リチウムイオン電池問題を考える(II)
細田 衛士
東海大学学長補佐 政治経済学部経済学科教授
問題解決の方向と暫定的提案
使用済みリチウムイオン電池の問題解決に向けて、まずは明るい話題から取り上げよう。それは、リチウムイオン電池の多様なリサイクル技術が開発され、日進月歩であるということだ。ブラックマス(コバルトやニッケルなどの正極活物質と負極材のグラファイトを含む、濃縮された粉体)のリサイクルには多くの技術的方法があるが、それぞれメリット・デメリットを抱えつつも確実に発展している。電気自動車に使われているリチウムイオン電池の場合、技術的には重量比で90%のリサイクルが可能な技術もあるという。
使用済みリチウムイオン電池の適正処理・リサイクル技術を持つ事業者(リサイクラー)に適量の使用済みリチウムイオン電池が集約的に搬入されれば、規模の経済を活かしつつ有用金属等の回収が可能になる。第5次循環基本計画のいう経済安全保障に資源の面から貢献できるのだ。
つまりこういうことだ。しかるべきリサイクラーにしかるべき量が搬入されれば、比較的小さなコストでリサイクルが可能なのである。だがこの「しかるべき」という前提条件を満たすには先の情報問題をクリアしなければならない。すなわち効率的な回収、収集運搬、適正処理事業者への引き渡し、これが必要条件になるのである。
もうひとつ、解くべき問題がある。それは、リサイクル費用の支払い・負担問題である。しかるべきリサイクラーに使用済リチウムイオン電池が仮に引き渡されたとしても、回収・収集運搬・保管・リサイクル費用がリサイクル素材売値より大きくなる可能性が大きく、その場合費用の支払い・負担の問題が発生する。一体、誰がどのような形で支払い、負担したらよいのか。
残念ながら、以上の問題をすべてクリアするようなアイデアを筆者は持ち合わせていない。そこで、小型家電リサイクル法での回収、収集運搬の知恵を借りて、極めて暫定的な提案をしておくことにしたい。それは、回収プラットフォーマーの育成・システム構築という提案である1)。
ここでいう回収プラットフォーマーとは、使用済製品を回収、収集運搬するプラットフォーム事業者のことだが、単なる静脈物流業者ではないことに留意が必要だ。すなわち、それは、前項で挙げた使用済製品の扱いに関する市場経済の根本的欠陥を是正する一助となる仕組みであり、効率的回収に加えて情報を共有・受発信できるプラットフォーマーのことである。この場合の情報とは、単なる製品(ここではリチウムイオン電池あるいはそれを内蔵した製品)の内容・組成情報(すなわちモノに関する情報)のみに関するものではない。排出・分別状況、棄損状況などに関する情報(すなわちコトに関する情報)、さらにどこから回収され、どのような経路でどのようなリサイクル事業者に引き渡されたかという物流の情報を合わせたものである。すなわち、モノ×コト×物流の3つの情報を共有し、情報の受発信を行うことができるプラットフォーマーが必要なのである。
加えて、小型家電リサイクル法の下でのリサイクルでも明らかなように、回収プラットフォーマーは市町村などの自治体と綿密な連携協力関係を築く必要がある。使用済みリチウムイオン電池の場合は安全性の確保が不可欠な条件なので、この点は強調してもしすぎる必要はない。また、広域認定制度などのハードローをうまく利用して回収プラットフォーマーのエンパワメントを行うことも求められる。
もう一つ、この回収プラットフォーマーには従来にない展開の可能性があることを付け加えておきたい。例えば、GIGAスクール構想とのインターフェースを作り、今後義務教育で使用済みとなって家庭から排出されるタブレット、ノートPCなどを回収プラットフォーマーが集約すれば、効率的な回収・収集運搬が可能になり、希少資源の有効回収の一助になる2)。そればかりではなく、使用済みリチウムイオン電池回収の重要性に関する環境教育の役割も果たすことになり、当該物の適正回収・リサイクルの推進に大きく役立つはずだ。
おわりに
以上、使用済みリチウムイオン電池の回収・処理にかかわる問題を、現行の市場経済における基本課題として捉え、行政の対応がいかに遅く、不十分なものであるかを論じた。市場経済の基本問題を見据えて抜本的な対応を行わない限り、使用済みリチウムイオン電池問題は解決しないだろう。仮に、リチウムイオン電池を内蔵した製品の数が限られている初期の段階で、それを例えば廃棄物処理法の指定一般廃棄物(適正処理困難物)3)として扱い、この制度に協力するようリチウムイオン電池内蔵製品の生産者に強く促すこともできたのではないか。だが、今となっては遅すぎる。
そこで本稿では、小型家電リサイクル法の下での回収方法の顰に倣い、回収プラットフォーマーの提案をした。回収プラットフォーマーの存在をリエゾン(つなぎ役)として自治体(都道府県、市町村)および動脈事業者・静脈事業者との連携協力の下、情報を共有・受発信しつつ適正かつ効率的な回収・収集運搬を行い、動脈と静脈をつなぎ合わせることが喫緊の課題である。
残る課題は必要な費用の徴収であるが、健全な回収プラットフォーマーが実現した後、市町村ではなく動脈事業者(すなわちリチウムイオン電池およびそれを内蔵した製品の生産者)が負担する仕組みを考えるべきだろう。効率的な回収プラットフォーマーが実現すれば、規模の経済が作用し、回収・処理費用も逓減するだろうから動脈事業者が負担する費用もやがて逓減するはずである。
使用済みリチウムイオン電池問題の解決に向けて進むためには、いかに回収プラットフォーマーの存在が大きいかが理解できたのではないかと思う。色々解決すべき問題もあろうとは思うが、行政は使用済みリチウムイオン電池の回収プラットフォーマーの実現に向けて一日も早く制度的要件を整えるべきである。
脚注
- 1)
- このアイデアは、リネットジャパングループの黒田武志氏のものである。このアイデアを提供してくださったことに謝意を表したい。また、黒田(2025)参照。
- 2)
- GIGAスクール構想とは、文部科学省が推進する施策で、日本全国の児童や生徒に1人1台の端末と高速大容量の通信ネットワークを提供することで、ICT教育を充実することが狙いである。
- 3)
- 指定一般廃棄物(適正処理困難物)とは、全国的に処理の難しい一般廃棄物を環境大臣が指定することによって、当該製品の生産者に処理の協力を求めることができる制度
参考文献
- ・
- 黒田武志(2025)『私たちは地域の社会課題をビジネスで解決したい 700の自治体と創る「環福連携モデル」(アスコム).