なぜ今、電力システム改革を行うのか?

仙谷由人「エネルギー・原子力大転換:電力会社、官僚、反原発派との交渉秘録」


Policy study group for electric power industry reform

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 影の実力者、仙谷由人氏が要職をつとめた民主党政権。震災後の菅政権迷走の舞台裏を赤裸々に仙谷氏自身が暴露した。福島第一原発事故後の東電処理をめぐる様々な思惑の交錯、脱原発の政治運動化に挑んだ菅元首相らとの党内攻防、大飯原発再稼働の真相など、前政権下での国民不在のエネルギー政策決定のパワーゲームが白日の下にさらされる。

 当事者による回想にありがちな我田引水を割り引いても、仙谷氏が官僚ブレインと構想していた「幻」の電力システム改革試案(最終章:「原子力国有化と電力システム改革」)の内容には注目すべきだろう。これが「亡霊」として蘇るのか、歴史の1頁に埋もれるのか。今後のエネルギー政策の展開を見定めるための、一つの大きな尺度になるのではないか。特に注目されるポイントを紹介したい。

 まず、仙谷氏は「期限を明示した脱原子力は現実的」との前提の上で、解決すべき最重要課題として以下を列挙する。

東電の経営問題
電力システム改革
電源ベストミックス

 まず①について。経営難に陥った東電がIPP入札等により発電部門に外部資金導入することが不可避となり、その結果として部門毎の損益管理が厳格化され、従来の「どんぶり勘定」の発送電一貫体制を放棄せざるを得なくなると展望する。そしてこの影響は、東電一社内に留まらず、同社が中核だった電気事業体制全体に及ぶので、②「電力システム改革」の構想が必要になるものと、震災当初から視野に入れていたことを告白する。・・・(A)

 しかし、原子力再稼働のないまま電力システム改革、特に電力市場の全面自由化を行えば、タイトな電力需給状況下で、電力料金の値上がりが懸念される。・・・(B)
また、事故で顕在化した原発保有による財務リスク(=現行法では事業者の賠償責任は青天井)から、全面自由化後には原発保有の電力会社の資金調達が困難となり、経営が成り立たなくなるはず、と言う。・・・(C)

 さらに事故以降の原発ゼロ下で電源構成比率はいかにあるべきか、という③の問題が、全国民に突きつけられた。仙谷氏は、電気料金値上がりによる経済への悪影響を避けながら、将来的に原子力ゼロを目指すならば当面はまず原子力再稼働が必要で、成長戦略としての原子力を含むインフラ輸出が重要、とする。即時原子力ゼロではなく、当面は原子力活用、との「理念」よりも「現実性」を重視する立場である。・・・(D)

 仙谷氏が唱えた①~③の一体的解決への唯一の解は、驚くことに「原子力の国有化」だ。具体的な戦略として、Jパワーを含む10の電力会社を持株会社(=現行の電気事業法では不可能)に転換後、官民共同出資による原子力会社の創設が目標だった。それと同時に、持株会社体制の下で、発送電分離も実施するシナリオだった。・・・(E)

 上記の論点(A)~(E)を個別に検討してみよう。

 (A)の主張は、合理的ではない。自社設備として新規電源の建設を行わないこと(あるいは、既存電源の更新に他社資金を導入すること)が、発電部門・送配電部門の分離を不可避とするものにはならない。老朽設備として更新時期に至らぬ大半の既存設備は東電所有のままであり、これを送電網との一体的な運用により最効率的に運用することを志向するならば、むしろ発送電一体の企業体制の方が好ましい、との立論も可能である。

 しかし、原発事故処理、計画停電、値上げ対応の拙さ等から、現行の事業体制や総括原価方式(どんぶり勘定でないことは、「電気事業は設備を作れば作るほど儲かるのか」で述べた)による料金制度に対する疑念が広まったことも間違いない。民主党政権や仙谷氏などが東電経営危機の好機を逃さず、長年の争点であった電力システム改革に結びつけたものと見ることもできるだろう。その結果、電気事業連合会も「小売全面自由化に積極的に取り組む」と、電力システム改革受け入れを示唆(2012年7月会長会見)しているのである。

 (B)(C)の、電力全面自由化に伴う影響については、政府審議会である電力システム改革専門委員会で十分な議論はなかったものの、仙谷氏の評価は妥当だと思われる。全面自由化の前提として、需給緩和のための原子力再稼働、ならびに原発保有事業者に対する財務リスクへの手当の両者が不可欠だ。