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COP21 パリ協定とその評価(その4)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 温度目標が大きな方向性を示す努力目標というならばまだわかる。しかしパリ協定では5年ごとのグローバルストックテークというメカニズムを通じて1.5℃~2℃目標や今世紀後半の排出・吸収バランス目標と、各国の緩和努力、緩和目標の合計とが比較され、それが各国のNDCにフィードバックされるとの設計がなされている。トップダウンの目標をボトムアップのレビュープロセスと融合させようという試みとも言える。これは枠組みとしては首尾一貫している。問題はトップダウンの目標とボトムアップの積み上げは永遠に交わらないだろうということだ。本年10月末、条約事務局は各国の約束草案の合計値と2℃目標に必要な排出削減パスを比較して2030年時点で150億トンものギャップがあるという分析を提示した。2018年にはCOP決定パラ21に基づきIPCCが1.5℃達成に必要な排出削減パスの特別レポートを提示するが、ギャップの幅は150億トンを大幅に上回ることは確実だ。もとより、2℃、1.5℃目標を排出削減パスに「翻訳」するに当たって、気候感度(産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合の温度上昇幅)の不確実性があることを忘れてはならない。この点についてはIPCCでも意見が収斂しておらず、1.5℃~4.5℃まで幅がある。IPCCにおける更なる科学的知見の蓄積を促進すると共に、ギャップ論に対しては気候感度の不確実性を指摘する必要があろう。
 それでは各国はその膨大なギャップを埋めるために皆で負担を分担して約束草案を引き上げるだろうか?筆者の答えは「ノー」である。野心のレベルが徐々に引き上げられたとしてもその合計値が1.5℃目標はおろか2℃目標にも達するとは思えない。150億トンというギャップは2010年時点の中国全体の排出量の1.5倍に相当するとんでもない量なのだ。そもそも各国の政策は温暖化対策だけで動いているわけではない。各国はその時々の経済情勢、雇用情勢、エネルギー情勢等を総合勘案して約束草案を策定している。その実施状況をレビューするが、約束達成そのものは法的義務とはしない。だからこそボトムアップのプレッジ&レビューは現実的な枠組みとして全ての国の参加を得ることができたのである。「1.5℃や2℃目標を達成するためには各国の目標を○割上乗せすることが必要」と条約事務局に強要されるようでは、ボトムアップのプレッジ&レビューの意味をなさなくなる。2℃目標の時もギガトンギャップ論は存在したが、こうしたトップダウンの負担分担論が何の結論にもつながらなかったことはこれまでの交渉経緯からも明らかである。
 要するにパリ協定では非現実的なトップダウンの温度目標と、現実的なボトムアップのプレッジ&レビュープロセスが併存した枠組みなのである。両者の間には埋めがたいギャップが存在し続け、各国の約束レベルの引き上げでそのギャップを埋められると考えるのは幻想であろう。それではどうすればよいのか。答えはイノベーションしか有り得ない。上述のようにパリ協定の中でイノベーションの重要性が明記されたことは大きな成果だ。他方、イノベーションは国連交渉の場からは決して生まれてこないことも肝に銘ずるべきだ。イノベーション力を有する国の官民の努力および有志国による国際連携によって初めて可能となる。ゆめゆめ職業交渉官による官僚的な「国連イノベーションメカニズム」の創設等にリソースを費やすべきではない。
 国連プロセスが非現実的な温度目標を設定したことは、逆説的ではあるが国連プロセスでは温暖化問題は解決できないということを明らかにする結果に終わるであろう。
 

米国の動向を注視すべき

 既述のとおり、COP21では米国の積極姿勢が目立ったが、それがそのまま米国の参加リスクにつながっていることも忘れてはならない。COP21中のサイドイベントで米国商工会議所21世紀エネルギー研究所のスティーブン・ユール副所長より「米国の約束草案策定に当たって産業界は全く相談を受けていない。2005年比26-28%という米国の目標のうち4割については根拠不明なものだ」とコメントしていた。もともとオバマ大統領の温暖化対策に批判的であった議会共和党はパリ協定にも極めて批判的であり、マッコネル共和党上院院内総務は「いかなる気候変動国際協定も議会の承認なしには通さない」と述べている。もとよりオバマ政権はこうした議会の姿勢を十分承知の上で議会の承認を要さないぎりぎりのラインで合意をまとめているので、2016年中の早い段階で行政協定としてパリ協定を承認することになるだろう。問題はオバマ政権がレガシーを賭けて種々の妥協の末に取り付けた合意が、国内で支持されるのかどうかだ。オバマ政権の温暖化対策の目玉とも言うべきクリーンパワープランについても多くの訴訟が提起されている。更に再来年に誕生する米国新政権がパリ協定及びパリ協定に向けて米国が提出した目標をきちんと実施するのかも見極めねばならない。

日本の対応

 最後に日本の取るべき対応について何点か述べたい。

建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を

 パリ協定の中核となるプレッジ&レビューは日本が経団連自主行動計画や低炭素社会実行計画を通じて経験を蓄積してきたプロセスである。パリ協定に基づくプレッジ&レビューはこれから詳細を詰めることとなるが、それを生かすも殺すも協定第13条第11項に規定される促進的な多国間の検討が協力的、建設的な雰囲気の下で行われるか否かにかかっている。お互いのアラ探しや非難の応酬になってしまったのでは「仏作って魂入れず」になる。筆者が経験したOECDやIEAのピアレビュープロセスは被審査国の政策に対する照会やコメントはあっても決して指弾的なものではなかった。日本が経験してきたPDCAサイクルも同様である。日本は今後のガイドライン策定やプレッジ&レビューの実施の際に協力的、促進的なプロセスの実現に向けて最大限の貢献をするべきである。



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