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原発電力の代替、当面は石炭火力でなければならない

エコ神話の崩壊が、エネルギー政策の変換を迫る


東京工業大学名誉教授


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原発電力の代替、当面は石炭火力

 いま、脱原発を叫ぶ人々は、原発代替電力は、「自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)による発電」だとしている。しかし、「自然エネルギー」は、少なくとも、現状では、原発の代替にならない。政府は、これを逆用して、「原発がなければ国民の生活が成り立たない(野田首相)」として、原発の温存を図ろうとしている。石炭があれば、当面、「自然エネルギー」を使わないでも、より安価な原発代替の電力は確保できる。この私の主張(文献1.)は、澤昭裕氏(21世紀政策研究所)の報告書(文献2.)の主張と基本的に一致している。

 後者の報告書では、電力需給のプライオリテイについて、第1「安定供給」、第2「経済性」、第3「環境性」とした上で、いま、原発電力代替として、「安定供給」でき「経済性」のある電力生産の主体は、当面、石炭火力が担うべきとしている。いま、「環境(エコ)」が「日本がCO2を削減すること」となっている現状で、日本だけがエコの嫌われ者になっている石炭を敬遠しても、地球は救われない。現状で、世界の発電量の約1/2 が石炭火力で賄われている。それは、電力用のエネルギー源として石炭が、最も資源量が豊富(核燃料サイクルが実施できなければ、原子力は、石炭より少ない)で、最も安価だからだ。

国民を苦しめるだけの再エネ法(FIT 制度)

 原発の代替として、自然エネルギー電力の利用、普及を目的として進められているエネルギー政策、「固定価格買取(FIT)制度」は、電気料金の値上げで国民の生活を苦しめ、産業の空洞化を促進し、国益を損ねかねない。しかも、実際にはこの制度を使っても電力生産の量的な寄与は小さいことを、「環境省の調査報告書(文献3.)」が明らかにしている。この社会正義に反するFIT 制度は、特定の企業を、一時的に潤すだけである。

 もともと、FIT 制度は、原発事故の起こる前から、地球温暖化対策としてのCO2削減を目的として法案化されようとしていた。この制度の法案化には、経団連は、電気料金の値上げで産業の空洞化が起こるとして猛反対していた。それが、製造業の電力料金は配慮するとの約束(?)をとって、この法案化を是認してしまった。

 原発電力の代替には、当面は石炭がある。将来、輸入石炭の価格が高くなれば、自然エネルギー、それも、導入ポテンシャルの大きさを考えて風力を使えばよい。いま国内で進められている太陽光発電は、量的な貢献が全く期待できないことも明らかになっている(文献3.参照)。

原発の再稼働停止と原発の廃止は同じでない

 現在休止中の原発を再稼働させれば、石炭より安価な既設原子炉からの電力を利用できる。経済性を考えれば、炉の寿命いっぱい使って、この原子力電力を使うとの選択はある。その際の安全対策としては、私の提案(文献1.)する「廃炉を前提とした海水注入法」がある。この安全対策は、政府の「ストレステスト」のなかには入っていない。事故前に、原子力技術者の頭の中には、この「海水注入」の考えはなかった。それは、炉内への海水の注入は、原子炉の廃炉につながるからである。これが、今回のメルトダウン事故を招いた根本原因である。事故後、多くの原発で、この「海水注入」の安全策を導入しているようである。いま、中国でも、福島の事故の教訓から、海水を使えない内陸部の原発の設置に反対運動が起こっている。

 ただし、“処理・処分の方法が確立していない”現状では、“使用済み核燃料の持って行き場がない”。したがって、放射能の拡散事故のリスクを避けるためには、現在、原子炉内プールに保管されている(日本だけの話と聞いている)使用済み核燃料の量をこれ以上増やさないことを条件とした再稼働でなければならない。廃炉になるまで原発を稼働させると、“持って行き場がない使用済み核燃料”の量が増え続けることになる。

 政府は、依然として核燃料サイクルと高速増殖炉の実用化に期待をかけているが、世界中が、とうの昔にその開発を断念している。事故により原子炉の冷却機能が失われたときに、海水注入などの非常手段をとることができない「金属ナトリウム」を冷媒に使わなければならない高速増殖炉の技術開発は、「安全神話」の下でしかなり立たない。これが「科学技術の常識」でなければならない。使用済み核燃料の処理・処分については、アメリカも、日本に、その直接処分を勧めている。

温暖化の防止にお金を使う必要はどこにもない

 旧エネルギー基本計画のなかで、原子力は「地球温暖化防止のためのCO2排出削減」のエースとされてきた。地球温暖化を防ぐためにCO2排出を削減するのであれば、地球温暖化による被害金額とCO2排出削減のための費用とのバランス、すなわち、温暖化の被害防止のための「費用対効果」の関係が定量的に明らかにされていなければならないが、これは科学の常識を超えた問題である。いま、温暖化の被害は、風水害や干ばつなど異常気象として現れていると言われる。もし、そうであれば、効果の不明なCO2の排出削減にお金をかけるよりは、これらの異常気象による災害の予防措置にお金をかける方が現実的で効果がある。温暖化には関係がないが、今回の津波だって、それによる被害を最小化することに税金を投入すべきであった。地球温暖化対策として、バイオマスのエネルギー利用に6年間で投ぜられた(どぶに捨てられたと言ってよい)6.5 兆円ものお金があれば、相当のことができたはずである。

 地球の問題は、日本だけでは解決できないのに、地球の問題が完全に政治の問題にされて、なけなしの国民のお金が使われている。いま、温暖化が停止し、寒冷化が起こるかもしれないとの科学的事実も明らかになってきた。「エコ」イコール「地球温暖化問題」として、CO2排出削減にお金をかけなければならないとの「エコ神話」の崩壊がはじまる。いまこそ、澤氏の言われる「~事実に基づいた冷静な議論~」(文献2.)が日本のエネルギー政策を創るためにも厳しく求められている。

エコ神話からの脱却が日本経済の危機を救う

 基本的な生存に必要な食料の60 % とともに、化石燃料の全量を輸入に頼らなければ生きてゆけない日本は、いま、世界の先進国のなかで最も苦しい経済的な危機に立っていると考えるべきである。この日本の経済を何とか維持しているのは、輸入エネルギー源価格の安かった時代に、技術の力で、それを有効に使って経済を発展させてきた過去の蓄積である。この蓄積を食いつぶすような内需の拡大による景気の浮揚は、「たこ足食い」、それこそ、「集団自決」だと考えるべきである。雇用の確保を目的とした輸出産業を何とかして維持するとともに、国内資源を生かすことで、生きるために必要な化石燃料の輸入金額を節減して、貿易収支を何とかバランスさせる方策を探し出すのが、これからの技術立国日本のエネルギー政策でなければならない。

 それは、この国の技術者が「科学技術の開発」が国民のお金を使うことではなく、国民のためにお金を稼ぐことだとの「科学技術者の常識」に立ち返ることでのみ達成できる。

(引用文献)
1. 久保田 宏;「原発に依存しないエネルギー政策を創る」日刊工業新聞、2012
2. 21世紀政策研究所(澤昭裕);「エネルギー政策見直しに不可欠な視点」、2012年3月
3. 平成22 年度環境省委託事業「平成22 年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書、平成23 年3 月」株式会社エックス都市研究所、アジア航測株式会社、パシフィックコンサルタンツ株式会社、伊藤忠テクノソリューション株式会社

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