続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感

-エネルギー連合(その3)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 前回、2月25日に発表されたエネルギー連合パッケージに関する欧州委員会提案の主な項目を紹介したが、その合意は必ずしも容易なものではない。

天然ガス共同購入

 パッケージ案では相当なスペースを天然ガスの安全保障について触れられており、トウスク提案の「目玉」であった天然ガスの共同購入についても触れられている。しかしその表現は “The Commission will assess options for voluntary demand aggregation mechanisms for collective purchasing of gas during a crisis and where Member States are dependent on a single supplier. This would need to be fully compliant with WTO rules and EU competition rules” という慎重な書きぶりになっている。その1で述べたように、天然ガス共同購入のための主体の設立というトウスク首相の提案には、ドイツをはじめとする西側諸国は懐疑的である。このため、「共同購入を行う主体の設立」といった要素は盛り込まず、あくまで「クライシスが生じた場合の自主的な取り組み」という形にし、しかも「オプションを検討」である。更に「WTOやEU競争法との整合性を確保して」という但し書きもついている。トウスク首相は今やEU大統領であり、このアイデアを全く没にすることはできないので、条件をたくさんつけた上で検討の余地を残したといったところだろう。

域内接続インフラ

 統合された域内電力、ガス市場は「欧州エネルギー連合」を実効有らしめるために不可欠である。既に欧州委員会は域内電力ガス市場の機能強化のため2013年に248にのぼる共通利害プロジェクト(PCI:Projects of Common Interests)を特定している。欧州委員会はその実現のために今後10年間に年間2000億ユーロの投資が必要となると見込んでいる。もちろんこのような巨額の投資を未だユーロ危機に伴う景気低迷から脱していない欧州諸国の公的部門で負担することは不可能だ。このため、民間セクターが主体的な役割を果たさねばならないが、その呼び水として欧州投資銀行、欧州接続ファシリティ(CEF: Connecting Europe Facility)、欧州構造投資基金(ESIF: European Structural Investment Fund)に加え、ユンケル新体制の下で設立が決まっている欧州戦略投資基金(EFSI: European Fund for Strategic Investment)が資金援助を行うこととされている。

 このように必要なハードウェアは特定されており、その建設資金の支援メカニズムも用意されている。しかし欧州域内市場統合のための重点インフラという議論は10年前から行われているにもかかわらず、はかばかしい進展を見ていない。大きなボトルネックは関係国の政治的意思と周辺住民の理解である。

 たとえばスペインの電力網は大陸ヨーロッパの中で「孤立」している。スペインには豊富な風力資源があるといわれているが、それを大きな欧州電力市場の中で吸収するにはピレネー山脈を超えて隣国フランスとの接続を強化しなければならない。しかし原子力発電が電源構成の中核であるフランスはスペインから風力発電による電力が流入することを嫌っているといわれており、スペイン、フランス間の電力接続はなかなか強化されていない。この事例に代表されるように、国境を越えるエネルギー輸送網の建設にあたっては関係国固有の利害が大きく立ちはだかる。

 そもそもうまくいっていないのは国境を越える接続網だけではない。日本でしばしばお手本のように言及されるドイツでは、洋上風力が潤沢に存在する北部と産業が集積する大需要地南部との間の送電網建設が進んでいない。北部は風が余計に吹いて余った電力を南部に売りたいと思っているが、固定価格購入制度によって太陽光発電が大量に導入された南部諸州では、北部諸州から電力が流入してくることを歓迎していないという。更に通過点となる中部諸州は、風力も太陽光発電もあまり立地していないため、固定価格購入制度によるベネフィットを得られず、送電網だけ作られるのは迷惑だと反対している。同じ国の中ですら、こうした地元の利害が国を横断する送電網の建設を阻んでいるのである。ましてや国産エネルギー資源賦存量もエネルギーミックスに関する考え方も異なる欧州各国が利害を調整することは容易なことではない。更に国境を越える送電網を作る場合、そのコストをどう分担するのか、グリッドで結ばれた両国市場の規制環境の違いをどうするか等、つめなければならない問題は山ほどある。

 更に送電網、パイプラインに限らず、エネルギーインフラ全般にわたって欧州で燒結をきわめているのがNIMBY(Not In My Back Yard)である。NGOや住民運動が盛んな欧州では、およそ考えられる全てのエネルギーインフラに何らかの反対運動が存在する。環境にやさしいといわれる風力発電もその例外ではない。英国では陸上風力は風光明媚な田舎の景観を壊すとの理由で、与党保守党の中にすら強い忌避感があり、気候変動NGOとは別種族の鳥類保護NGO等が反対にまわるケースも決して珍しくない。国境を越える接続網を作るためには関係国政府の意思のみならず、周辺住民の理解を得ることも不可欠なのだ。

