ワット・ビット連携 -再エネ主力電源化とGXの鍵
石井 英雄
早稲田大学 研究院教授
「ワット・ビット連携」という概念が、この一年で脚光を浴びるものとなった。GX実行会議においても重要な柱の一つとして位置づけられており、2040年を見据えたGX2040ビジョンにも盛り込まれている。これは一言でいえば、電力(ワット)インフラと情報通信(ビット)インフラを連携させるものである。昨今の生成AIの登場により、これまでの想定以上にデータセンターの電力消費が膨大なものになることが認識され、脱炭素に向け再エネの活用を進める電力インフラと様々なマッチングをはかっていくことで、社会全体のGX推進への寄与を目指すものである。
電力インフラの視点
電力システムの運用においては、全発電量と全電力消費量が常に一致していなければならない(需給バランス)。電力消費量は時々刻々変化するが、火力や水力の発電機の出力をコントロールして両者の一致を実現している。風力発電や太陽光発電のような変動性の再生可能エネルギー(再エネ)は、気象状況に応じて発電量が変化する上、太陽光発電は夜間には全く発電しない。一方、春・秋の日中など電力消費が少ない時、太陽光発電の出力を抑制する必要が生じている。これは、火力発電などの出力を最低限に絞っても、発電が過剰になってしまうためだ。
また、発電施設から需要家への電力の供給には、送電線が必要となる。大規模な太陽光発電施設は、電力消費の多い都市部から離れた郊外に設置される。風力発電施設は日本国内では北海道、東北、九州など経済性が見込める適地が限定され、地理的に地方に偏在して建設される。
再エネ発電割合を高め主力電源化していくためには、これらの需給の時間的・空間的ミスマッチを解消することが重要となる。
時間的ミスマッチについては、蓄電池をはじめ、蓄熱、水素製造・貯蔵など、再エネの電気が豊富な時間帯に一旦電力貯蔵し、別の時間帯にシフトしたり、異なるエネルギーの形で活用したりすることが考えられる。このような時間的シフトができる機能を柔軟性=flexibilityと呼んでいる。再エネの発電量割合が増えるに伴い、必要なflexibilityの量は増大していく。
空間的ミスマッチについては、送配電設備の増強が基本となるが、大規模な送電線の建設は費用も時間も要する一大事だ。現在、電力広域的運営推進機関(OCCTO)では、2050年のカーボンニュートラルに向け、地域間連系線を建設していくプラン(マスタープラン)を提示している。特に、北海道に建設を見込む風力発電の電力を、大電力消費地である東京エリアに輸送するため、直流の長距離海底ケーブルの建設が視野に入っており、その莫大な費用が懸念されている。かつて、遠方に原子力発電所を建設して都市部に電力を輸送するにあたり、送電線で電力を送るよりも、水素など別の形に転換して輸送・利用する方がコスト的に少なく済む可能性が検討されたことがあった。必ずしも送配電設備の増強に頼らず、柔軟な発想によって需給の空間的ミスマッチを解消することも必要となる。
情報通信インフラの視点
近年、コンピュータ能力の進展とビッグデータを基盤に急速に進化するAIの活用により、データ分析の精度向上、様々な予測の最適化、業務プロセスの効率化、顧客理解の深化、新たなビジネスチャンスの創出が可能となった。
しかし、これを凌ぐ大きな衝撃と事態の本質的な変化をもたらしたのは、生成AIの出現である。文章作成、翻訳、要約、画像生成、プログラミングコード生成、音楽生成などのタスクをやすやすとこなす。そのアウトプットは、あたかも知能を有しているかのごとく高いレベルであり、これまでとは段違いに我々の様々な業務の効率を向上する。今後も利用者とその範囲・頻度が大幅に増えていくことは確実である。生成AIについては、フェイクコンテンツの生成、著作権侵害のリスクなどの課題に加え、より根本的な課題として、その機能の発揮のために膨大な学習を行うことが必要であり、莫大な電力を消費することだ。IEAの試算では、世界のデータセンターの電力消費量は2026年に、22年比2.2倍の1000テラワットアワーに拡大する。これは、日本全体の年間の総電力消費量に匹敵する。こうしたサービスやシステムを提供する企業は、この電力を脱炭素の電源で賄うことが社会的に必須であると判断している。データセンターによる電力需要増加が最も顕著な米国では、原子力発電所の電力をデータセンターに供給するための相対契約も出現しているが、やはり再エネの電力を使用することが主軸の期待だ。
ワットとビットを連携させる
電力システムサイドは、再エネ導入に伴う需給の空間的・時間的制約を解消していく必要がある。一方、データセンターサイドは、再エネ起源の電力を使用したい。ここに両者を連携させてWin-Winの関係を作るチャンスが生まれる。それがワット・ビット連携だ。
北海道に大量の洋上風力発電施設を建設するなら、データセンターを近隣に建設すればよい。電力の送電の替わりにデータの伝送が必要となるが、送電線建設に比べれば光ファイバー伝送路の建設は、コストが大幅に低く済む。空間的に偏在してしまう再エネの弱点を、今後の新たな大規模電力消費施設であるデータセンター建設で補償するということだ。
データセンターの電力消費において、生成AIの学習に要する部分が相当量になるといわれている。一方で、再エネの大量導入により、電力消費が少ない時間帯では余剰が生じ、出力抑制が必要となっている。ならば、生成AIの学習を再エネの余剰を活用できる時間帯に行うようにすれば、電力インフラ、データセンター双方の課題解決につながる。さらに、相互に光ファイバーで連結したデータセンターが適度に分散して存在していれば、再エネの余剰が発生しているエリアのデータセンターにデータを送り、学習などのデータ処理を実行させるように運用することで、再エネ電力の有効活用と電力ネットワークの潮流状態の均平化につながる。
このように、再エネの建設や電力インフラの状態に対応して、データセンターの配置、建設、運用を行う連携が出来れば、GX化に向けて社会コストを低減することが期待される、これがワット・ビット連携の根幹である。AIの学習をどれだけ時間的・空間的にフレキシブルに運用できるかは、データセンター事業者をはじめ関係者がワット・ビット連携の意義や必要性を共有し、再エネを含む電力インフラサイドと計画・建設の段階から協調することが重要である。
原点に返れば
以上、ワット・ビット連携について述べてきたが、スマートグリッドという概念が登場した時、電力システムと情報システムの融合というように語られた。それ以来、蓄電池や電気自動車など、電力の消費側に導入され柔軟性に貢献できる資源が登場し、これらを情報通信で連係し、電力システムの状態に応じて制御するバーチャルパワープラントも構築・活用されるようになった。ワット・ビット連携を提唱した東京電力パワーグリッドの岡本副社長は、同時にMESHという構想を提唱している。電力システムに接続されるあらゆる資源や電力の流れの状態(ワット)に関する情報(ビット)をサイバー空間で処理し、再エネ発電状況や電力ネットワークの尤度、これに基づき算出される地点ごとの電力の価格などのビットを各資源やシステムにフィードバックすることによって、それぞれの運用を誘導し全体最適をはかる構想だ。この中で、データセンターはサイバー空間での計算処理を担うと同時に、その結果出てくるビットによってその働きを変えるフレキシブルな電力消費装置でもある。こうしてみてくると、生成AIインパクトで出てきたワット・ビット連携という概念であるが、それはデータセンターの話だけでなく、スマートグリッド以来取組んできた、再エネを最大限活用するための構想と理解すべきであろう。今後の展開に期待したい。