ヒートアイランドが北極域の都市をより温暖にしている


キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員

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 北極域は地球温暖化の影響を受けやすく、世界の他の地域に比べて気温上昇が著しいことで知られているが注1),注2)、実はこれには都市化昇温(ヒートアイランド)が影響している注3)。直感的には、永久凍土があるような場所でヒートアイランドなど起こりえないと思うのが普通だろう。しかし現実には、北極域でも気温観測が行われてきた多くの地点で都市化が進み(図1)、20世紀後半の気温を底上げしてきた。現在、北極域の住民は+1.5℃以上の気候に適応しながら生活している。

図1 ノルウェー北部の最大都市Tromsøの景観(Katz, 2020)。

1.北極域にもあるヒートアイランド

 北極域では、特に冬の日射量が小さく寒冷なので大気の混合層の発達が弱く、都市部の地上で発生した人工排熱などが上空へと拡散しにくい注5),注6)。このヒートアイランド効果により、過去100年間における都市の気温の上昇速度は田舎に比べて大きくなっている注7)。ある研究では、1949–1997年における都市(Fairbanks)と田舎(Eielson)の冬季(12–2月)の日最高気温・日最低気温の上昇率(線形回帰直線の勾配)を比較し(図2a)、いずれも人口が15,000人を超えた1970年以降に都市と田舎の差は増大する傾向が見られたとしている。この期間の都市化昇温の大きさは、Fairbanksの気温上昇量の20%と推計されている。また、同じアラスカ州の村Barrowでも2001–2005年に都市化昇温の観測が行われたが、発電や天然ガスの生産・使用量と月別気温上昇量の間に高い正の相関がみられ、人間生活で発生する熱の影響が示唆されている注8)

図2(a)1949–1997年のアラスカ州の都市(Fairbanks)と田舎(Eielson)における冬季の平均日最高気温(Tmax)と日最低気温(Tmin)および(b)人口の経年変化注9)。(a)の太線・細線:線形回帰直線。

2.気温上昇1.5℃を超えた北極域の都市部

 北極圏では、総人口の4分の3が都市に居住している注10)図3に示すとおり、人口15,000人以上の都市は広範囲に分布しており、アラスカやスカンジナビア半島ではこの割合は小さいが、ロシア北極圏では90%を超えるという注11)。これらの都市で観測された地上気温の長期データには、Fairbanks(図2)のように20世紀以降に都市化昇温が影響している可能性が高い。

図3 5つの気候区分に該当する北極圏における人口1万5千人以上の都市(赤丸・緑丸)の地理的分布注11)。丸が大きい都市ほど人口が多い。

 実際に、地表面温度と植生の被覆率の衛星観測に基づいて都市化昇温量を推定した最近の研究は、ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシア北西部の北緯64度以上に位置する人口4,000人以上の57都市でヒートアイランドが生じていることを明らかにした注12)。さらに、ユーラシア大陸の北極圏・西シベリア・その他の地域でも、これまでに分析された北極圏の都市のうち70~80%で顕著な都市化昇温が観測され、15%の都市では地球温暖化による昇温と合わせて3℃以上気温が上昇しているという注11)。これら全地点の冬季の都市化昇温量の平均値は+1.5℃となり、奇しくもパリ協定における各国の産業革命前からの世界の平均気温の上昇量の目標値に同じである。

3.100年前と現在の温暖化の速さは同程度?

 ここまでの情報から、実際の気温データから都市化昇温による寄与の除去を試みる。まず、1章で述べたFairbanksと同じように都市化昇温は全ての気温観測地点で1970年に増加し始めると仮定し注9)、その量が年とともに増加して2019年に冬季の都市化昇温量の全地点平均値である+1.5℃に達した注11)と考える。1970–2019年までの年ごとの気温偏差からこの量を差し引くと、図4aの黒点線のようになる。この試算では2019年時点の気温偏差は約1℃に過ぎず、約100年前の1930年代に起きた温暖化(ETCW: the Early 20th Century Warming)注2)の気温偏差の最大値をわずかに上回る程度となる。

