気候危機を煽るイベント・アトリビューション研究のトリック
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所 杉山大志 訳 木村史子
本稿は、ロジャー・ピールケ・ジュニア The Honest Broker 2024.12.31 Tricks of the Trade Weather Attribution Alchemy, Part 3を、許可を得て邦訳したものである。
今日の記事は、THBシリーズ「ウェザー・アトリビューション錬金術」のパート3である。前回までの記事は以下を参照されたい:
パート1:ウェザー・アトリビューション錬金術
パート2:NASにおけるアトリビューション・ステルス・アドボカシー
ハリケーンは気候変動政策の広告塔である。上の実在のポスターを見てもわかるように、ハリケーンは発電所から排出される二酸化炭素によって引き起こされる(あるいは、ハリケーンがより頻繁に、より激しく、より雨を降らせ、より遅く、あるいはより速くなる)という一般的な物語が存在する。 ハリケーンが間違った方向に回転している上の映画のポスターのように、実際の証拠や研究結果は常にこの物語に合致しているわけではない。
あらゆる規模の大きなハリケーンを気候変動と関連付けるニセ科学的な家内産業が誕生しつつある。そこで本稿では、ハリケーンの原因は温室効果ガス排出だと主張する最近の動向を見てみよう。
気候変動がハリケーンに与える影響は極めて大きいと言われている。以下は2024年の気候変動がハリケーンの発生に与えた影響についてまとめたものである:
・ハリケーン「ミルトン」は40%も発生しやすくなった。
・ハリケーン「ヘリーン」は100%以上も発生しやすくなった。。
・台風「シャンシャン」は36%も発生しやすくなった。
・台風「ケーミー」は約50%も発生しやすくなった。
・ハリケーン「ベリル」はほぼ100%も発生しやすくなった。
以下のような信じられないような主張をするプレスリリースは、大嵐のたびに地域に溢れ、世界中の主要メディアによって無批判に繰り返されているのである。
(ニューヨークタイムズ)
地球温暖化が「ヘレン」の脅威を高めたと研究者らが指摘より気温の低い時代であれば、南東部上空に同じような珍しい暴風雨が発生しても、雨量は少なく、風も弱かっただろうと、科学者チームは分析により結論づけた。
これらのプレスリリースの背後にあるものを詳しく見てみよう。アル・ゴアの映画のポスターでハリケーンが間違った方向に回転しているように、こうしたアトリビューション(帰属)のトリックは誰の目にも明らかなところにある。
最初のトリック – 数字のインフレを起こす
今月初め、熱帯性サイクロン「チド」がマダガスカルとアフリカ大陸の間にある群島の一部、マヨットに上陸し、その後モザンビークを横断して内陸に入った。「チド」は規模は小さいながらも強力な熱帯性サイクロンで、100人近くの死者を出した。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究所、グランサム・インスティテュートは次のようなプレスリリースを発表した。(注1)。
「IRISモデル」は、気候変動によって『チド』のような熱帯性サイクロン の強さはカテゴリー3からカテゴリー4に上昇すると推定している。このタイプの暴風雨は、産業革命以前のベースラインと比較して、2024年の気候では約40%発生確率が高くなる。」
40%とはなんとまあ大きな数字である! これは、2100年までの熱帯低気圧の強さの変化に関するIPCC AR6の最も極端な予測よりも一桁大きい。
しかし、実は40%ではなく3%以下であることが判明したのである。
ここにトリックがある。つまりインペリアル・カレッジのプレスリリースによれば、「チド」のような暴風雨は13.9年に1度の頻度から10.1年に1度の頻度に変化したという。言い換えれば、どの年においても7.2%の確率で発生する事象から、10%の確率で発生する事象に変わったということである。
この主張をそのまま受け取るならば、サイクロン「チド」のような暴風雨の発生確率は2.8%高くなるということになる(つまり、10%から7.2%を引いた値)。それはさほど恐ろしいことではない。
しかし、再発期間をそれぞれ14年と10年として、その変化率(10%÷7.14%)を計算するとどうだろう。その変化率(10%÷7.14%)を計算すると、ほら、このとおり、40%の変化率となるわけだ。
旅客数に関する全く別の記事では、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「変化率の値は、実際に何が起きているのか誤解を与えてしまうかもしれない 」と説明している。確かにそうだ。
洪水、火災、暴風雨など、私たちは今日すでに気候変動の影響を目の当たりにしている。そして気温は上昇し続けている。そのため、今世紀末には世界の4分の1が居住不可能になると予想されている。
(グランサム財団2024)。
第2のトリック – 結論を仮定してしまう
インペリアル・カレッジのアトリビューションへのアプローチは、証明しようとする結論を仮定してしまっている。つまり、大気中の二酸化炭素やその他の温室効果ガスの増加により、海洋は確かに温暖化しているのだが、その海洋の温暖化によって暴風雨がより強くなっていると仮定しているのである。
そこから出発すれば、今起こった嵐は気候変動によって起こりやすくなったと結論づけるのは容易である。インペリアル・カレッジは次のように説明する:
「反実仮想気候と現在の気候との間の暴風雨の強さとその発生の可能性の違いは、気候変動に起因している。」
至ってシンプルではないか。
