安倍政権でも動かせなかったエネルギー改革


経済記者。情報サイト「&ENERGY」(アンドエナジー)を運営。

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安倍晋三元首相(1954〜2022)(安倍氏フェイスブックより)

エネルギーで「やり残した」?

 安倍晋三元首相が2022年7月8日に暗殺されて一年が過ぎた。心からご冥福を祈りたい。

 ただし、2回目の就任以降の第二次から第四次内閣(2012〜2020年)まで自民党・公明党の連立政権を組んだが、エネルギー問題では解決に動かなかった。それを指摘したい。

 安倍首相は退陣原因になった彼の病気が治り政治活動を再開した2022年初頭から原子力の活用、エネルギーの安定供給を目指す議員連盟、勉強会などに出席した。ある自民党の衆議院議員によれば、そうした会合で、安倍氏はエネルギー・原子力問題について「やり残した」と感想を述べたという。

 その発言が事実とすれば、在職中に動いて欲しかった。ただし他の政策の優先順位付けの中で後回しにされてしまったのだろう。安倍氏は外交、憲法改正に、政権のエネルギーを向けていた。

 「安倍晋三回想録」(中央公論新社)が亡くなった後の22年末に発表された。安倍氏への政治記者の聞き書きだが、原子力問題、エネルギー問題にはほとんど言及がなかった。安倍氏のこの問題への関心も少なかったようだ。

安倍晋三回顧録(中央公論新社)

 安倍氏と首相在任中の業績を讃える声が満ちる。もちろん私も同意する。外交面では安倍氏が主導して、民主党政権でおかしくなった米国との関係の再強化、アジア・インド洋外交、NATO・中東諸国との関係強化、対中国包囲網の形成などを行った。これは無資源国日本の、海外からのエネルギー調達を円滑にする形で、エネルギー政策を支えた。

 しかし私は、内政面ではあまり安倍政権を外交ほどには評価していない。「アベノミクス」と経済政策が命名され、何かをやっているように見えた。その政権の間は、株価は上昇し、失業率は低かった。それは成果だろう。しかし実質は大きな改革をせずに、日本の経済・社会の課題の解決を先送りしてしまった。その一つがエネルギー問題だ。

原子力発電の放置

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の対応で、政治主導でエネルギー政策が決められ、経産省・資源エネルギー庁がそれに追随した。その弊害が安倍政権の時から顕著になっていた。問題がこじれたために首相案件として動くべきであったにも関わらず、それが放置されてしまった。

 私の考えでは、以下の3点で安倍氏は首相として、問題解決に動いてほしかった。その他にも再エネの過剰優遇、都市ガス、L Pガスの制度改革の問題はあるが、この3つよりも、悪影響は少ないと思う。

1・原子力規制制度の見直しと原子力発電所の再稼働。
2・エネルギーシステム改革の見直し。
3・東京電力福島第一原発の事故処理の見直し。

 「1・原子力規制制度の見直しと原発再稼働」について考えてみよう。福島原発事故を引き起こしたとして、民主党政権時代に原子力規制の組織を政府は解体した。そして新しく作った原子力規制委員会、原子力規制庁が規制を担当した。ところが新設の組織は、規制をひたすら厳格にして、審査が混乱した。また民主党政権は脱原発を模索した。

 安倍政権は、原発ゼロという政策は採用しなかった。しかし「安全性の確認された原発は再稼働」と繰り返すだけで、原子力規制の見直しに踏み込まなかった。そのために、原発の再稼働は遅れ、今でも東電、東北電、中部電、北海道電、中国電、北陸電は原発を再稼働できていない。これが最近の電力料金高騰、夏冬の需要期の電力不足の一因になっている。

 さらに2011年からの原発の停止で、代替の天然ガスなどの燃料費はこの10年で約50兆円に達したとの試算を日経ビジネスは示している(「国富流出「10年で約50兆円」 エネルギー輸入で大打撃」)。日本のGDPは名目500兆円程度で、成長率はこの10年は年1%台と低い。毎年数兆円のエネルギーを海外から追加で購入しているために、成長率は0.5~1%程度下振れしただろう。

