日本の削減目標について(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 エルマウ・サミットで安倍総理が2013年比26%減という温室効果ガス削減目標を表明し、同じ頃、ボンで行われている国連交渉の場でも日本代表団から説明がなされた。今後、パブリックコメントを経て7月頃、約束草案を国連事務局に提出する運びとなっている。

 日本の目標の検討経緯については、約束草案検討WGメンバーである竹内純子主任研究員の論考をご参照いただくとして、ここでは元交渉官の立場から思うことを述べてみたい。

目標は十分すぎるほど野心的

 まず、この目標は非常に野心的である。26%削減の前提として、原子力と再生可能エネルギーの発電電力量に占めるシェアをそれぞれ20~22%、22~24%とすること、石油危機時を上回る36%もの省エネを達成することが掲げられているが、いずれも容易なものではない(この点については電中研の杉山大志氏が説得力ある論考を発表している)。エネルギー安全保障、温暖化防止、エネルギーコスト上昇の防止という要請を満たすため、非常に難しい多次元連立方程式に取り組んだことが汲み取れる。それだけに、この目標に対して「野心のレベルが低い」との能天気な批判を読むと元交渉官として「血が騒いで」しまう。

 その典型例が6月2日に出された気候ネットワークの声明文だ。
http://www.kikonet.org/info/press-release/2015-06-02/2030-climate-target

 声明文は2013年比26%減目標について、「基準年を欧米に遜色ない目標と見せかける2013年度とし」、「90年比で見れば18%程度の削減に過ぎず・・・世界第5位の排出国としての責任を果たす意思の感じられない極めて不十分な内容」と斬って捨て、「日本の目標は最低でも90年比40%減とすべき」であり、その前提となるエネルギーミックスについては「脱原発は国民の意思であり・・・再生可能エネルギーを中心として電力構成と大転換することが大幅な温室効果ガス削減の実行につながる」と主張している。6月の交渉会合で日本に化石賞の1位から3位を独占したが、このような考えを踏まえたものだろう。

 EUが90年基準を採用し、米国が2005年を基準年にしているのは、EUの場合、90年以降に生じた東西ドイツ統合、英国のガス転換、東欧諸国の加盟、米国の場合、2005年以降に生じたシェールガス革命という有利な材料があるからだ。2011年以降、全停止した原発を化石燃料で代替した結果、温室効果ガス排出が増大してしまった日本が、これから本腰を入れて取り組もうというとき、2013年を基準年とすることに何の問題があろうか。

 「最低でも90年比40%減」を「脱原発、再生可能エネルギー中心で」という主張にいたっては、開いた口がふさがらない。この数字がいかにトンデモであるかは、ちょっと計算すればわかる。2013年度の温室効果ガス排出量が13.95億トン、そのうち電力部門の排出量が4.84億トンだ。これを2030年までにゼロにするという想定をしたとしても、90年比の削減率は28%弱で気候ネットワークが主張している数字の下限にも届かない。しかも電力部門の排出量をゼロにすることは不可能だ。気候ネットワークが推奨する太陽光、風力は間欠性があり、バックアップ電源を必要とするからだ。

コストに頬かむりは無責任

 上記の声明文に決定的に欠けているのはコスト計算に裏打ちされた説得力ある代案の提示である。総合エネルギー調査会でのエネルギーミックスの検討は、エネルギー安全保障への影響、電力料金を初めとするエネルギーコストへの影響も踏まえた詳細なものである。それを「不十分だ」と批判するならば、「2030年に90年比40%減を再生可能エネルギー中心で達成する場合、エネルギーコストがどの程度上昇するのか、それが日本経済にどのような影響を与えるか」を示すのが最低限のルールであろう。気候ネットワークは3月20日に「新しい日本の気候目標への提言」を発表しており、そこでは2030年に90年比45%削減を前提に、電力に占める再生可能エネルギーの割合を45%とし、最終エネルギー消費を2010年比35%削減するとのビジョンを示している。これにより「毎年15~20兆円の化石燃料購入費用を減らし、新たな産業の成長にも寄与する」としている。そもそも再生可能エネルギーを大幅増にすれば、それに伴い、化石燃料によるバックアップが必要になるので2013年度時点で28兆円の化石燃料購入代金が15~20兆円も節約できるという試算も疑わしいが、それにも増して問題なのは、再生可能エネルギー大量導入に伴うFIT費用、系統安定費用等のコスト面が全く言及されていないことである。物事の両面を示さず、「良いとこどり」の数字だけを示すのは、知的にも極めて不誠実であると言わざるを得ない。

http://www.can-japan.org/wp-content/uploads/2015/03/150320CAN-Japan-proposal-new-climate-target.pdf

 今回の目標は、再生可能エネルギーの上積みによるコスト増を原発再稼動による化石燃料輸入コスト減、発電コスト減で相殺することでエネルギーコストのこれ以上の上昇を防ごうという苦心の策であった。彼らの主張するように、原発再稼動を排除し、再生可能エネルギーを大幅に積み上げて、政府案を2倍以上上回る大幅削減を達成しようとすれば、間違いなく、エネルギーコストの大幅上昇を招き、日本経済にマイナスの影響を与えるだろう。ちなみに今回のエネルギーミックスに関する総合エネルギー調査会資料を見ると、原発のシェアを1%減らし、再生可能エネルギーのシェアを1%増やすだけで、ネットで2180億円のエネルギーコスト増との結果が示されている。政府案で20-22%とされている原発のシェアをゼロにし、その分を再生可能エネルギーに上乗せすれば4.3~4.8兆円のネットコスト増である。

http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/010/pdf/010_06.pdf

 電力コストの大幅上昇によって日本経済がマイナス成長に陥ったり、産業が海外移転すれば、90年比大幅削減が達成できるかもしれないが、そんな縮小均衡を国民の多くは望まないだろう。自分たちの主張が実現するために、どの程度のコストを伴うかを示さないのであれば、無責任な放言でしかない。いや、責任を取らなくてよい立場だからこそ、このような能天気なことが言えるのだろう。

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