中略)そういう点で都民が食べる生鮮食品を扱うのに最も不適当な施設だと思っております。」

 小池知事は「(豊洲は)安全だが、安心ではない」と言っているが、コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子さんは
 「「安心」とは何か。小池知事はこう述べている。「法律が求める安全性の確保、それに加えて、都民、そして国民が安心できる市場を実現するということ。法的な問題については法令を上回る措置を講じるということが東京都の意志」「消費者の理解と納得を得たとき、安心は確保されるもの」。つまり、安全が「客観的なデータやファクト」であるのに対し、安心とは都民や国民の感じる「主観的な感情」ということになるだろう。」

 さらに、岡本さんは、「小池知事の卓越したコミュニケーション術や、非科学的で、論理性に欠いていると批判される言動も、人間の本能的欲求に対する彼女なりの洞察、もしくは直感といっていい。」
 「その洞察とはたとえば、(1)人はロジックではなく、エモーション(感情)で決断をする、(2)人は基本的に変化を恐れる、(3)人は「制裁」欲求を持つ生き物である、といったようなものだ。人のこうした根源的欲求を理解したうえで、あえて大胆な「賭け」に出ているのではないかと思えるのだ。」(東洋経済オンライン(平成29年3月22日))

 かつて、一人の反対がある限り実行しないと言った知事がいたが、これは問題外としても、築地と豊洲の「安全」等を比較衡量して、そろそろ決断することが政治の役割ではないか。

 最後に、百条委員会での石原氏の文明論に関する見識を紹介する。
 「安全と安心の問題は豊洲市場だけの問題じゃない。都だけの問題じゃないんです。一種の文明論でありましてね。一方に科学があって、一方に人間の心がある。その要素に相克があるかぎり、この問題はなかなか終わらない。決して全能であるわけではないし、全能であれば、安心も追求できましょうけど、科学を含めても我々は全能じゃありません。私たちはそういうものを踏まえた上で折り合いを考えて、せっかく金を使って建設した市場を、生鮮食品の流通のために都民のために使うべきだと思いますけどね。」

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