やってはいけない原発ゼロ(その2)


株式会社たすきづな 代表取締役

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異なる意見を聞き考え柔軟に

 前稿1)で紹介した一冊の本「やってはいけない原発ゼロ」は、信用に値する文献のひとつになり得ると位置付けて、原発の安全性に関する記載内容に更なる検証を加えた。本稿では安全性以外のトピックスを紹介する。
 「次世代の人材育成」だ。
 本書まえがきの冒頭は、澤田氏が「この本を書きたい、いやむしろ書かなければならない」と思った動機から始まっている。
 それは、ある中学生の新聞投書2) だった。
 2018年の毎日新聞「みんなの広場」に掲載された記事で、比較的新しいもののアーカイブで拾うのに苦労するから全文を掲載する。

みんなの広場:異なる意見聞き考え柔軟に=中学生・小澤杏子・15

原子力発電を日本は推進すべきか、抑制すべきか。先日、学校の授業で、原子力発電についてより深く理解するために、社会科の先生、化学科の先生、そして大学からお呼びした原子力の研究者から三つの違う視点の講義を受け、濃密な学習をすることができた。
私は今まで原子力について深く理解せずに内容の浅い意見を言っていたなと、ひどく後悔した。
分野のまったく異なる先生方からお話を聞くことで、幅広い考えに出合い、よりよいものを求められるのだなと思った。
これは原子力発電に限ったことではないと思う。
若者は自分が既に知っている少しの情報だけで、つまり独断と偏見で物事を決めがちである。
私も気づかずにそうしていたのだろう。
より柔軟な考えを持てる大人になれるよう努力したい。

 どうだろう。
 澤田氏でなくとも心を打たれないだろうか。
 「若者は自分が既に知っている少しの情報だけで・・・物事を決めがちである」、「より柔軟な考えを持てる大人になれるよう努力したい」に対して、我々、大人は胸を張ることができるだろうか? 大人こそが変わらなければならないのではないかと痛切に感じた
 さて、澤田氏は放射性廃棄物「核のごみ」の問題について、各地の中学生たちが集まって話し合う「中学生サミット」を主宰している。「中学生サミット」という言葉はこれまでにそれとなく耳にしたことがある。
 一般的には何を目的にどんなことをやっているのか?
 気になって調べてみた。
 代表的な検索エンジン3つ(Google、MicrosoftBing、Yahoo)をざっと走らせたところ、ネットサーフィンをするまでもなく「中学生サミット」や「中高生サミット」といった名称の活動があれこれとヒットした。3つのエンジンで共通して筆頭かつ高頻度で出てくるのは拉致問題だった(本稿執筆時点)。澤田氏の「中学生サミット」も全国で行われている活動の1種か? と最初は思った3) が、検索結果の中からNUMO(原子力発電環境整備機構)のレポ4) に遭遇した。NUMOによると「中学生サミット」の第1回目は2013年。柏崎市・刈羽地域、横浜市、京都市の3校の中学生が参加したとある。実際のところ、「中学生サミット」の起源は、2011年、東日本大震災の直前である。これは学術フォーラム「多価値化の世紀と原子力」5) が始めたもので、澤田氏は同フォーラムの代表だった。のちにNUMOがこの学術フォーラム活動を支援するのだが、NUMOのレポは「中学生サミット」が飛躍を遂げた年を取り扱っている点で訴求効果は大きい。
 スタートにこだわったのは理由がある。
 筆者は科学技術のフィールドで生きてきた習慣から新しいアイデアを最初に発案する人や実践する人を重視している。学術研究においても前例を正しく引用することが原則である。草の根活動で成果が見え始めると、器用な支援者が現れて、場合によってはフリーライドで成果を横取りすることがあり勝ちだ。後述するように澤田氏の「中学生サミット」は唯一無二の活動スタイルと言っても良さそうで(もちろん前例をしっかりとサーチする必要があるが)、それゆえに起源を明記しておきたいと考えたからである。
 NUMOはフリーライドではなく、地層処分について考え・活動している「中学生サミット」を含む複数の学習支援をサポートしている点も記しておきたい6)

中学生サミット in a class by itself

 澤田氏の「中学生サミット」については公開情報が幾つかある。
 これまでに見つけた資料のうち最も古いのは2015年の新聞記事だ7) 。この記事も通常のデジタル検索ではヒットしないため抜粋、編集したものを以下、紹介する。

