トランプ政権の軍事戦略

書評:「アジア・ファーストー新・アメリカの軍事戦略」  エルブリッジ・A・コルビー 著/奥山真司 訳


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「電気新聞 本棚から一冊」より転載:2025/1/31)

 著者のコルビーは、第2次トランプ政権で、国防総省のナンバー3にあたる国防次官(政策担当)に指名された。ナンバー1、2が共に軍事の経験が浅いことから、今後の米国の軍事戦略は、事実上、このコルビーが担うと見られている。1983年生まれと若いが、既に第一次トランプ政権においても、国防総省の高官として2018年に「国家防衛戦略」をまとめた経歴がある。
 さてこの本のタイトルだが、アジアの人々を大事にするという意味ではない。中国こそが米国の最大の敵であると言う認識のもと、米国の軍事戦略はアジアに集中すべきだ、というものだ。
 コルビーの分析は、軍事力、経済力のバランスを見る。ロシアは欧州に任せればよい。ロシアよりも、欧州のほうが、人口も経済もかなり大きいからだ。イランはイスラエルや湾岸諸国に任せればよい。イランはそれほど強くない。だが中国は違う。いまや世界経済の中心となったアジアにおいて、抜きんでた経済力・軍事力を有している。また、かつての日本が大東亜共栄圏を目指したように、地域覇権を確立して、米国をアジアから追い出す動機を強く持つ。そして、軍備を急拡大しており、その向かう先はまず台湾で、その次は、フィリピン、日本や韓国となる。
 コルビーは、世界全体に民主主義を輸出しようとするネオコンを支持しない。アメリカは、アフガニスタンやイラクで失敗を繰り返してきた。米国には世界中を支配する能力などない。アジアに集中すべきで、中国の覇権に対抗する連合を作り上げ、その要となるべきだ、とする。
 コルビーは説く。中国周辺の、日本、韓国、台湾、フィリピン、オーストラリア等は、中国の領土拡大を防ぐ「拒否戦略」を採り、中国に対する「反覇権連合」を結成すべきだ。日本は、専守防衛を止めて、自衛隊はふつうの軍隊になり、米国との核共有も検討すべきだ。中国の軍備拡張に対抗するにはGDP比2%というのは論外で、3%に増やすべきだ。そして日本は工業力を活用して兵器も生産すべきだ。米国は産業が空洞化し、船舶の製造量は中国の200分の1になってしまった。米国単独では工業力が足りないが、日本はそれを補える。
 現実政治(リアルポリティーク)を分析しコルビーはこの解に行き着いた。日本はこの構想を受け止めることができるだろうか。

著者:エルブリッジ・A・コルビー
翻訳:奥山真司
出版社‏:文藝春秋(文春新書)
発売日:2024/10/18
ISBN-10:4166614681
ISBN-13:978-4166614684

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