欧州炭素国境調整措置(EU-CBAM)について


(一社)日本鉄鋼連盟 特別顧問/日鉄総研株式会社 顧問

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 欧州委員会は、2019年12月に公表した「欧州グリーンディール(European Green Deal for EU)」において、欧州の野心的な気候変動対応が行われる中で、域外との野心度の違いによるカーボンリーケージリスクを軽減するために、従来のEU-ETSにおける無償枠や電気料金優遇制度に代わる制度として、特定のセクターを対象とする炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)導入を目指すこととした注1)

 以降、欧州委員会はCBAM規則案の策定を進め、2022年12月に欧州議会、欧州理事会との暫定合意(トリローグ)、2023年5月にCBAM規則が成立した(官報告示)。

 2023年6月に、2023年10月に始まる「移行期間」における要求事項がパブリックコメントに付され、CBAM規則の詳細が初めて明らかになるとともに、様々な問題点注2)が浮上してきた。

 欧州委員会は、日本をはじめ、多くの対EU輸出国からのコメントを受けて、CBAM要求事項の緩和を行っているが、すでにCBAM移行期間が始まり、まもなく第1回目の報告期限(2024年1月末:2023年10月~12月輸出分に関する報告期限)が近づく現時点においても、不明点や自由貿易ルールに抵触すると考えられる問題点が山積している。

CBAMの不明点・問題点(日欧公開セミナー注3)における日本鉄鋼連盟プレゼンテーション注4)邦訳)

[基本認識]

CBAMの趣旨は理解するものの、運用を誤れば、欧州と日本が重要と認識しているWTO/TRTルールに基づく自由貿易原則に悪影響を与える可能性がある
そのため、制度の設計や運用においては、日本を含む域外から見て、不公平とか、保護貿易的措置とみなされないよう、十分な配慮が必要
パリ協定は、共通だが差異のある責任(CBDR)の原則に基づいており、日本を含む各国がカーボンニュートラルに向けてたどる道筋の異質性は十分に尊重されるべきである

[Concerns-1: EU-ETS(事業所単位)とCBAM(製品単位)の排出量の正確な比較・計算]

EU-ETSでは「事業所単位・企業単位」での排出量、炭素価格であるのに対して、CBAMでは「製品単位」のそれである。欧州域内においては、ETSによる排出量や炭素価格を、各鉄鋼製品にどのように割りあてるのか
移行期間中は、システム境界や境界条件が異なる地域測定方法(例:日本のSHKシステム)を使用して含有排出量を測定できるため、比較の精度が保証できない。 この課題はどのように解決されるのか?
IEA は、鉄鋼の様々な方法論の中から、ISO14404を含む5つの主要な測定方法論を特定した。鉄鋼セクターの排出量測定方法の調和と排出量データの収集は、グローバルベンチマークのための重要な課題としてG7によって認識されており、現在、worldsteelの協力を得て、IEA産業脱炭素化作業部会において取り組まれている
WTOにおいても、鉄鋼セクターの排出量計算方法の世界的な透明性と一貫性の重要性が認識されている

[Concerns-2: WTO/TBTルールとの整合性]

欧州域内事業者には課されず輸入事業者にのみ追加的に課せられる移行期間中の過剰なCBAM報告義務は、輸入CBAM商品のサプライチェーンにおける阻害要因となる可能性がある
少なくともフェーズ3までに、多くの欧州企業はETSでの「過剰割り当て」による余剰クレジットを有しており、企業はその余剰クレジットを次のフェーズに持ち越すことができる(バンキング)。このバンキングにより、欧州企業には当面炭素価格の支払いの必要がなくなる可能性があるが、輸入CBAM製品にはバンキングされたクレジットはなく、炭素価格の支払いはCBAM制度の本格開始時に始まるため、不公平が生じる
欧州諸国では、EU-ETSと引き換えに様々な税金の免除や産業用電気料金の優遇措置が実施されている。これらの優遇措置は炭素価格を「マイナス」にする可能性がある。このような優遇措置を反映した欧州製品の実際の炭素価格はいくらなのか? 炭素価格の比較においては、明示的な炭素価格に加えて、暗示的な炭素価格と「マイナス」炭素価格も考慮する必要がある
輸入品の含有炭素価格がEUのそれよりも大きい場合の還付が規定されていない