欧州委員会の権限強化

 より根源的な問題は、欧州委員会の権限強化を各国がどこまで認めるのかということだ。通商問題と異なり、欧州各国のエネルギー政策は元来、各国の選択にゆだねられてきた。90年代のエネルギー市場改革、2000年代の温暖化問題を契機に各種の指令を通じて欧州委員会の権限は徐々に拡大してきたが、それでもエネルギーミックスの選択を含め、各国の主権にゆだねられている部分は多い。事実、気候変動交渉ではEU議長国がEUワンボイスで発言しているが、IEA閣僚理事会ではEU各国がそれぞれの立場で発言をしている。

 こうした基本的土壌がある中で、欧州エネルギー連合パッケージの中には欧州委員会の権限を強化する提案がそこかしこに含まれている。

 例えば欧州委員会は各国がガス供給国との間で締結する政府間協定(IGA)について、締結前に欧州委員会EU法との整合性をチェックすることを提案しているが、英国をはじめ、EUの中にはIGAがEU法に優越するという考え方を有する加盟国もある。

 今回のパッケージの中で注目されるのは各国のTSOを束ねるENTSO-E/G(European Network of Transmission System Operator for Electricity and Gas)の機能強化と各国の規制当局の協力機関であるACER(Agency for Cooperation of Energy Regulators)の権限の抜本的強化である。欧州ワイドで電力、ガス市場を統合しようとすれば、至極もっともな方向性である。電力、ガスが国境を越えて自由に流通するためには、各国の電力、ガス市場をめぐる規制環境、税・課金環境が理想的には同一であることが望ましく、電力、ガス市場統合の必要条件である国境横断インフラの整備についても各国の利害を超える欧州ワイドの指導力が不可欠だ。

 しかし、これは必然的に欧州委員会への権限集中を意味する。ユーロ危機をきっかけとして、欧州統合に向けたEuropean Project への幻滅感が広がってきている。欧州議会選挙で英国独立党(UKIP)、フランス国民戦線(Front National)等、反EU、反ブラッセルをかかげる大衆政党が大幅に議席を拡大したことは記憶に新しい。関係者の間では「欧州プロジェクトが必ずしも人気がない中で、欧州委員会に権限を集中する提案を実現するには非常な政治資源を要する」という声もある。私が勤務する英国では、EU離脱の是非が大きな政治的問題になっており、ブラッセルからの権限奪回を主張する声は根強い。デイビー気候変動エネルギー大臣はプロEUの自由民主党出身であり、英国のEU離脱論の主戦場は移民等の人の移動の自由であって、エネルギー分野ではない。しかしブラッセルの権限を抜本的に強化する動きを英国が受け入れるかどうか予断を許さない。

グリーンロビーからも反発

 エネルギー連合パッケージについてはグリーンロビーからの反発もある。彼らは欧州の域内市場統合、省エネ、脱炭素化等の柱については歓迎しているが、天然ガスをはじめとするエネルギー安全保障の強化の部分については批判的である。パッケージの中には「国産エネルギー(再生可能エネルギー、在来型・非在来型化石燃料)は欧州の輸入依存度低下に貢献。シェールガス等の非在来型化石燃料はパブリックアクセプタンスと環境面のインパクトに適切に対応すれば一つのオプション」という文言が含まれている。トウスク首相はエネルギー連合を提案した際、「東欧諸国にとっての石炭はエネルギー安全保障と同義語」と述べ、温室効果ガス削減目標に消極的なポーランドを悪玉視していたグリーンロビーの感情を更に逆撫でした。上記の表現はもっとマイルドな表現とはいえ、シェールガスを含む国産化石燃料が輸入依存度低下にもたらす効果を認知している。しかし、グリーンロビーにとって再生可能エネルギーのみが推進すべき国産エネルギーであり、天然ガスもシェールガスも、ましてや石炭の活用は化石燃料依存を長引かせるものとして忌避すべき存在なのだ。このため、欧州緑の党やWWFは「欧州を世界一の再生可能エネルギーにする等のレトリックを使っているが、エネルギー安全保障の部分では化石燃料に焦点をあてており、両者が整合していない」と批判している。 

注目される今後の議論

 これまで述べてきたことはエネルギー連合をめぐる諸論点の一部に過ぎないが、長らく「28のエネルギーアイランドのパッチワーク」といわれてきた欧州エネルギー市場が、ついに統合に向かって大きな動きをはじめるのか、非常に興味深いところである。本稿がアップされるころには、3月のエネルギー大臣会合での議論が行われた後であろう。特に欧州委員会への権限集中を、各国がどの程度受け入れるのかが、首脳レベルの議論を占う試金石になろう。

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