大統領選と米国エネルギー政策への潜在的な影響(後編)
西村 郁夫
一般社団法人 海外電力調査会
はじめに
前編では大統領選後の政策運営とこれに伴う再エネ・プロジェクトへの潜在的な影響について述べた。後編では天然ガスとLNGに焦点を当てた分析を試みるとともに、これらエネルギー政策に関わる論点について総括する。
天然ガス生産とLNG輸出に関わる政策
米国の天然ガス生産は、2023年は通年で過去5年間の最大値となっていた2022年を上回る増産を示している(図1)。発電用天然ガス需要、欧州向けLNG輸出など確実な需要に加えて、ペンシルベニア州を中心に広がる低コストで生産力の高いマーセラス・シェールガス田での生産、油価の高止まりで収益性が維持される原油生産随伴ガス(パーミアン・ベイスン)が供給力増強を牽引していることがその背景にある。
このようななか、2024年1月26日、バイデン政権は、LNG輸出に伴う国内エネルギーコスト、エネルギー安全保障、気候変動への影響について調査を行い、結論までの間、自由貿易協定を締結していない国向けのLNG輸出に関し エネルギー省(DOE)の許可プロセスを停止することを公表し、多くのメディアの取り上げるところとなっている。
このDOE許可プロセスの停止は、既に許可を受け建設中のプロジェクト(図2)には適用されず、また、欧州・アジアの同盟国などに対する国家安全保障上の必要があると判断した場合は適用除外とされている。実際のところ、連邦エネルギー規制委員会(FERC)の立地・建設許可済且つDOEの輸出許可申請中のプロジェクトで、最終投資判断(FID)に向け供給契約が確定していないPort Arthur LNG Phase 2(1.86 Bcfd)、Commonwealth LNG(1.21 Bcfd)などへの影響は懸念されるものの、影響は限定的と考えられる。いずれにしても、2025年以降、新規輸出基地(図2グレー以外の色で示した地点)運開に伴い、輸出能力は倍増する。
DOE許可プロセスの停止については、大統領選を見据えた環境派などへの配慮と思われるが、大統領選以降に提示される調査結果の示す方向性によっては、既にいくつかの地点で基地開発を遅延させている環境NGOなどの許可プロセスへの介入を含めて事業者にとっては規制リスクとなることは否めない。
化石燃料火力に対するCO2排出規制
バイデン政権下で提案され最終化に至っていない規則として、化石燃料火力に対するCO2排出規制がある。大気浄化法に基づき、①化石燃料発電所の新設・改修・改築に伴うCO2排出量に対する新排出源性能基準(New Source Performance Standards)の改定、②既存化石燃料焚き燃焼タービン(主に天然ガス火力)などに対する新たなガイドラインを提案するもので、具体的には2040年以降も運転予定の既存石炭火力には、2030年からCO2排出の90%を捕捉できるCCSの設置、30万kW超/利用率50%の天然ガス火力には、2032年までに30%、2038年までに96%の水素混焼などを要求する内容になっている。
米国環境保護庁(EPA)は2024年2月29日、リーガン長官のステートメントとして、既存の石炭火力と新設のガス火力に対象を絞って最終規則化を先行することを公表している。いずれにしても大統領選の結果、トランプ大統領となった場合、即座に廃止されるものの一つではあるが、仮にバイデン政権が継続したとしても、規制権限の範囲、BSER(best system of emission reduction)を争点とした訴訟は避けられず、これが最終的には最高裁判決に持ち込まれることを考えると、大統領選の結果にかかわらず、規則最終化と施行への不確実性は大きいと言える。
おわりに
共和党が主導権をとった場合の再エネのブーム・バースト・サイクルへの回帰、民主党が主導権をとった場合の火力のCO2排出規制など天然ガス生産者に与える将来見通しへの不安とこれに起因する生産者の自主的な生産抑制など、大統領選後の政策運営による潜在的な変化要素は存在するものの、タックスクレジットなどを推進力とした再エネの増加、既に増産基調を取り戻している天然ガス生産・LNG輸出の成長に支えられ、2030年に向けたエネルギー移行の進展という大きな流れは継続する。
外交的には、大統領選に伴う大きな政策変化が予想されるが、エネルギー政策の視点からは、大きな違いにはならず、オバマ政権からトランプ政権に移行した際において石炭火力の市場競争力の低下と減衰、低廉な天然ガス、タックスクレジットを背景とした再エネ(特に陸上風力)への代替が進行したように、趨勢は維持されるものと思われる。事業者としては、このような趨勢の中でアセット、事業ポートフォリオをいかに最適化していくかが重要となる。我が国への示唆を含めて、米国電気事業の変化に引き続き注視していきたい。