例えば、彼らは台風「ハイエン(2013年、フィリピン)」にその方法を適用した例を示している:
「IRISによると、人為的な温暖化がない冷涼な気候においては、「ハイエン」と同程度の勢力の台風がフィリピンを襲うのは約9,300年に1度と予想されているが、0.8℃の温暖化においては、同様の台風は約130年に1回発生すると予想されている。」
なんと驚くべきことだろう!可能性の上昇を表すパーセンテージのトリックを使えば、「ハイエン」のような暴風雨は気候変動によって7,000%も可能性が高くなったことになってしまう(注2)。
海面水温とハリケーンの発生確率や 再発期間との間に直接的な関係があると仮定することの問題点は、熱帯低気圧は海面水温だけでなく、多くの環境要因の影響を受けるということである。
ハリケーン強度の基礎となる理論は、1980年代にマサチューセッツ工科大学のケリー・エマニュエルが開発した、熱帯低気圧の最大潜在強度に関するものだ。
そしてエマニュエルは、「ほとんどの暴風雨」は、潜在的な最大強度に達しないとしている:
「. …潜在強度が高いままであっても、最大強度に近い強度をかなりの期間にわたって維持することはほとんどない。このことは、熱帯低気圧はほぼ定常状態を維持できるという、理想化されたモデル研究から生まれた考え方の欠陥を示唆している。そしてほとんどの暴風雨は、暖かい海水上にあったとしても、垂直ウインドシアや暴風雨による海面冷却などによって、やがて強度が弱まることになる。」
このような複雑性から、海が暖かくなれば暴風雨が強くなる、という単純な物語のアトリビューションは、個々の暴風雨の挙動を特徴づけるために使用する場合には不適切であることが分かる。
しかし、仮に、「チド」のような暴風雨が発生する確率が年間7.2%から10%に増加するというインペリアル・カレッジの結論に従うとしよう。その場合このような変化を観測で検出するためには、IPCCのしきい値(信頼度90%)を使っていったい何年かかるというのだろうか?
ChatGPTによると、下の組み合わせの例にあるように、2,100年以上の歳月がかかってしまう。(注3)
仮に「チド」のような暴風雨の発生確率が2.8%高くなったとしても、これほどの変化を検知するには非常に長い時間がかかるだろう。おそらくだからこそ、証拠よりも仮定が好まれるのだろう。
第3のトリック – 統計的な証拠を無視する
上の図は、「1990年代半ば以降、南インド洋における熱帯低気圧の破壊ポテンシャルは減少傾向にある(Decreasing trend in destructive potential of tropical cyclones in the South Indian Ocean since the mid-1990s)。」と題された最近の論文 (Tu et al. 2024) からの引用である。実際、図にあるように、過去30年間で熱帯低気圧の破壊力が増加した海域は見られない(注4)。
彼らは次のように説明している(太字は注目部分):
「我々は、世界の熱帯低気圧の破壊力の変化を、パワー散逸指数を用いて調べた。
その結果、ほとんどの海域で明確な傾向は見られなかった、 しかし、南インド洋流域においては1994年以降、パワー散逸指数の有意な減少が検出された。このほとんどが熱帯低気圧の発生頻度と持続期間の減少によるものである。」
南インド洋と言えば、今月初めにサイクロン「チド」が上陸した海域である。
下図は、南インド洋におけるハリケーン級の熱帯低気圧の発生頻度(上)と、発生頻度と強度を統合した積算熱帯低気圧エネルギー(ACE)(下)を示したもので、どちらも1980年から2024年までの傾向を示している(訳注:いずれも増加傾向にはなっていない)。

40% more likely? Not likely. Source: Colorado State University
ある事象の発生可能性が高まったという主張には、常にその事象の時系列を添えて、その高まりを証明すべきである。40年間で7,000%、あるいは40%といった数値の変化は、統計がなくても明らかなはずだ(訳注:もし本当なら、明らかな増加傾向がこの2つのグラフに見られるはずだが、それがない)。
いったい何が起こっているのか?
イベント・アトリビューション研究はナゾである。
怪しげなアトリビューションの主張が拡散していることの最も穏やかな説明をすれば、メディアや気候変動の専門家たちに対して、そのような主張への需要があるということだ。たとえその「科学」がニセ科学に近いものであったとしても。
より厳しい説明としては、IPCCを含む本当の気候科学に対して、異議を唱え弱体化させようとする組織的な努力が進行中であり、それは気候変動対策を正当化する目的で、もっともらしく装った偽情報を流している。そこではニセ科学で人々は欺かれている。
私が上記に記した問題点はかなり明確である。そして、私は反対意見を歓迎するし、それはこのブログで喜んで公開させていただこうと思う。
< 脚注 >
- 注1)
- グランサム・インスティテュートのIRISモデルは、1万年分の熱帯低気圧を作成するために42年分のデータを使用している。私は気候学者ではないが、42年間の気候データを使って1万年間の気候学的可能性を特徴づけるというのは、確かに興味深い手法である(訳注:嫌味で言っている)。
- 注2)
- インペリアル・カレッジは、この7,000%という値を、可能性の増加の特徴としてはっきりとは使っていない。おそらく、笑いものになるからだろう。
- 注3)
- この例では、1年に1回の「チド」のレベルの熱帯低気圧の上陸を想定している。現実はもっと少なく、したがって2,100年よりも長くなるであろう。
- 注4)
- このことは、私が最近ここTHBで発表したデータとも一致している。