「海上封鎖」で日本が敗れる

書評:堀川 惠子 著『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「電気新聞」より転載:2023年6月9日付)

 日中戦争、日米戦争を通じて、前線までの物資の輸送は陸軍が担った。海軍は艦隊の決戦にしか興味がなかったからだ。陸軍が、と言っても実際は民間の船と契約し、やがて強制的な徴用をするようになった。輸送すべき物資は膨大で、日中戦争だけでも手一杯だったが、その上に日米戦争開始が決定された。そこで日本中に船がどれだけあるかを勘定したが、全く足りそうにない。だができませんと言える雰囲気ではなかった。無理やりな数合わせで計画が作られて、ナントカナルという発想で戦争に突入した。

 当然、そのような計画は破綻した。ねじ曲げられた算定の一部には、輸送船はほとんど撃沈されないという根拠のない仮定があった。だが米国は丸腰の輸送船を徹底的に攻撃した。戦争が終わるころには日本中の船がほとんどなくなる有様で、国内は極端な物資欠乏状態になっていた。

 ハワイでの真珠湾攻撃からわずか半年後のミッドウェー海戦で、日本は主力の航空母艦隊を失うという大敗を喫したが、隠蔽されて国内では勝利と伝えられ、軍の中でも一部しか事実を知らされなかった。防空能力のない中で、ガダルカナルへの遠征が行われたが、兵糧の輸送が追い付かず、上陸した兵士は飢餓状態になった。民間の輸送船が徴用され、不細工なグレーの迷彩塗装が施されて、兵糧の輸送に当たった。丸腰で荷揚げ作業をしたが、ほとんどの船が撃沈された。

 原爆は当初は広島市の中心ではなく、海岸にある宇品地区を標的としていた。そこが陸軍からの海外への輸送船の一大発着基地だったからだ。米国がいかに兵站に狙いを絞っていたかうかがい知ることができる。

 さて今中国は西太平洋において日米に対して軍事的優勢に立つ。そして台湾有事が数年以内に起きるリスクがある。だがエネルギー政策と言えば実現不可能な脱炭素に向けての数合わせに終始する。シーレーン攻撃への備えは全く不十分だ。石油備蓄は200日分あるがテロ対象になるだろう。石炭は1カ月分、ガスは2週間分しかない。食料備蓄に至っては国民1人あたり8キログラムの米しかない。

 広島の中心に原爆が投下され、爆心から外れた宇品の軍人は救援に向かう。地獄絵図の中で見事な初動を見せ被害を大いに軽減した。立派な人々はたくさんいた。だが戦略的失敗は取り返しがつかなかった。


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『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』
堀川 惠子 著(出版社:講談社
ISBN-13:978-4065246344