人間社会の強靭化と適応は地球温暖化による死亡リスクを軽減してきた
堅田 元喜
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員
地球温暖化が及ぼす悪影響として、熱中症に伴う循環器・呼吸器疾患の悪化や病死が懸念されている。このような高い気温に関連する熱関連死亡(Heat-related deaths)への関心は社会的にも科学的にも高いが、実のところ、地球温暖化の進行とは裏腹に過去の死亡率は減少を続けてきた。その背景にある自然発生的な適応や人間社会の強靭化の役割と今後の死亡リスクの予測について、熱関連死亡に関する最新のレビュー論文注1)に基づき整理する。
1.現在の気候下での高温による世界の熱関連死亡数はどのくらいか?
人間は、地理的に異なっている快適な気温範囲(世界全体で日平均気温にして12~30℃の間)において最も快適に過ごすことができる。寒さや暑さによりこの気温から大きく外れると人体にストレスがかかる。熱中症や低体温症のみで死亡する人の割合は少ないが、心血管疾患や呼吸器疾患、腎臓病・結核などが高温・低温環境下で悪化した結果注2)、1985~2014年の世界22ヵ国における総死亡数の約7%が気温に起因するものと推計されている注3)。その結果、健康被害とともに経済被害が増大するという研究も多く見られる。例えば、+2.5℃の気温上昇による米国の被害額の大部分が(GDPに換算した)熱関連死亡によるという推計がある注4)。また、熱関連死亡が世界のCO2の社会費用(1トンのCO2の排出社会にもたらす損害)の最大の要因であると推計した研究もある注5)。
だが実際のところは、世界のほとんどの国で、人々は快適な気温範囲を下回る低温環境で過ごす時間の方が長い。一般に、気温と(相対)死亡リスクの関係はU字型またはJ字型の曲線になる傾向があり、その死亡リスクが最小になるときの気温を最低死亡温度(MMT: Minimum Mortality Temperature)または最適(至適)温度と呼ぶ。これより低くても高くても、死亡率は増加する注6),注7)。1984~2016年を対象に世界各国の都市における日平均気温のデータを用いて計算したMMTを下回る低温日の割合を計算した結果を見ると(図1)、世界43カ国のうち39カ国で低温日の平均的割合が50%を超えていた。わが国の都道府県でも平均85%である。
このように、世界各国で寒さによる死亡が暑さによる死亡を上回る理由は極寒や酷暑の出現日数が少なく中程度の寒さの出現頻度が多いからだ注7)。これはブラジルやタイのような熱帯の国でも同様である注6)。このような結果が反映され、最新の研究によると2000~2019年の世界全体の総死亡数に対する熱関連死亡数の割合9.4%のうち8.5%は低温による死亡であり、残り0.9%が高温による死亡と推計されている注10)。
2.低温や高温に対する死亡は人間社会にとってどの程度脅威なのか?