使用済み核燃料の処分について
全国の中学生が話し合う「中学生サミット どうするぅ!? 核のごみ」


1月10日から2日間、岐阜県瑞浪市と名古屋市で開かれ、中学7校26人が参加し、率直に意見をぶつけ合った、主催者はNPO法人「持続的平和研究所」、理事長は澤田氏(当時、東京工業大学原子炉工学研究所)。
7都道府県(青森、新潟、神奈川、福井、京都、愛知、島根)の中学校に声をかけ、希望する中学生が参加した。1日目は、日本原子力研究開発機構が最終処分場の研究をしている瑞浪市の瑞浪超深地層研究所を訪れ、地下300メートルの深さに掘られた研究用の坑道を見学した。2日目は、班ごとに分かれ、「使用済み核燃料の地層処分に賛成か、反対か」をテーマに討論した。
処分事業を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)の職員への活発な質問を経て、賛成/反対の意見交換が行われた。討論後、中学生たちから「廃棄物は自分たちだけの責任ならいいけど、次の世代にも移るのが、嫌だなと思った」、「地層処分には賛成だけど、自分の家から遠い場所にあるイメージだった。でも自分の家の近くになる可能性もあるから、安全でないと困る」。「放射性廃棄物のことを考えると、電気は大切に使わなければいけないと思った」などの意見が出された。
引率で来た教諭からは「次世代のことを考える子どもたちを育てようと思っていたが、大人も電気の消費地と生産地が交流する必要があると思った」、主催の澤田助教は「最終処分は国民的な課題。
今の世代が問題を共有し、違う意見を聞き合うことが必要」と話した。

 この「中学生サミット」に伴走している人がいる。
 フリージャーナリストの井内千穂氏。
 英字新聞ジャパンタイムズの勤務経験を持つ彼女と澤田氏の出会いは2016年5月に遡る。
 澤田氏たちが震災後にやっていた福島を訪ねる日帰りバスツアー企画の支援に携わった時を起点とし、東工大で行われた白熱教室2016で「甲状腺検査って・・・どうなんだろう?」の取材につながる8)。「中学生サミット」との伴走は2016年度(2017年1月実施)の初参加からで、そのレポートは「中学生サミット2017」と題して、「よろず編集後記」というブログに掲載された9)
 レポによると「中学生サミット2017」における中学生たちの議論は盛り上がらなかったらしく、後日、井内氏は参加校のひとつを訪ね、参加した中学生たちにインタビューをしている。その際、旅先でのような「借りてきた猫」感がないことやリラックスして声もワントーン落ち着いていること、生徒ひとりひとりが刺激を受けている様子を見て、井内氏は次につながる何かの感触を得たのではないだろうか。4回に渡るレポの最終回は次を予感させる内容である。
 こうして「中学生サミット」とジャーナリスト活動としての井内氏の伴走が本格化する。
 続く、「中学生サミット2018」は、初日の六ケ所村訪問後、東京に戻ってから討論という計2泊3日でプログラムが行われた10) 。詳しくは井内氏のレポを参照して欲しいが、対話は大きく盛り上がりを見せる展開となる。
 筆者が一番関心を持ったのは、最終処分場について京都からの参加者が断固として受け入れに反対したことだ。賛否両論が飛び交う中で京都の意見が突出していた。京都は歴史的建造物が多く観光価値を下げたくないという理由だ。加えて地下を掘る時には歴史的埋蔵物に対して調査をしなければならず、反対というよりは不可能という理由もあった。いわゆるNIMBY(Not in my back yard)の主張だ。
 かくして結論は出ず、「最終処分場を作ることは簡単じゃない。次のサミットまでに何ができるかそれぞれ考えよう。」ということを語り合ってサミットは終わる。レポには参加した中学生たちが自分事として使命感のような気持ちが芽生えているのが伝わってきたとある。
 「中学生サミット2018」を主宰した澤田氏自身が原子力学会2019年春の年会にて発表している11)。そのプログラムは、「実体(施設)の見学やレクチャーにより得た知識に基づいてダイアローグを展開する。その要点は、1)科学的かつ論理的に思考する、2)内省的思考から社会的責任を自覚する、3)批判的思考の発揮である。」である。進行プロセスにおいて、①他者の発言を尊重しじっくりと耳を傾けること、②他者の考えを積極的に取り入れて自己の視点をアップデートすることを促すとともに、対話のファシリテーションを先輩格の4名の高校生が自発的に行っている。成果は中学生による最終処分地問題の理解が深まったということであり、幾つかの課題も記されている。後日、参加者の一人(中学生)が、全国紙に投稿し採用されたことも成果と言って良いだろう。
 では成果とは何か?
 近年、大学の基礎研究における予算管理は厳しさを増している。目に見える計測可能な成果とのつながりが分かりにくいことが理由のひとつだ。「中学生サミット2018」は、結論を出すことを強いていない結論を出すことが目に見える成果と単眼的に考える風潮とは真逆の立ち位置だ正解のない問いについて対話し、様々な考え方があることを認め合うその上で自分の考え方を再定義するこのような教育プログラムが日本のどこにあるだろうか?
 筆者は「中学生サミット in a class by itself」と命名したい。
 もしも、「いや、ここにもあるよ」というのであれば、「中学生サミット in a class by itself」を、放射性廃棄物「核のごみ」だけでなく、複雑な社会問題をテーマに加えてプログラムを再編成すれば良い。
 成果は短中期的には対話の内容であり、そのレポを老若男女問わず目を通すことで考え、対話する機会を持つことである。中長期的には、未来の子供たちの笑顔を増やすことである。このように一見、計測が難しい/不可能な成果に投資する大人たちがいても良いではないか。@omfyの活動として問題提起とともに行動を起こしたいと考えている。