図4(a)1951–1980年を基準とした北極域全体の平均気温偏差のIPCC第3次・第5次・第6次評価報告書に示された気候シミュレーション結果(緑線・青線・赤線)とCRUTEMデータセットの観測結果(黒線)および(b)BerkeleyEarthデータセットによる観測結果(図1:破線)の東西全経度平均の経年変動注13)。黒点線:既往文献から都市化昇温を除去した場合に予想される気温偏差。

 ETCWは、地球の内部変動に太陽変動などの地球の外部要因が重なって引き起こされた可能性が高いといわれている注13)。もしこれらの影響が現代の温暖化にも同じように作用しているとすれば、都市化昇温を除いた現在の気温偏差(図4a:黒点線)に及ぼすCO2排出による温暖化の寄与はその分だけ小さくなる。脱炭素やカーボンニュートラルの費用対効果を検討する上で、自然の変動を考慮しなければならない理由はここにある。
 また、最近の研究注14),注15)により都市化昇温は北半球全体の気温データに影響していることがわかりつつある。著者も、均質化補正前の世界の地上気温のデータセットGHCNに含まれる農村部と都市部の観測地点を比較し、北アメリカ全体の平均地上気温の上昇率のうち20%、日本では60%が都市化昇温による可能性を示した注3),注16)。都市化昇温は北米や日本以外の国々の気温データにも当然影響しているはずで、図4bの破線枠に示した気温偏差の東西全経度平均から気温上昇率を算出すると地球温暖化の影響を過大評価してしまう。さらには、気温観測施設周辺のアスファルト化や建物・植栽などによる昇温がデータに混入する場合もあり注17),注18)、さらなる研究が必要である。

4.巨大な温暖化実験の最中にある北極域

 都市化が進んだ北極域に住む人々の様子を観察すれば、将来の温暖化に対する人間の適応能力(あるいは限界)を知ることができる。
 現在の温暖化は特に北極域で顕著であるが、都市ではそれを上回る昇温がヒートアイランドによって引き起こされている。例えば、西シベリア北部の人口の70%は、1960~1990年の平均気温に対して地域温暖化による約1.0℃と都市化昇温による約1.5℃が加わり、2.5℃程度温暖化した世界で生活している注19)。すなわち、彼らは都市化昇温によって将来世界的に起こりうる地球温暖化を先取りしていることになる注20),注21)
 どの程度先取りしているかは、2019年に行われた北極域のいくつかの都市における冬の平均気温偏差の観測結果をIPCCによる気候シミュレーションの予測結果に重ねると明瞭になる(図4)。多くの北極圏の都市の気候は、現時点ですでにIPCC第5次評価報告書に示される温室効果ガスの最大排出シナリオ(RCP8.5)が予測する21世紀後半の気温偏差を超えている。例えば、図1に示したノルウェーの大都市Tromsøの気温偏差は、すでに1980–2005年当時の北極域全体の平均気温偏差から6℃近くも上昇している。また、図5に示した都市の中で気温偏差が最も小さいBarrowの住人でさえも、パリ協定の目標値である+1.5℃昇温を経験しているのである。

図5 1950–2100年の北極域(北緯60–90º)におけるIPCC第5次評価報告書に示された冬季の平均気温の気候シミュレーションの将来予測結果と2019時点の各都市での観測結果注11)。偏差の基準:1981–2005年、網掛け部分:36モデルのシミュレーション結果の標準偏差。北極域の気候は、2019年時点ですでに産業革命前から1.5度以上の世界になっている

 図5からわかるのは、温暖化した世界を知る方法は気候シミュレーションに限定されないということだ。すなわち、北極域の都市で人間の生活や環境への影響を観察することで、実際に温暖化に対して人間がどのように対応(適応)していくのかがわかるはずである。図4の著者らはこの考えの下、北極域の住人の生活や環境をモニタリングすることで将来の温暖化対策に役立つ情報を得られる絶好の機会だとしている注11)。わが国でも、大都市で自然に起こっているはずの人間社会や生態系の適応を調査し、地球温暖化によるリスクを正しく評価する必要があるだろう。