「地球温暖化による熱関連死亡への適応」とは、換言すれば何らかの方法で人々の最低死亡温度(MMT)を高めて高温環境での死亡率を減らすことである。冒頭に述べたようにMMTの値は国や地域により大きく異なっている。世界全体を眺めてみると、気候学的に温暖な場所では寒冷な場所よりもMMTが高いという傾向にある(図2)。例えば、わが国のMMTの平均値は26℃前後となっているが、プエルトリコは31℃と高く、フィンランドでは17℃と低い。
このMMTは、その場所に住む人々が最も頻繁に経験する気温とおおむね一致しており(図3a)、世界420都市で12~30℃と約18℃もの幅で分布している(図3b)。これらのことは、現在の気候(その土地の気温)に対して人々が暑熱馴化注7)や技術進展などによって「ごく自然に」適応してきたことを反映している。
熱関連死亡への適応に繋がる代表的な方法は、寒さと暑さに対してそれぞれ暖房と冷房の技術で対応することである。それ以外にも、行動的・技術的・情報的・経済的・設備的な適応も存在する。これらの適応は所得が高いほど促進し、それに伴い高温・低温による健康被害を軽減させることができる注12),注10),注13)。例えば、所得が高いほど冷暖房を入手しやすく頻繁に利用し注14),注15)、低温・高温にさらされる屋外での作業の少ない職業に就き、医療技術へのアクセスも良い傾向にある注3),注16)。
このような「自然に起こった適応」の影響があるために、暑い場所では温暖な場所よりも熱関連死亡が多く、寒い場所では寒冷関連死が多いという直観は成立しない。例えば、アフリカ西部(ナイジェリア)では米国東海岸よりも寒さによる死亡数が多く、欧州では東南アジア(インドネシア)よりも高温による死亡数が多いという推計結果がある注10)。熱関連死亡の統計データには、この適応による影響が多分に含まれていることに注意しなければならない。
ところで、冷暖房のみならず、以前解説したように都市部ではヒートアイランド現象が局所的に気温と人間の健康に影響を及ぼす注7)。すなわち、都市構造物による太陽エネルギーの吸収や反射、人為的な熱源によって、周囲の農村部よりも気温が高くなる注17)。例えば、日本の農村部では、過去100年間で年平均気温が約1℃上昇したが、大都市の東京では3℃も上昇した注18)。図3にも含まれている大都市の住民は、将来世界が経験しうる地球温暖化(気温上昇)による死亡リスクを適応により乗り越えてきたともいえる。
3.高温に対する死亡率はどのように変化してきたか?
1.で述べたように、死亡リスクがその地域のMMTや対象とする期間の気温の頻度分布のみによって決まるとすれば、過去の気温上昇分だけ寒さによる死亡数は減少し、逆に暑さによる死亡数は増えたはずである。ところが、過去の世界各地の熱関連死亡数の解析結果注19)を見てみると、1993年の高温・低温時の死亡リスクに比べて2006年の死亡リスクは高温・低温時ともに低下している。この結果は、気温上昇による死亡リスクを同時期に進んだ適応が上回ったために高温による死亡数の増加が抑制され、減少に転じたと解釈できる注20)。
過去の気温上昇にも関わらず高温に関連する死亡が減少したという事実は、米国注14),注21),注22),注23),注16),注24)、日本注25),注16)、オーストラリア注26)、チェコ共和国注27)、英国注28),注29)、スペイン注30),注16)、スウェーデン注31)、オーストリア注32)などの様々な国で観測されている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の報告書注33)では、この現象が医療制度の改善、家庭用冷暖房の普及、そして人々の行動の変化によるものであり、暑さに対する人々の脆弱性が改善して気温上昇の影響を上回った結果であると述べられている。確かに、わが国でも暑さに関連する超過死亡数が年々減少傾向にあり(図4)、冷暖房の普及により暑さに対する抵抗力が増加したことで説明できそうに見える(図5c)。
ところが最新の研究によって、冷暖房の普及率だけで高温時の死亡数の減少を説明することはできず注34),注35)、生活基盤の整備や衛生環境の改善などの気温とは直接的に関係のない「人間社会の強靭化」が重要であることがわかってきている。この「人間社会の強靭化」は、地球温暖化に対する「純粋な適応」を凌駕するものであり、過去の高温による死亡数を大きく減少させてきたという注34)。同じように低温による死亡リスクも強靭化により減少しているはずであり、寒さそのものが温暖化によって緩和されている効果も相まって、正味(低温と高温の両方)の熱関連死亡数が世界各国で減少してきたと考えられている注10)。
4.将来の地球温暖化によって熱関連死亡数はどう変化していくのか?
産業革命以降の世界気温は約1℃上昇したとされているが注36)、熱関連死亡数は時間とともに減少してきた。それでは、今後さらに気温上昇が進んでも死亡率は上昇しないのであろうか?