中学生サミット2019 Kyoto Call

 「中学生サミット2019」はさらに進化したようだ。これは前述したNUMOのレポ4) で詳しく紹介されている。前年にNIMBYを強く主張した京都で開催された点が興味深い。これは京都の中学生たちが地層処分について自分事として課題を直視したことを意味している。
 六ケ所村、東京都、豊田市、柏崎市、松江市、玄海町から京都にやってきた中学生たちは3日間のプログラムを通じて最終議論に入った。彼らの見出した「答え」をKyoto Callとして宣言するためである。
 これまでのサミットでは、「地層処分の重要性をみんなに教えることが必要」とまでは決めたものの、具体的な仕掛けの議論までは到達しなかった。このままではサミットをやったあと1年何もせずに同じ繰り返しになるという危機感があったことと推察するが、「どうすればより多くのみんなにも知ってもらえるか?」に焦点が絞られた。出た答えが、自分たちそれぞれの学校で「授業として取り上げる」ということだ。これによって、まずは自分たちの学校のより多くのみんなが重要性を知ることができることになるのだ。
 Kyoto Call は「みんなでやりましょう! 私たちの手で 私たちの授業!!」と決まった

中学生サミット2022 Kamoenai Call

 「中学生サミット2019」は「中学生サミット」が進もうとするときに負荷がかかる大きな静摩擦系を越えて自走しはじめる転機になったように見える。コロナ禍を経た2022年には、最終処分場の文献調査に応募した北海道・神恵内村にてサミット開催の運びとなった。
 同行した井内氏による記事12) は、中学生サミットを包括的にまとめつつ、神恵内村で起きたサミットの様子を生き生きと描写している。原著にまさる記述はないため、本稿では「中学生サミット2022」について解説しないが、Kamoenai Callだけは取り上げたい。
 「つなげよう。ホワホワな話し合いで物語のバトンを
 このKamoenai Callは京都で行われた「中学生サミット2019」の最終場面に遡る。
 ファシリテーターを務めていた京都の女子中学生が、「せっかくここまで話し合ったことが、次回のサミットまで何もしなければ振り出しになる」と問題提起をした。この問い掛けが参加者たちの心を燃やし、各校での教育というという行動指針につながったのだ。
 結論は出ないかもしれない。
 出ないとしても、ここまでやったことを今後につないでいくにはどうすれば良いか?
 こうして、生徒たちが自主的にKamoenai Callを宣言し、Kyoto Callに続くCallとして採択された。
 ホワホワ。
 なんて良い響きなのだろう。
 難しい問題だからこそ、しかめっ面で白黒をつけるような感情的な討論をするのではなく、私の意見をホワホワっと聞いて欲しい
 こうして自分事を自分たち事にしていくのだ