[Other concerns]

移行期間中の罰則

含有排出量/炭素価格の計算方法が明確ではなく、最終実施規則の公布から移行期間の開始までの時間が短すぎる状況下において、移行期間中のペナルティ設定は不適切
2年間の移行期間は、各国の関係者との合意に向けたコミュニケーションと調整の期間として位置付けられるべき

域外生産者が提供する機密情報の保護

報告者たる輸入事業者は、競合関係にある複数のサプライヤーの製品の含有排出量や製品1トン当たりの鉄スクラップ含有量といった機密情報を得ることができる一方、情報漏洩や目的外利用を法的に防ぐ規定がない

EU域外の認証機関の認定

本格導入期間では認証が必要となり、EU-ETSの認証機関をCBAMの認証機関とすると規定されているが、 EU-ETSの認証機関のみとなった場合、時間的、コスト的に非常に大きな負担、事務手続きとなる可能性がある
欧州委員会は、CBAM規則に基づく認証を行うために必要な認定認証機関の資格について実施法を採択する権限が与えられているが、EU域外の認証機関の認定を早期に行うべき

[結論]

現時点では、EU-CBAMの詳細について疑問点、WTOルールのもとでの自由貿易の原則に抵触すると懸念される点が多々見られる
そのような中で、EUの要求事項に沿って対応することは不可能
EUは、EU-CBAMが非EU諸国からどのようにみられているかを真摯に受け止め、改善の手を尽くす必要がある
そのうえで、EU-CBAMが、WTO/TBTルールに適合しているかどうかを評価し、以降の対応を判断したい

結言

 EU-CBAMは環境問題ではなく通商問題である。EUに引き続き英国でも、CBAM導入が検討され、また米国においても、「Arrangements on Global Steel and Aluminum Excess Capacity and Carbon Intensity」の検討が進められている。これらはいずれも「CO2排出原単位」を閾値としたブロック経済化の動きと捉えることができる。

 鉄鋼プロセスには、生産プロセスにおける最終エネルギー消費だけではなく、コークス製造、副生ガス回収、発電、排熱回収など、エネルギー転換工程を不可避的かつ不可分に内在しているため、それらを反映した正確な評価は複雑である。炭素国境調整措置等に利用される効率指標の算出には、このような鉄鋼プロセスの特徴を反映した方法論を用いる必要がある。2023年G7サミット気候・エネルギー・環境大臣会合で、議長国である日本が、鉄鋼セクターにおけるGlobal Benchmarking方法論の確立を提案し、合意文書注5)が取りまとめられたのはこのような背景に基づいている。

 資源小国であり加工貿易が国の経済の根幹を支えている日本にとって、「気候正義」をよりどころとした各国の動きにどのように対応するか、判断が求められている。

注1)
すでに欧州委員会HPから文書が削除されているため、本文中に原文を示す
注2)
笠井清美、「貿易と環境の最新の展開(下)─EUの炭素国境調整を中心に─」、貿易と関税71巻9号、2023.09
注3)
駐日欧州連合代表部・日本エネルギー経済研究所・日欧産業協力センター ジョイント・ハイブリッド・セミナー、EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)の運用状況と日本企業の対応(2023年11月13日)
https://www.eu-japan.eu/ja/events/eunocbamtansuguojingdiaozhengmekanisumunoyunyongzhuangkuangtoribenqiyenoduiying
注4)
Toru Ono, Concerns on EU CBAM from a view outside of the EU
https://www.eu-japan.eu/sites/default/files/imce/2023.11.13%20JISF.pdf
注5)
Conclusions regarding the Industrial Decarbonisation Agenda,G7気候・エネルギー・環境大臣会合,2023年4月17日
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230417004/20230417004-4.pdf