日本が築いた「パリ協定」の基礎


国際環境経済研究所前所長


(産経新聞「正論」からの転載:2015年12月16日付)

 国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)でパリ協定が合意された。「歴史的な転換」だと評価されているが、何が「歴史的」と言われる所以なのだろうか。

≪先進国・途上国を区別せず≫

 第1に、先進国のみならず、途上国も温室効果ガス削減に向けての対策を取ることが定められたことだ。京都議定書下では、先進国のみが削減の義務を課せられていて、途上国は先進国の歴史的責任や自らの経済成長の権利といった論拠から義務を免れていた。

 しかし、今後は中国やインドといった急速な成長が見込まれる途上国からの排出増加が大半を占める。途上国も排出削減や抑制に取り組まなければ、温暖化対策の実効性が上がらないと世界の共通認識になったことが、合意の背景だ。日本は以前から国際交渉でこの点を強調し、「すべての国が参加する公平で実効的な枠組み」を主張していたことから、一定の満足が得られる結果となった。

 先進国側も途上国の参加を得るために、資金支援や技術移転などで一定の協力を約束した。各国の温暖化対策や目標の進捗状況把握のために先進国・途上国の区別なく各国がデータを提供し、専門家のレビュー(評価)を受けることに合意したことは大きな前進だ。

 詳細は今後の交渉に委ねられているが、特にデータの信頼性に問題が多いとされている中国なども、透明性を確保する共通の取り決めの下に置かれることになったことは重要だ。特定の大排出国が「ズルをする」ようだと、国際的枠組みは機能しないからである。

≪民間企業の自主性を引き出す≫

 第2は協定の構造変化だ。京都議定書は、削減総量目標を先に置いて、それを先進各国に割り振っていき、目標を達成できない場合は罰則が科されるという厳しいトップダウン型の国際協定だった。国連は「世界政府」だという幻想を持っていた環境派の人たちの理想的産物だといってもよい。

 これに対し、パリ協定は、各国の主権の力が国連を凌駕している国際政治の現状を踏まえたアプローチになっている。例えば目標の設定や国内対策を措置すること自体には法的拘束力を課するが、その内容については、各国の主権を侵すことがないよう細心の注意を払い「各国が決定する貢献」という言葉で表現したのだ。

 いわゆる「プレッジ(約束)&レビュー」といわれる仕組みに転換し、各国が自主的に温暖化対策や目標値を提出、その進捗について各国がお互いに認識しあうという、ソフトなボトムアップ型になったというわけだ。

 すべての国の参加を確保しようとすれば、京都議定書のように国連が管理しようとするような理想論の産物は有害無益であり、各国に努力を促すためには、参加各国のピア・プレッシャー(相互監視)を制度化する方が有効だと認識されたのだ。

 実は、この考え方は日本の経済界が以前から主張してきたものである。経団連自主行動計画が有効なパフォーマンスを挙げていることと共通する点が多いからだ。政府がトップダウン的に排出を管理する(例えば排出権取引での排出枠分配)よりも、ボトムアップ的に民間企業の自主性を引き出して、個性的温暖化対策を促す方が効果も大きい。その実績のある日本の経験は今後、世界が参考にする事例となることは間違いない。

≪科学技術政策の活性化を≫

 第3に、技術開発の重要性が、初めて温暖化の国際合意に位置付けられたことだ。そもそも、パリ協定の長期目標を産業革命前から2度や1.5度の上昇幅に抑えよという主張をしてきた人たちは、どうやってそれを達成するつもりだったのか。あるいは、今世紀後半に、排出と吸収とのバランスを取るために急速な削減を行うといったパリ協定の全体目標は、経済活動や生活水準の抑制だけで実現するつもりなのか。

 イノベーションなくしてそんなことは不可能だ。日本の政府や経済界は革新的な技術開発にもっと資源を振り向けるべきだと主張し、そのための国際協力プログラムを立ち上げた。ところが技術についての議論は、これまで国際交渉の中では置き去りにされてきた。今回の交渉の中で、知的財産権を巡って途上国と先進国が対立した場面があったが、最終的にはイノベーションの重要性の指摘という良い形で決着した。

 日本経済の長期低迷の要因のひとつは、生産性向上のための技術開発投資や基礎研究などに対する科学技術政策の不活性だといわれている。省エネ技術や、低炭素エネルギー技術の開発に多くの投資が持続可能な形で行われるよう、長期的な視野に立った政策措置を講ずることが、今後の温暖化国内対策の柱となるべきだ。

 間違っても短期的な削減にしか効果のない固定価格買取制度や、排出権取引制度、石炭火力発電の建設規制などが主役であってはならない。各国と政策競争を行って良好な事例を築くことが日本の国際貢献なのだ。


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