科学界の党派活動が市民の信頼を損なう 科学界のリーダーたちは、科学は万人に奉仕するものと再認識すべき
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿は、ロジャー・ピールケ・ジュニア
How Science Must Change: Why leaders in science must rediscover that science serves everyone, The Honest Broker, 2024.11.9
https://rogerpielkejr.substack.com/p/how-science-must-change
を許可を得て邦訳したものである。
米国大統領の後、『Scientific American』誌の編集者ローラ・ヘルムート氏が深夜に怒りにまかせて、ドナルド・トランプ氏に投票した人たちに対する冒涜的で中傷的なコメントを投稿したことで、ソーシャルメディア上でちょっとした騒動が勃発した1)。その手の騒ぎではよくあることだが、多くの人がヘルムート編集長の解任を求めた。
しかし、これは単にある雑誌の、極めて党派に偏った立場からの、一編集者の話ではない。それに彼女を解雇しても根深い根本的な問題には対処できない。むしろこのエピソードは、しばしば不寛容と暴言を伴う、強烈な党派性が、特に政策や政治に近い科学の分野においていかに常態化しているかを如実に表している。私は毎日、このヘルムートの暴言をむしろ手ぬるいものに見せるような、権威ある著名な科学者たちによるソーシャルメディア上の発言を列挙することができるくらいだ。
学術誌、大学、学会などの重要な科学機関のリーダーたちは、党派性や不寛容を容認してきただけでなく、しばしばそれらに対して報酬を与えてきた2)。最も権威ある科学雑誌のリーダーたちの行動を考えてみよう:
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- 英科学誌『Nature』誌はカマラ・ハリスを支持し、「米国の民主主義、科学、証拠に基づく政策の運命が天秤にかけられている」とこの世の終わりのような警告を発した。
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- 大統領選後、『Nature』誌は、共和党の包括的勝利は世界の科学界と相容れないものであるとし、次のように報じた。「共和党のドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領の座を確保するために必要な最後の票を獲得したことで、世界中の科学者が失望と警戒を表明した。」
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- 『Science』誌の編集長ホールデン・ソープ氏は、自分とは異なる政治的見解を持つ人々を誹謗中傷し、次のように述べて2023年にソーシャルメディア上で大騒ぎになった:
「彼らが実際に欲しいのはあくまでも科学ではなく、自分たちが好きなように使える科学的な情報なのだ。これによって人々は、「気候変動は本当かもしれないが、それに対処するために政府による規制を設けるべきではない」というようなことを主張する許可を得ることになるのである。そんなことは到底受け入れられない」
彼はこのすぐ後にX/ツイッターから去った。 - ・
- 気候科学者マイケル・マン氏の名誉毀損訴訟で、強烈な党派性があるマン氏が、同僚女性が教授の座に就くために寝たとする虚偽の噂を流し、ジャーナルの査読プロセスを妨害して論文掲載を妨げたことが明らかになったとき、ソープ氏はこの容認できないはずの行動をまったく問題にせず次のように述べた。:
「情熱は不正行為ではない……攻撃されたら反撃するのが人間というものだ」。
このような例は他にもいくらでも挙げられる3)。
科学界で指導的役割を担う多くの人々の間で党派性が募っていることは、よく理解されている。例えば、2022年に行われた米国の科学者らによる選挙献金の調査では、トランプ氏が初めて立候補したときと同じように、民主党への献金が急増し、共和党への献金が減少していた:詳細は以下のとおり。
