世界と日本の人口問題:食料とエネルギーの需給の問題に関連して(その1)

世界の人口を究極的に左右するのは化石燃料の枯渇であろう


東京工業大学名誉教授

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化石燃料が使える当分の間、食料の供給が世界の人口を制約することはなさそうである

 人類が農耕を始めてから産業革命以前までの世界人口は生存に必要な食料の供給に左右される自然淘汰の原則で制御されていたのではないかと想像される。生存のために必要な食料は、主として農作物として与えられたが、凶作時に備える貯蓄量は十分でなかったであろうから食料供給が人口を制御する大きな因子にはなっていたと考えられる。
 産業革命以降の人口の急増は、衛生状態の改善で、疫病による大量死の減少などに起因したと考えられる。一方で、産業革命の地、西欧で増え続けた人口を食べさせるための農地面積の拡大は、植民地の拡大と新大陸(アメリカ)への移民政策で賄われた。食料としての農作物は、三圃農業による生産方式を化学肥料に依存する方式に変換することで、生産性の増加が図られたが、増え続ける人口を賄うための食料の供給が、19世紀末の西欧の最大の関心事となった。この問題の解決に大きく貢献したのが、空中窒素の固定による化学肥料としての窒素肥料製造の成功、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニアの合成の工業化(1913年)であった(文献 1 参照)。このアンモニア合成反応の窒素の相手の水素は、当初、水力電気による水電解法から、化石燃料の石炭、石油と変遷し、現在は、天然ガスを原料とすることで、最も安価につくられている。この窒素肥料の施用により、単位耕地面積当たり農作物の収穫量が飛躍的に増加した。世界的には、未だ農地面積の拡大の余地も残っているので、化石燃料を使って食料を増産できる当分の間は、食料生産量が世界人口を制約することはないと考えてよさそうである(文献2 参照)。
 このような状況のなかで、ごく最近、人為的に食糧危機をつくりだしたのが、農作物の輸出大国の米国が輸出価格をつりあげるために飼料作物のとうもろこしを利用したバイオ燃料の生産である。これが一部地域における天候不順による農作物の減産と重なり、一時的な食料供給の不全をつくりだして過大に報道された。実際に被害を受けたのは食料を輸入に頼らなければならない一部の貧困国である。やがて、世界の食糧危機がやってくると言われたもう一つの理由として、食品の質の向上の問題がある。世界中の人々がアメリカと同じように肉食、特に牛肉を食べるようになれば、世界の食料不足の問題が深刻になるとされるものである。しかし、人間の嗜好は、宗教上の制約も含めて、そう簡単には変わることはないから、あまり心配する必要はなさそうである(文献2 参照 )。

各国の経済成長が、それぞれの国の人口増加比率の減少をもたらし始めている

 ところで、現在、人口と食料の問題でよく言われるのが、アフリカ諸国などの経済成長にともなう人口の急増と、しばしば報道されているそこでの飢餓の発生である。確かに、農業の生産性が低いために、食料が自給できない国があるが、それは主として内乱など政治の問題とみなしてよさそうである。一方で、工業先進諸国では、経済の発展による女性の職場進出など社会構造の変化に伴い、合計特殊出生率(TFR、一人の女性が生涯に産む子供の数)が、人口の維持に必要な値2.07を割るようになり、人口増加比率が減少し始めている。この傾向は、人口の多い中国やインドなどの発展途上国でも起こっており、今世紀中に、アフリカの人口増加を相殺して、世界人口は減少に転じるであろうとの推定もなされている(文献2 参照)。
 エネルギー経済統計データ(文献3)から、世界および各国の最近の10年ごと(2011/2000年比では11年)の人口増加比率の値を計算して表1に示した。この10年ごとの人口増加比率が1.3程度の高い値を示しているのはアフリカ(アフリカ州一括で示した)だけで、ここで採り上げた比較的人口の多い各国の値は1.2以下、世界全体の値は1.15 程度で、随分以前から人口の減少が言われてきたフランスを除いて、増加比率は減少傾向を示しているとみてよい。この表1のデータのみから、今後の世界人口を予測することは困難であるが、10年ごとの世界人口増加比率の値を現状の1.15 とすると、表2 にその試算値を示すように、今世紀末の現在(2012年)の世界人口69.6 億人の2.52 倍の245億人に達し、これでは食料の供給が間に合わなくなることも懸念される。何とか、今世紀中の世界平均の10年ごとの平均の人口増加比率を、現状の中国の値よりやや低い1.05として、現在の1.56 倍の108億人程度に抑えることができたらと考える。これは、いままで、世界の全ての国が求めてきた経済成長に伴う世界人口の増大が、食料供給の制約から「成長の限界(文献4)」を招くと指摘されてききたものを、この食料供給の制約を取り除いた上で、各国の経済成長が人口増加比率の減少をもたらすとの希望的観測を入れて予測試算した今世紀末の世界人口の値である。

