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COP21 パリ協定とその評価(その4)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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技術開発でイニシアティブを

 パリ協定にはトップダウンの目標とボトムアップのプロセスの不整合が内包されており、そのギャップを埋めるのは国連プロセスではなくイノベーションしかないという点は既に述べた通りである。そしてこれこそ日本が世界に貢献すべき分野である。今回、安倍総理はCOP21冒頭にエネルギー・環境イノベーション戦略の策定を表明した。米仏を中心に、5年間でクリーンエネルギーのR&D予算倍増を目指す有志国政府と、同分野への投資を拡大する民間投資家有志による「ミッション・イノベーション」も立ち上がる等、温暖化問題解決におけるイノベーションの重要性がクローズアップされたことは今回のCOP21の特色でもあった。日本が議長を務める来年のG7伊勢志摩サミットはCOP21後、最初のサミットでもある。非効率的な国連プロセスにとらわれず、革新的技術開発の促進に向けた国内政策環境の整備、国際連携の在り方について議論をリードしてほしい。このテーマは1回のサミットのコミュニケで終わる話ではない。サミットで打ち出される方向性を、日本が毎年主催するICEFで発展させ、フォローアップしていくべきだろう。
 また国内のイノベーション環境整備にも取り組むべきだ。日本が強みとする技術を更に伸ばすことも重要だが、温暖化防止のためには特定技術をpick and choose して支援するだけではなく、現在、想定されていないようなイノベーションを可能にするような技術非特定的な支援措置も必要になるのではないか。何よりもリスクの高い長期のイノベーションを可能にするのは良好なマクロ経済環境、企業経営環境である。景気が後退し、企業収益が厳しくなれば企業のR&D投資は必然的に既存技術の改良といったタイムスパンの短いものに集中する。短期的な温室効果ガスの削減にこだわるあまり、管理経済的、成長制約的な施策を導入することは、結局、長期の温暖化防止に必要なイノベーションを阻害するということを忘れてはならない。
 パリ協定第4条第19条には長期低排出発展戦略の策定に努めると規定されている。日本は第4次環境基本計画の中で2050年までに温室効果ガスの80%削減を目指すという目標を盛り込んでいるが、2℃~1.5℃を根拠にこの数値をもっと引き上げるべきだという議論が必ず出てくるだろう。しかし、それでは達成の見込みも無く1.5℃目標を書き加えたのと同じである。日本が策定すべき長期戦略の中核は空虚な理念先行型の目標数値ではなく、革新的技術開発戦略であるべきだ。

約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め

 今回、1.5℃目標が追記されたことを踏まえ、早速、「日本も中期目標を見直すべき」という議論が環境関係者から提起されている。彼らの議論に共通するのは「野心的な目標を掲げれば現実はそれについてくる」という素朴なまでの思い込みである。しかしこれは2℃目標ですら実現が危ぶまれているのに1.5℃目標を追加するマインドセットと全く同じである。
 筆者は2013年比で2030年26%削減という目標が、省エネ、原子力、再生可能エネルギーいずれの面でも非常にハードルの高い目標であることを様々な場で指摘してきた。新たな目標を検討する前に、まずやらねばならないことは、現在の目標を着実に実現することである。そしてそのカギとなるのは安全性の確認された原発を着実に再稼働し、可能な場合、運転期間を延長することだ。エネルギー自給率を震災前の水準に戻し、電力コストを現在のレベルよりも引き下げるという要請を満たすためには、再生可能エネルギーの拡大に伴う負担増を、原発再稼働等による化石燃料輸入コストの節約分で吸収していくしかない。電力自由化に伴い石炭火力発電所新設計画が増大していることが問題視されているが、この問題の根源は安価なベースロード電源である原発再稼働の見通しの不透明性にある。換言すれば、石炭火力の増大を最小限にとどめるために最も有効な方法は原発の着実な再稼働である。
 世論調査では原発再稼働に否定的な意見が多く、再稼働実現には並々ならぬ政治キャピタルを要する。しかし日本が真剣に26%目標を達成するつもりなのであれば、これを避けては通れない。パリ協定が合意され、各国が約束草案の実現に乗り出す以上、政府は「原発再稼働が日本の目標達成のために不可欠である」という疑いのない事実を辛抱強く地元住民に説明し、理解を得る努力をしなければならないだろう。更には電力自由化の下で既存原発のリプレースを可能にするような政策環境の整備についても検討を早急に開始すべきだ。
 我が国の環境関係者の中には野心的な目標を主張しつつ、原発の再稼働にも反対、石炭火力にも反対という論者が余りにも多い。彼らの提示する処方箋は判で押したように再生可能エネルギーの更なる拡大であるが、それに伴う電力コスト増やマクロ経済への影響をどうするつもりなのか、説得力ある説明は皆無である。彼らの処方箋に従えば間違いなく電力コストは大幅に上昇し、マクロ経済環境、企業収益の悪化を招き、長期的なイノベーション環境が損なわれる。何よりそのような政策は政治的・経済的に持続可能ではない。より野心的な目標を主張するのであれば、何よりもまず、足元の目標を達成する環境を整えるべきであり、そのためには好むと好まざるとにかかわらず原発の再稼働が必要であるという「不都合な真実」に向き合うべきだ。

結語

 以上、私見を交えつつ、パリ合意の概要、評価について紹介した。協定について不満があるのは事実だが、それでは「より良い合意が可能だったのか」と聞かれれば、「パリ合意は現時点で可能な最良の合意」と言わざるを得ない。利害の異なる190か国超の先進国、途上国が参加する国際交渉で合意を得るためには、妥協はやむを得ない。京都議定書からパリ協定への移行に伴い、途上国に多くの妥協をしなければならなかったのは事実だ。しかし、それでも全ての国が緩和努力に参加する枠組みができたことの歴史的意義はいくら強調しても足りないくらいである。交渉初日から辺鄙なブージェ空港近くの会議場で深夜に及ぶ交渉に従事してきた現役交渉官の皆さんに対し、心から「よく頑張った。ご苦労様」と言いたい。
 同時にパリ協定は新たな国際枠組みの始まりでしかない。その実施細則は今後の交渉にゆだねられており、パリ協定が真に実効的な枠組みになるかどうかはそこにかかっている。筆者は負け戦であった京都議定書の実施細則の交渉に参加したため、「負けを大負けにしないための交渉」に奔走しなければならなかった。パリ協定はそれに比べればはるかにバランスのとれた枠組みになるポテンシャルを秘めている。それを可能にするのは今後の実施細則交渉である。現役交渉官の皆さんは年末年始、ゆっくり休養をとり、次なる戦いに向けて刃を研いでほしい。
 またパリ協定の根幹はNDCの達成に向けた努力であり、今後、国内対策の在り方が活発な議論の対象となろう。くれぐれも「1.5℃目標に対応した野心レベルの引き上げ」といった空虚な精神論に時間を費やすのではなく、大幅な排出削減を可能とするような技術開発環境の整備に努力を傾注してほしい。

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