注1)
北極域研究共同推進拠点(2024)地球温暖化による北極海氷減少と海面上昇
https://j-arcnet.arc.hokudai.ac.jp/public_lecture/lecture_1_1/
注2)
堅田元喜 (2024) 100年前に起きた20世紀前半の温暖化現象の謎
https://ieei.or.jp/2024/05/katata_20240524/
注3)
堅田元喜 (2023) 地球温暖化か、ヒートアイランドか?―世界の気温データセットの問題点―
https://ieei.or.jp/2023/11/katata_20231106/
注4)
Katz, C. (2020) Urban Heat Islands Are Warming the Arctic, AGU Advances
https://eos.org/articles/urban-heat-islands-are-warming-the-arctic
注5)
Bowling, S.A. (1986) Climatology of high-latitude air pollution as illustrated by Fairbanks and Anchorage, Alaska, Journal of Applied Meteorology and Climatology, 25, 22–34.
注6)
堅田元喜 (2022) 地球温暖化とヒートアイランドの見分け方
https://ieei.or.jp/2022/07/expl220722/
注7)
堅田元喜 (2022) 20世紀前半の中国の気温も、現在と同じくらい高かった?
https://ieei.or.jp/2022/03/expl220314/
注8)
Hinkel, K.M., and Nelson, F.E. (2007) Anthropogenic heat island at Barrow, Alaska, during winter: 2001–2005, Journal of Geophysical Research: Atmospheres, 112, D06118.
注9)
Magee, N., et al. (1999) The urban heat island effect at Fairbanks, Alaska , Theoretical and Applied Climatology, 64, 39–47.
注10)
Laruelle, M. (2019) The three waves of Arctic urbanisation. Drivers, evolutions, prospects, Polar Record, 55, 1–12.
注11)
Esau, I., et al. (2020) Warmer Climate of Arctic Cities, In: The Arctic: Current Issues and Challenges, Pokrovsky, O., et al. (eds.), NOVA, New York, NY, USA, 425 pp.
https://www.researchgate.net/publication/343894223_WARMER_CLIMATE_OF_ARCTIC_CITIES
注12)
Miles, V., and Esau, I. (2020) Surface urban heat islands in 57 cities across different climates in northern Fennoscandia, Urban Climate, 31, 100575.
注13)
Bokuchava, D.D., and Semenov, V.A. (2021) Mechanisms of the early 20th century warming in the Arctic, Earth-Science Reviews, 222, 103820.
注14)
Connolly, R., et al. (2021) How much has the Sun influenced Northern Hemisphere temperature trends? An ongoing debate, Research in Astronomy and Astrophysics, 21, 131.
注15)
Soon, W., et al. (2023) The Detection and attribution of northern hemisphere land surface warming (1850–2018) in terms of human and natural factors: Challenges of inadequate data, Climate, 11, 179.
https://www.mdpi.com/2225-1154/11/9/179
注16)
Katata, G., et al. (2023) Evidence of urban blending in homogenized temperature records in Japan and in the United States: Implications for the reliability of global land surface air temperature data, Journal of Applied Meteorology and Climatology, 62, 1095–1114.
https://journals.ametsoc.org/view/journals/apme/62/8/JAMC-D-22-0122.1.xml
注17)
堅田元喜 (2020) 日本の気温は、地球温暖化で何度上昇したのか?精確なデータセットKON2020
https://ieei.or.jp/2020/10/expl201019/
注18)
Pielke, R.A., et al. (2007) Unresolved issues with the assessment of multidecadal global land surface temperature trends, Journal of Geophysical Research, 112, 1–26.
https://doi.org/10.1029/2006JD008229
注19)
Miles, V., and Esau, I. (2017) Seasonal and spatial characteristics of urban heat islands (UHIs) in Northern West Siberian cities, Remote Sensing, 9, 989.
https://www.mdpi.com/2072-4292/9/10/989
注20)
堅田元喜 (2021) 気候変動のリスクを超える都市農業の適応能力
https://ieei.or.jp/2021/03/expl210308/
注21)
堅田元喜 (2023) 温暖化問題を巧みに克服する都市農業の適応力
https://ieei.or.jp/2023/12/katata_20231201/