「FECのデータを分析すると、政治家候補に寄付をするアメリカの科学者たちは、共和党の候補者や組織よりも民主党の候補者や組織を支持していることが確認できる。実際、彼らには著しくその傾向が見られる。しかし、これは比較的最近の現象である。1984年から2000年まで、大学・カレッジの職員全体における共和党への献金の割合は、40%前後とかなり安定していた。大学職員の民主党支持率はわずかであった(2002年以前は、科学者とその他の大学職員を分けて分析したデータがない)。しかし、2000年から2021年にかけて、共和党への寄付は激減し、10%を下回った(図1)。2016年以降、教授陣の共和党への寄付は大学職員全体よりもさらに少なくなり、教授陣からの寄付のうち共和党への寄付はわずか5%程度であった。アイビーリーグの教授の寄付はさらに少なく、約2%であった。献金総額は、共和党への大学関係者の献金が近年の歴史的低水準にあった2019年に劇的に増加した。このように、過去3年間を通して、大学の科学者らの寄付はほぼ民主党候補者に集中していることがわかる。」
ドナルド・トランプに投票したアメリカ人に対するヘルムート氏とソープ氏によるコメントは、彼らが深く心から抱いている仲間たちに対する見解を表していることは間違いない。気候科学者のマン氏はさらに踏み込んで、しばしば市民に対し言葉の戦争を引き起こしているほどである。
「私たちは、ファシズム、権威主義、人種差別、女性差別、偏見、そして反科学的な偽情報を武器とする悪意ある動き4)に対抗し、闇の力と戦う道を選ばなければならない。私たちがそうするのは、成功が約束されているからではない。私たちに対して動員された諸勢力を考えれば、私たちは明らかに劣勢である。」
私がマン氏を引き合いに出したのは、彼が科学界での外れものだからではなく、指導的立場や権威を持つ多くの人々を代表していると考えているからである。彼が日々公の場で繰り広げている暴言が、極端な政治的主張を共有しない人々にとってどれほど不快なものであるかを、彼が幸せなことにまったく気づいていないことは言うまでもない5) 。
米国には、左派にも右派にも、実に多様な政治的見解がある。科学者が極端な政治的見解を持ったり、公の場でそれを表明したりすることは、何ら悪いことではない。ここは自由の国であり、私は公的な討論や議論に参加するすべての人を歓迎する。
より大きな問題は、科学界が、2024年に共和党に投票したアメリカ国民の多数に反対し、さらにはその多数を否定する多くの科学者を指導的立場に押し上げることを選択したということである。同時に科学界は、この主流派から少しでも見解を逸脱していると思われる人々を締め出し、排除してきた6) 。一部の科学者の間では、科学界は米国市民に対する「抵抗勢力」の一部を担っているという見方さえあるほどである7) 。
科学界が平均的なアメリカ市民に対してますます組織化されるにつれて、市民の多くが科学者や科学機関に対してますます不信感を抱くようになったことは、驚くにはあたらない。例えばこうだ(以下参照、強調部分は太字):

Source; AEI 2023
2019年1月から2023年5月にかけて、ヒスパニック系アメリカ人のうち、科学者に対して「大いに信頼する」または「ある程度信頼する」と回答した人の割合は、82%から61%に低下した。この傾向はアフリカ出身の黒人でも同様で、同期間中に85%から69%に低下した。一般的に、非白人の民主党支持者は、科学者に対して「大いに信頼する」と回答する割合が、白人の民主党支持者の半数にとどまっている。
米国を覆いつくしている「レッド・ウェーブ」(共和党の赤い波)によって、科学界には、そのリーダーたちの極端な党派主義を変えなければならないという、早くも心強い兆しが見えている。
昨日、『Science』誌の編集長であるソープ氏は、「振り返るべきとき」と題した論説で、最近の現状に対する認識の高まりを次のように示している:
トランプ氏のメッセージは、アメリカの政府、社会、経済制度から疎外されていると感じているアメリカ国民の多くと共鳴している。その中には科学や高等教育も含まれる。このような不満を持つ人々を取り戻すには、科学界のリーダーが、すべてのアメリカ国民のために、より包摂的な科学を育成・促進し、トランプ政権下で科学がどうすれば発展できるかを示す必要がある。
しかし、ソープ氏の論考からは、このような意識の高まりと、科学界が過去10年間に焦点を当ててきた方向性との間の深い不協和を調整するのに苦労しているようにも読みとれる:
トランプ大統領の第1期の任期中、科学者たちはしばしばソーシャルメディアやケーブルニュースで反撃に出た(私は当時これに熱心に参加していたが、1年前にツイッター(現在のX)を辞めた)。この活発でしばしば対立的なやりとりは、多くの科学者の間に一体感を生み出し、科学を擁護するプラットフォームを提供したが、結局のところ、トランプ政権の攻撃が根拠のないものであることを世間に示すことはできなかった。
彼はほぼ結論に達している。この 「掛け合い 」は、確かに人々に対して説得力があった。皮肉なことに、科学界は彼らの信頼に値しないということを説得するのに一役買ってしまった。
同じように、『Nature』誌はトランプ当選を嘆く長いエッセイの中で、科学技術研究の長年の研究者であるハーバード大学のシーラ・ジャサノフ氏の知見を紹介している:
マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学の社会科学者、シーラ・ジャサノフ氏は次のように述べた:トランプ氏の勝利は、学術研究者と共和党有権者の間にある根本的な断絶を示している。両者の溝を埋めるには、社会的な関与が必要であり、社会と政治の分断を完全に捉えていない科学者側も謙虚になる必要があるだろう。多くの共和党員にとって、問題があるのは私たち、つまり学術界の 『エリート 』なのだ。
科学に対する信頼の低下の根底にある力学を明らかにする証拠はたくさんあるが、科学界のリーダーたちはこれを否定してきた。例えば、2023年に発表された研究では、『Nature』誌が2020年にジョー・バイデン氏を支持したことによる一般市民への影響を調査し、科学全体への信頼を低下させたという以下のような所見を得た:
『Nature』誌や他の科学雑誌・組織による選挙上の支持支援が、特に無党派候補の支持者の間で、支持支援を行った組織に対する社会的信頼を損なう。このことは、科学界全体に対する信頼や、重要な公衆衛生問題に関する情報収集の行動に対しても悪影響を及ぼす。推薦する候補の支持者に対する信頼向上の効果は無効か小さく、反対陣営での信頼低下のマイナス効果を相殺することはできない。この結果、国民の信頼度は全体的に低下し、党派に沿った二極化が進むと考えられる。また、候補者への推奨メッセージを見ることで、その候補者に対する国民の意見が変わるという証拠はほとんどない。
『Nature』誌は社説でこの研究について論評し、完全に否定した。その上で、当然、2024年に再び大統領候補の支持を打ち出すことを選んだのである。
科学界は政党の一部ではない。そして野党でもなければ、一般の人々と対立する戦争をしているわけでもない。米国の科学界は、国家と国民の広範な利益に奉仕するための研究と教育を行うために、その大部分において、誰に投票するかに関係なく、すべての国民から資金援助を得ているのである。
科学界の一部が、党派性と暴論を倍加させることは十分に予想される。問題があるのは、私たちではなく、彼らなのだから!もちろん、「私たち」か「彼ら」かという観点で考えること自体が、そもそも問題の大きな部分を占めていると言えるのだが8)。
重要な科学機関を率いるリーダーの最優先事項は、公共サービスの精神を再構築することでなければならず、私たちは一般大衆に奉仕するのであって、一般大衆を導くのではないということを認識することである。それは、すべてのアメリカ国民が科学界の仕事から恩恵を受けていることを実感できるようなリーダーシップを発揮することを意味する。
もし今のリーダーたちが、困難で不安な変化をどうしても受け入れられない、あるいは変化を望まないのであれば、今こそ新たなリーダーたちが必要な時である。
- 1)
- 本件に関するコメントや後の謝罪については掲載しない。尚、X/ツイッターで簡単に見つけることができる。ここでは、ヘルムートを中傷するようなコメントは避けたいと思う。
- 2)
- 組織的に重要な役割を担っているわけではないが、ソーシャルメディアなどを通じて大きな影響力を持つリーダーもいる。私もまた、科学ジャーナリストを科学コミュニティの一員とみなしている。
- 3)
- このような例はTHBのアーカイブにたくさん載っている。
- 4)
- マン氏が反科学と偽情報が相手の主要な 「武器 」だとしていることに注目してほしい。ここから分かることは、彼のような科学者は、自分たちが反科学や偽情報と戦う、人類の未来をめぐる勧善懲悪の物語の中心にいると思っている、といったところだろうか。
- 5)
- 同様に、以下のコメントにおいて、マンに対する個人的なコメントや侮辱はご遠慮願いたい。彼は自分自身のために自分の意見を述べているだけなのだから。
- 6)
- 私は昨日、『The New York Times』紙の記者エズラ・クライン氏のこのコメント、「民主党は何年もかけて人々を自らの天幕から追い出してきた。」に衝撃を受けた。それと同じことが気候科学や学術界にも言えるだろう。
- 7)
- 科学界のリーダーたちの政治的見解と対立する意見を表明すると、自分のキャリアや社会的/職業的地位が危ぶまれる、といった話を科学界のTHB読者から常々聞かされている。
- 8)
- 彼らの多くは、ソーシャルメディアでの存在をBlueSkyに移し、X/Twitterから手を引いた。皮肉なことに、より広範で多様な見解から切り離された、認識論的なbubbleやエコーチェンバー現象を作り出そうとする努力は、最終的に科学界が最も激しく病的な政治化から離れて方向転換するのに役立つかもしれない。