グリーンディールに苦しむポーランドは将来の日本の姿


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」より転載:2024年5月号)

 2018年秋、フランス全土は黄色ベスト運動で荒れた。ガソリン、ディーゼルから排出される二酸化炭素削減を目指し、増税により価格を上昇させて消費量を抑制するフランス政府の温暖化対策に国民が反発したからだった。以前から決まっていた増税だったが、燃料価格が上昇局面にあったため国民が大きく反発した。

 マクロン大統領が国民に理解を求めるスピーチをしたところ、エリートは大衆の気持ちが分からないと反発され火に油を注いだと言われた。フランス全土で農業従事者などがトラクターで道路を封鎖したりし、デモ隊がパリ・シャンゼリゼ大通りの商店を破壊する騒ぎになった。

 運動が収束する前に、パリにある国際エネルギー機関(IEA)の本部を訪問するためロンドンからパリに入った。エッフェル塔の傍にあるIEA本部の近くのホテルを予約したが、パリ北駅からセーヌ河の向こう岸にわたる橋が閉鎖されていたため遠回りをし、ホテルに到着した時にほっとしたことを覚えている。

 今年2月初め、再度パリ近郊の高速道度がトラクターで封鎖された。フランスだけではなく、ドイツ、ポーランドなど欧州連合(EU)の多くの国で農業団体が抗議活動を行った。ベルギーの欧州議会の周辺でもトラクターが集結し、議会の建物には卵が投げつけられる騒ぎになった。その原因のひとつはウクライナからの農産物だった。

 EUはウクライナからの農産物に対する数量割り当てと関税を2年前に停止した。このため、ウクライナ産農産物が流れ込み、価格の下落を引き起こしている。EU外で生産する農産物が相対的に安くなる理由は、エネルギー価格の差だ。にもかかわらず、ドイツ政府は、農業で利用されるディーゼルへの補助金を打ち切り、フランス政府は増税を予定したので、農業団体は怒った。

 EUではグリーンディール注1)政策の一環として、肥料の利用抑制、農地の転用促進、農薬の使用を2030年までに半減などの政策が打ち出されていた。肥料と農薬の使用制限によりEU内農産物の生産量は15%から20%減少するとの試算もあり、農業団体は、EUの政策は不公平、非現実的、成長を阻害し、厳しい規制を受けないEU域外との生産コストの差をさらに拡大させると反発し、実力行使にでた。

 結局、事態収拾のためドイツは補助金打ち切りを見直し、フランスも増税を見送り、1億5000万ユーロの助成まで決めた。欧州委員会もウクライナ産一部農産物輸入に上限量を設定する一方、2030年までの農薬半減政策の見送りを決めたが、ポーランド政府は、EUのグリーンディール政策の一部を自国には適用除外にするよう求める方針と報じられた。

 発電の七割を国内産石炭に依存し、半分近い家庭が依然として暖房に石炭を利用しているのがポーランドだ。政府は電化率を上げ、同時に再生エネと原子力導入を進めることで脱炭素を進める計画だが、脱石炭の目標年は2049年。ぎりぎりまで石炭を使う必要がある国だ。

 世界銀行の資料では、一人当たり国内総生産(GDP)はEU27か国中22位。1位のルクセンブルク12万5000ドルに対し六分の一以下の1万8700ドルだ。決して豊かとは言えない国民は、EUが進める政策によりさらに試練に直面する。2027年(エネルギー価格高騰が続く場合には28年)から導入される予定の輸送、住宅用燃料対象の排出量取引だ。最終消費者が排出する二酸化炭素に応じた取引はできないので、エネルギー企業が排出権購入費用を負担することになるが、最終的には燃料価格に反映される。

 これをポーランド国民は負担できるだろうか。脱炭素のため日本がGXを進めれば、やはりエネルギー価格の上昇に直面する。ポーランドよりは豊かだが、G7国中最低年収の国民は耐えられるのだろうか。

注1)
グリーンディール:産業分野に環境保全・再生エネなどの大規模な投資を行い、新たな雇用を創出し、経済活性化を目指す政策