図6は、様々な文献に基づく世界各国の高温・低温および正味の熱関連死亡率の増減傾向の過去の変化と将来予測である。過去の死亡率を見ると、様々な期間に様々な国々で低下傾向が示されており、わが国でも正味の死亡率は0.7%低下したとされている(図6:青色矢印)。これに対して、将来シナリオを用いたほとんどのシミュレーション研究は、高温による死亡リスクが増加すると予測している(図6、右半分)。中でも、米国では過去百年間と同程度の気温上昇率を想定した中程度の温室効果ガス排出シナリオ(RCP4.5)であっても、死亡率が3倍も増加するという推計がなされている(図6:赤色矢印))。
なぜ、過去の統計と将来の予測の間にこのような真逆の結果が見られるのだろうか。
その理由は、ほとんどの予測研究では上述した人々の気温上昇への適応や人間社会の強靭化、人口動態の変化などがほとんど起こらないと想定しているためである。いずれも現在進行形の現象であり、これらの効果を考慮しなければ将来の高温による死亡リスクを過大評価してしまう。したがって、図2の将来予測は「予測」としてではなく、「仮説的なシナリオの下での潜在的な影響」と解釈するべきである注37)。
最近、将来の所得の伸びに伴う適応を明示的に考慮した研究が発表された注13)。これによると、中程度のGDPの成長シナリオ(SSP2)と上述したRCP4.5排出シナリオの下では、世界全体の高温による死亡率と低温による死亡率の変化はほぼ相殺され、正味の熱関連死亡率は今世紀を通じて大きくは変化しないという(図6:黒矢印)。このように、熱関連死亡率の予測結果は、寒さによる死亡率の減少や、適応・人間社会の強靭化を考慮したか否かによって全く変わってしまうのである。さらには、どの地域を対象とし、どの排出シナリオや予測期間を選択するかによっても結果は変化する注13)。
大きくばらついている将来予測の結果(図6)を見ていると、これらの計算を出力した数値モデルが過去に起こった死亡率の減少傾向(図4・図5)を再現できているのかどうか疑問に感じる。実効性の高い温暖化対策を行うためにも、まずは過去に世界各国で起きた現在気候への適応(図3a)と人間社会の強靭化のメカニズムを明らかにしなければならない。
- 注1)
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https://thebreakthrough.org/issues/energy/human-deaths-from-hot-and-cold-temperatures-and-implications-for-climate-change - 注2)
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- 注4)
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- 注5)
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- 注6)
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- 注7)
- 注7) 堅田元喜(2021)東京では冬のヒートアイランドで寿命が延びた
https://ieei.or.jp/2021/01/expl210113/ - 注8)
- Tobías, A., Hashizume, M., Honda, Y., Sera, F., Ng, C.F.S., Kim, Y.R.D., Chung, Y., Dang, T.N., Kim, H., Lee, W., Íñiguez, C., Vicedo-Cabrera, A., Abrutzky, R., Guo, Y., Tong, S., Coelho, M.S.Z.S., Saldiva, P.H.N., Lavigne, E., Correa, P.M., Ortega, N. V., Kan, H., Osorio, S., Kyselý, J., Urban, A., Orru, H., Indermitte, E., Jaakkola, J.J.K., Ryti, N.R.I., Pascal, M., Huber, V., Schneider, A., Katsouyanni, K., Analitis, A., Entezari, A., Mayvaneh, F., Goodman, P., Zeka, A., Michelozzi, P., de’Donato, F., Alahmad, B., Diaz, M.H., De la Cruz Valencia, C., Overcenco, A., Houthuijs, Dannyll; Ameling, Carolinell; Rao, Shilpamm; Di Ruscio, Francescomm; Carrasco, G., Seposo, X., Nunes, B., Madureira, J., Holobaca, I-H., Scovronick, N., Acquaotta, F., Forsberg, B., Åström, C., Ragettli, M.S., Guo, Y-L.L., Chen, B-Y., Li, S., Colistro, V., Zanobetti, A., Schwartz, J., Dung, D.V., Armstrong, B. and Gasparrini, A. (2021) Geographical variations of the minimum mortality temperature at a global scale a multicountry study, Environ. Epidemiol., 5, e169.
- 注9)
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https://www.jspt.or.jp/ebpt_glossary/test-for-heterogeneity.html - 注10)
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