米エネルギー省でトランプ“魔女狩り”が始まった

化石燃料、風力発電に支援継続との観測も


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年2月号からの転載)

 米国のドナルド・トランプ新大統領は、世論に合わせ政治的な立場を変えると指摘されている。イラク戦争、移民政策と並び気候変動もトランプ氏が意見を変えた問題の1つだ。共和党支持者の多くが、気候変動は人為的な理由では発生していないとの懐疑論の立場に立つことを受け、トランプ氏も懐疑論に立場を変えたということだろう。トランプ氏は、温暖化は人為的な原因で発生しているとの立場だったが、強硬な懐疑論の立場に変わった。
 マスコミにトランプ氏の気候変動に関する意見が最初に登場したのは、米国の企業人らが2009年12月6日付ニューヨークタイムズ紙に全面広告を出した時だろう。法制度の導入などにより積極的な気候変動対策を取るようオバマ前米大統領と議会に求めた広告は、コペンハーゲンで開催されたCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)の前日に出された。広告には、トランプ氏と、長女イヴァンカ氏を含む3人の子供が名を連ねている。
 その後、トランプは温暖化懐疑論に立場を変え、ツイートで温暖化を否定する発言を行うようになる。2012年11月には「温暖化は、米国製造業の競争力を奪うため中国により作られた概念だ」とツイートし、2014年1月には「テキサス州、ルイジアナ州で雪が降っている。国中が凍りつく記録的な気温だ。温暖化は金のかかるデッチ上げだ」とつぶやいた。
 大統領選後のニューヨークタイムズ紙のインタビューでは「人為的な原因で温暖化が引き起こされることも多少あるかもしれない」とし、「パリ協定については慎重に検討している。離脱については種々の観点から考えたい(オープンマインド)」と発言し、選挙期間中の離脱発言が後退した。
 しかしその後、政権移行チームがエネルギー省に送付した質問状とマスコミが報道したエネルギー省長官人事を見ると、トランプ氏は温暖化懐疑論の立場に依然として立っているのではないかと思われる。

おびえるエネルギー省職員

 2016年12月上旬、政権移行チームはエネルギー省に84の質問を投げかけた。その内容は多岐にわたるが、基本的には温暖化の科学が正しいか疑問を投げかけ、さらにオバマ政権の気候変動対策、再生可能エネルギー導入政策に関しても否定的ととれる質問を行っている。その中には、過去の政権移行チームが行わなかった質問が含まれていた。
 質問状には、マサチューセッツ州選出の民主党上院議員が「前政権下で行なった仕事ゆえに罰せられるならば、政治的な魔女狩りに等しく、連邦政府職員に深刻な身も凍るような影響をもたらす」と述べるほど、特異な質問が含まれていた。
 その質問は、特定の仕事に従事したエネルギー省職員のリストを求める内容だ。具体的には次の仕事に関するものだ。

炭素価格に関する省内の会議に出席した職員名、また会議で配布された資料
過去5年間の国連気候変動枠組み条約の会議に出席した職員名
研究所の高額給与所得者20名のリスト

 特定の政策、研究に関わった職員の個人名を求めるのは、極めて異例と言える。これ以外の質問を見ると、政権移行チームは再エネには厳しい意見を持っていることが分かる。再エネに関する質問は次のようなものだ。

洋上風力に関するエネルギー省の役割
電気自動車(EV)の普及に関する情報
再エネの発電原価にバックアップコストが含まれていない。再エネの本当のコストは
再エネあるいは太陽光発電技術は、化石燃料による発電との比較で追加の送電コストが必要になるが、予測にどう織り込んだのか。また、その影響は
(再エネ支援に利用された)ローンプログラム案件のリスト

 このほか、原子力発電に関しては前向きの姿勢がその質問内容から読み取れる。

(廃棄物処理)ユッカマウンテン・プロジェクトの再開に際し法的制限はあるか
ユッカマウンテン・プロジェクト再開の計画はあるか
既存原子炉の操業を続けるための支援をどのように行っているか
小型モジュール炉(SMR)、新型原子炉の研究開発支援策は

 質問状からは、気候変動問題、再エネに冷淡、原子力支援に前向きな姿勢が読み取れる。さらにエネルギー省長官にリック・ペリー元テキサス州知事が指名されるとのマスコミ報道があったことから、化石燃料だけでなく風力発電にも支援が続くのではないかとの観測も出ていた。

ペリー・エネルギー省長官誕生か

 ペリー元テキサス州知事が米エネルギー省長官に指名されるとマスコミが伝えた際、全てのメディアが取り上げたエピソードがある。2012年の共和党予備選挙時に、エネルギー省廃止を主張したペリー氏が、テレビ討論の際にエネルギー省の名前を忘れてしまう失態をおかし予備選からの撤退を余儀なくされた話だ。
 ペリー氏はテキサスA&M大学で畜産学の学位を取得し、空軍で指揮官を務めた後、2015年まで14年間テキサス州知事を務めた。温暖化懐疑論を支持し、「二酸化炭素を汚染物質と呼ぶことは米国と世界に危害を加えることになる」と主張している。オバマ前大統領の気候変動政策を痛烈に批判していた。
 オバマ時代のエネルギー省長官が、物理学者と原子物理学者であったことからすれば、かなりの様変わりだが、ペリー氏が州知事時代に行なった政策から、今後の政策をあるていど予想することは可能だ。
 テキサス州はシェール革命をリードしたが、ペリー氏は州知事時代に「破砕法により雇用とエネルギーの安全保障を選択し、敵対する国への依存をゼロにする」と述べている。彼の州知事時代に州の天然ガス生産量は260%増加した。いま、テキサス州はの通り、全米一の天然ガス生産を行っている。

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 ペリー氏は風力発電にも注力した。2000年に11万6000kWだった風力発電の設備容量は、ペリー氏の州知事時代に100倍以上に急増し、テキサス州は、の通り、全米の風力発電設備の約4分の1を持つ全米一の州になった。ただし、太陽光についてはほとんど支援を行っていない。また、州知事時代に70億ドル(約8000 億円)の費用をかけて送電線網の整備を行っている。

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 ペリー氏は化石燃料に加え、風力発電も支持する可能性がありそうだが、トランプ氏は景観上の問題から風力発電には反対している。保有するゴルフコース近くの風力発電設備の建設を阻止するため、訴訟を起こしたこともある。いずれにせよ、温暖化問題に対する支援は後退することになるだろう。再エネ支援策も縮小される可能性が高いとみたほうが良さそうだ。