世界・各国の人口増加比率

人口増加比率と予測

世界の人口増加より深刻なのは経済成長を支えてきた化石燃料の枯渇である

 しかし、経済成長には、エネルギーが必要である。現在、このエネルギーの大部分は、産業革命以降使われるようになった化石燃料で賄われている。世界の現在(2012年)の経済条件の下での化石燃料の確認可採埋蔵量Rを、同じ年の生産量Pで割って求められる可採年数R/P が、石炭で109年、天然ガス55.7年、石油52.9年と与えられている(BP社による値(文献3)。したがって、世界各国が経済成長を目的として、化石燃料の消費を継続すれば、確実に、今世紀中に地球上の化石燃料が枯渇する時がやってくる。
 これに対し、化石燃料の代替に自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)を使えばよいと言う人も多いし、確かに、そうすべきである。しかし、現在、化石燃料で賄われているエネルギー量を、自然エネルギーに置き換えることは経済的に非常な困難を伴う。それは、現状では、自然エネルギーを生産・利用するためのコストが、化石燃料に較べてかなり高いからである。さらには、自然エネルギーの殆どは電力としてしか利用できないが、電力は人類が生活と産業用に使っているエネルギーの資源量として表される一次エネルギー消費量の約半分しか占めない。したがって、現状では、自然エネルギーによる化石燃料消費の代替可能量は、一次エネルギー消費量の約半分に止まると言う厳しい現実を、世界中が認識しなければならない。
 ところで、世界の現状の経済成長と連動する化石燃料消費の削減であるが、その主体を担うのは工業先進諸国でなければならない。それは、世界には、貧困からの脱出のために成長を優先させなければならない途上国がまだ多数あるからである。2011年のIEAの統計データ(文献3)から、OECD34を工業先進諸国とみなすと、その一次エネルギー消費は石油換算で5,305百万トン、これに対し途上国とみなされる非OECDのそれが6,465百万トンと、ほぼ、半々に近いから、世界中が一人当たりのエネルギー消費を同じにするとの公平性の維持の原則に立って、途上国の化石燃料消費の増加分を先進国がその消費の削減で賄うことで世界の化石燃料消費の増加を抑制することが可能となる。

化石燃料の枯渇に備えるエネルギー政策推進の具体策

 先進国、途上国間のエネルギー使用での公平性をできるだけ守ることを目標とすることとして、先進国を中心に、世界各国が、現在、採っている成長政策を転換して、徹底した省エネ政策を導入するための具体策を考える。2011年の各国の産業、民生(農業・他を含む)、運輸の3エネルギー消費部門別の一人当たりの最終エネルギー消費量を表3に示した。この3 部門のエネルギー消費量は、表中の世界の値に見られるように大雑把に見て3分されている。この中で、産業部門については、他の2部門に較べて、先進国と途上国との較差が小さい。この産業部門の省エネは、各企業の利益につながるから、先進国においても、すでにかなり実行されていると考えてよい。これに対して、民生(農業・他)、運輸の両部門は、いわば豊かさへの欲望につながるから、先進・途上国間の格差が大きい。したがって、世界の省エネ対策の推進では、先進国での民生、運輸の両部門の省エネの徹底が強く求められなければならない。

世界・各国のエネルギー消費値

 化石燃料が枯渇に近づけば、その代替となるエネルギー源は、自然エネルギーと原子力エネルギーであろう。しかし、先にも述べたように、両者はともに、電力としてしか利用できない。生活における利便性の追及で、電力エネルギーへの依存度を高めてきた文明社会であるが、現在、世界で、資源量として表した一次エネルギー消費の半分近くを占める電力を100 % 近い依存度にするには、人類社会のエネルギー消費構造の大幅な変革が必要になるが、これには極めて難しい技術開発課題が含まれている。
 いま、世界各国に求められていることは、限られた化石燃料資源を、できるだけ公平に分け合って大事に使って長持ちさせることで、それが、持続可能な人類社会を創りだす唯一の方法でなければならない(文献5参照)。

<引用文献>

1.
久保田 宏、伊香輪恒男:ルブランの末裔、明日の科学技術と環境のために、東海大学出版会、1978年
2.
水野和夫、川島博之 編著:世界史の中の資本主義、エネルギー、食料、国家はどうなるか、東洋経済新報社、2013年
3.
日本エネルギー経済研究所編「EDMC / エネルギー・経済統計揺籃2014 年版」、省エネセンター、2014年
4.
メドウスほか(大来佐武郎訳):成長の限界、ダイヤモンド社、1972年
5.
久保田 宏:経済成長を前提としたCO2排出削減の行動を求めているIPCC第5次評価報告書の大きな矛盾、ieei

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