結論と今後の課題

 前稿では、「やってはいけない原発ゼロ」の第3章「安全性は格段に向上したのか?」に関する記述について信頼に足るものと結論づけたが、本稿では同書執筆に至った澤田氏の動機をひも解くことを試みた。本稿が公開情報から抽出しただけの論考になったことは否めず、また、澤田氏の活動に伴走してきた井内氏の尽力と貢献に特に助けられて、「中学生サミット in a class by itself」の概要を追うことができた。
 縁とは不思議なものだ。
 澤田氏の言わば草の根的な活動をジャーナリストが取り上げることにより好循環の起点となる。筆者たち@omfyのメンバーも、IEEIの山本所長より紹介を受けた澤田氏を通じて井内氏ともつながり始めた。こうして活動はやがてクリティカルマスを超えていけると信じている。
 地球の未来を託す中学生たちがつなぐバトンを、我々大人たちは余計な口出しすることなく、下支えする形で支援する。あるいは、知ったかぶりの大人目線ではなく、彼らと同じ目線で意見交換してみる。あるいは活動資金を支援する…
 ハチドリの一滴。ひとひらの雪の重さ。
 どんなにささいなことでも良いから行動を起こそう。
 笑顔のバトンリレーで、笑顔を次世代につないでいくのだ。
 課題は山ほどある。
 だが、一番の課題は何も行動せずに、できない理由を並べて時の過ぎるのをじっと待つことだ。
 課題解決が難しい長旅だからこそ、一緒に始めようではないか。
 自分たち事として、世代を超えて、世代をつないで。

参考文献

1)
「やってはいけない原発ゼロ」 https://ieei.or.jp/2024/03/digiana_20240301/
2)
「みんなの広場:異なる意見聞き考え柔軟に」、2018/03/03 毎日新聞 朝刊 9ページ
3)
拉致問題: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230810/k10014159401000.html 
核問題: https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=13401 
秋田市: https://www.city.akita.lg.jp/kyoikuiinkai/1010821/1010855/1008691.html
久喜市: https://www.city.kuki.lg.jp/kosodate/gakkokyoiku/katsudou/summit/index.html
文京区: https://www.bunkyo-seishounen.com/archives/610
八王子市: https://www.city.hachioji.tokyo.jp/hachioji-kids/009/p025276.html
守山市: https://note.com/moriyama_summit/  など
4)
リケジョ黒田有彩が密着!地層処分について考え・活動している団体の現場レポート
https://www.numo.or.jp/pr-info/pr/shienjigyo/report/2019series1.html
5)
日本原子力学会誌,53-54, Vol. 47,No. 2 (2005)には、2004年の日本原子力学会・秋の年会にて「多価値化の世紀と原子力」に関するトピックスが取り上げられている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesj1959/47/2/47_134/_pdf/-char/ja
残念ながら「「多価値化の世紀と原子力フォーラム」に関するサイトは削除されている。
6)
https://www.numo.or.jp/pr-info/pr/shienjigyo/
7)
「核のごみ、中学生が議論 「サミット」に全国7校26人参加/福井県」、2015/01/14 朝日新聞 朝刊 27ページ
8)
白熱教室2016@東工大『甲状腺検査って・・・どうなんだろう?』
https://chihoyorozu.hatenablog.com/entry/2016/12/14/045724
9)
中学生サミット2017その⑤ 六ヶ所村からの手紙
https://chihoyorozu.hatenablog.com/entry/2017/08/18/004438
この記事中に、連続レポの4回分(①~④)のリンクが記載されている。
10)
中学生サミット2018その⑤ 自分が自治体の首長だったら?
https://chihoyorozu.hatenablog.com/entry/2019/04/06/024619
この記事の最後に、連続レポの4回分(①~④)のリンクが記載されている。
11)
中学生による最終処分地問題の理解促進ーその成果と課題ー(澤田 哲生)
1N-12、予稿集p334  aesj2019s_all_20190320 (atlas.jp)
12)
神恵内村に足を運んだZ世代の対話より、井内千穂、日本原子力学会誌,43-47, Vol. 65,No. 2 (2023)、
https://doi.org/10.3327/jaesjb.65.2_113