 電力の国際価格で比べても、日本の電力価格は製造業のライバルのアメリカ、中国、韓国より高い。これは国際競争力に悪影響を与えている。

 安倍氏が首相として、高支持率を背景に原子力の活用に踏み出すべきであったと思う。2015年ごろから、米国でのシェールガスの増産などにより国際的な原油やガスの価格が下落した。それがなければ安倍政権と日本経済は、エネルギーの面から失速していたかもしれない。

福島事故では負担を東電に押し付け

 「2・エネルギーシステム改革の見直し」について考えてみよう。福島事故後に、世論は電力会社の地域独占が悪いという議論が起こり、民主党政権はそれに押されて、電力市場の完全自由化を進めた。2000年ごろから電力自由化は行われていたが、完全自由化には慎重論が業界などにあって実行されていなかった。そして他のエネルギー業種でも自由化を行なった。

 確かに競争は促進された。しかし競争の中で、既存の電力会社が巨額投資をしづらくなった。原子力発電の停止もあって、供給力が不足している。夏冬の電力需要期に、かつては考えられなかった大規模停電の危機に日本人は直面している。電力料金も国際エネルギー市況に釣られて上昇傾向だ。

 安倍政権は、この電力自由化の負の側面の改革に手をつけなかった。それどころか、民主党政権時代に決まった電力自由化の方針をそのままにした。2014年ごろアベノミクスの柱の一つに「電力・エネルギーシステム改革」を取り上げたが、いつの間にか消えてしまった。

 現在、岸田政権は「GX(グリーントランスフォーメーション)」という名で脱炭素の形に経済と製造業を作り変える政策を掲げる。しかし産業の基盤となるエネルギー、特に電力産業の脆弱性は放置されたままだ。

 「3・福島原発の事故処理」について考えてみよう。政府は民主党政権時代に東電に巨額の負担を押し付けた。私は原発事故を矮小化するつもりはないが、放射能の漏洩は健康被害が起こる程度のものではなかった。そして膨大な補償や対応工事について、政治が「ここまででよい」という線引きをしなかった。そのため東電の事故対策費は補償と工事が巨額になり、2023年までに累計10兆円以上にまで膨らんだ。

 そして東電は、国が出資することで、事実上国有化されている。日本、いや世界最大の規模を持つ電力会社が、電力自由化の中でも、業界を牽引できず、事故処理の負担に苦しんでいる。

 安倍氏は、首相時代に福島県や福島第一原発を頻繁に訪れ、福島や東電の人を励ました。それは適切であり、一国民としてありがたいと思った。しかし民主党政権、そして経産省の行なった、東電に負担を負わせるという政策を転換しなかったのは残念だ。

 お金を福島にばら撒くことで被災者の不満は減らせたが、それは東電の負担を膨らませて国民負担を増やし復興を遅らせる面もあったと、私は思う。

強い政治基盤があっても改革後回しの日本

 安倍氏はイメージだけで賛美と批判が激しく行われている。そうしたイメージを取り除き、活動を冷静に評価するべきだろう。エネルギーと経済政策では、安倍政権は「問題先送り」という評価できない政策を行った。とても残念だ。外交、安全保障面の偉大な実績と比べると、それは見劣りする。

 強い政治基盤、国民的人気を持つ安倍政権でさえ、日本の諸問題の改革に手をつけなかった。エネルギー問題も後回しにされた。安倍氏でさえ無理なのだから、日本の政治は抱える問題を今後も解決できなさそうだ。エネルギーについて言えば、安倍政権時に問題になった課題を、岸田政権も大きく変えられない。掛け声で「原子力の活用」を唱えるようになっただけだ。

 どの国も政治がビジネスに悪影響を与えることがあるが、日本のエネルギー産業はその悪影響が大きすぎるように思える。それなのに、問題を改革する政治の動きは鈍い。先行きに暗澹たる気持ちになる。