大型ハリケーンの発生割合の推移 

IPCCは大間違いで本当のデータはこれだ

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 
https://rogerpielkejr.substack.com/p/trends-in-the-proportion-of-major
 を許可を得て邦訳したものである。


図 気候変動論文のタイプ分け(邦訳は省略)

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の統合報告書(SYR)では、熱帯低気圧の観測された変化の人為的影響への「帰属」が過去9年間で強化されたというのが最大の結論であった。しかしIPCCは、変化の検出とその帰属の両方のデータが得られたという主張を、実際には検証していない。前回は、この主張を精査し、IPCCが裏付けとして引用した論文は、じつは裏付けになっていないことを明らかにした。

 今回は、熱帯低気圧に関する公式データを見て、IPCCの主張する熱帯低気圧に関連する(変化の)検出と(人為的影響への)帰属を裏付ける証拠がないことを明らかにしよう。

 結局、熱帯低気圧に関する誤った主張が、IPCC統合報告書(SYR)とその政策決定者向け要約(SPM)に記載されてしまったのだ。本来であれば、このような大失態があれば、IPCCがどのように科学的評価を行うのか、その使命から外れていないか、もっとうまくやれるのではないか、といったことを考えるきっかけになるはずである。

 IPCC AR6では、熱帯低気圧の検出と帰属の両方が、主要なハリケーンの割合の増加に関連して達成されただけではないと結論づけることにおいて、大きな失敗をした。だが、2014年以降、そのような結論が強まっているという。これはすべてフィクションであり、誤報ですらある。そう、これが強い言葉であることは承知している。しかし、IPCCはこのような大きな誤りを許すにはあまりにも重要な存在なのである。


図 熱帯低気圧とは何か(邦訳は省略)

 熱帯気象学の専門用語は、しばしば混乱を招くことがあるので、先に、この記事で使っている用語について簡単に説明しておく:

・熱帯低気圧:上の画像で定義されている嵐の一般的なカテゴリーである。

・ハリケーン、サイクロン、タイフーンは、それぞれ強い熱帯低気圧を表す名称で、世界の発生場所によって異なる(弱い低気圧の名称としては、tropical depressionsとtropical stormsがある)。

・「ハリケーンの強度」を持つ熱帯低気圧は、最大持続風速が119kph(74mph)以上である(kphはキロメートル毎時、mphはマイル毎時の意味)。

・「大型ハリケーンの強度」を持つ熱帯低気圧は、最大持続風速が178kph(111mph)以上である。

 データはどこにあるか。

 わたしたちは幸運だ。熱帯低気圧に関するデータは、気候科学において最も研究され、信頼できるデータの一つだからだ。そしてこれらのデータは、何千、何万という人々が1世紀以上にわたって科学的な作業を続けた結果だ。このデータセットは、「気候管理のための国際的なベストトラックアーカイブ(IBTrACS)」と呼ばれ、きわめて重要な科学的業績である(それなのにIPCCは「正しい」動向を提供していないとして非難しようと思ったが、ここでは割愛する)。

 IBTrACSのおかげで、世界中の熱帯低気圧の発生状況を簡単に知ることができるようになった。例えば、コロラド州立大学では、Phil Klotzbach氏がIBTrACSを使って、誰でも簡単に使える世界の熱帯低気圧活動のリアルタイムデータセットを保持しており、私もよく使っている。IBTrACSのデータは、以下のような分析の基礎となる。

 上の図は、Ryan Maueのサイトによるもので、ハリケーンに発達した熱帯低気圧と、「強いハリケーン」に発達した熱帯低気圧の12ヶ月間の総和を示したものだ。数学の学位がなくても、どちらも上昇傾向にないことがわかる。

 さて、いま私たちが検討したいのは、下の線と上の線のデータの比率、つまり、全てのハリケーンのうちで、強いハリケーンの割合だ。

 以下は、1980年以降のハリケーンのうち、強いハリケーンの割合を示した図である。1980年以降、強いハリケーンの割合が増加している。これは気候の変動の影響に違いない?これで一件落着?

 とんでもない。


図 強いハリケーンが全ハリケーンに占める割合、世界、1980-2022

 上の時系列は1980年から始まっていることにお気づきだろうか。これは、IBTrACSのデータセットが全世界をカバーするようになった時期である。これは偶然、ハリケーン活動が極端に低下した10年以上の期間の真っただ中であり、おそらく過去数世紀で最も低い時期である。したがって、1980年から熱帯低気圧の傾向分析を始めると、上昇する可能性が非常に高いのだが、だからといって、それが人間活動に起因する気候変動の結果であるとは限らない(だからこそ、冒頭の漫画にあるように、私は「ハリケーンは1980年以来強くなっている、そしていつも“1980年以来”だ」という皮肉な論文タイトルを付けたのだ!)。

 ここで、IPCCが気候の変化の検出をどのように定義しているかを再確認することが重要である:

 変化の検出とは、気候または気候の影響を受けるシステムが、ある定義された統計的な意味において変化したことを、その変化の理由を提供することなく明らかにするプロセスとして定義される。ある変化は、内部変動のみによる偶然の発生の可能性が小さいと判断される場合(例えば10%未満である場合)、観測値として検出される。

 ある値が変化したと結論づけるには、観測された統計の傾向が、データのばらつきの中で観測されうる範囲を超えたものであることを証明する必要がある。そうでなければ、データ解析上のノイズやシステム内部のばらつきを変化と誤認してしまう恐れがある。気候データは様々な時間のスケールで大きく変わる可能性もある。もちろん、これがデータの「良いとこどり」が問題になる理由なのだが、同時にいたずら好きな人にとっても魅力的な理由である。

 幸い、熱帯低気圧については、1980年以前のデータが多く存在するため、熱帯低気圧の発生が内部変動によるものなのか、そして、見かけ上のトレンドと内部変動の比較といったことについて、より深く調べることができる。

 具体的には、北大西洋(NA)と西北太平洋(WNP)(NAとWNP、合わせて世界の全活動の約50%を占める)の熱帯低気圧について、1950年からの長期間にわたるデータがある。それらのデータが何を示しているのかを見てみよう。

 下図は、世界のデータを赤で示したものである(上のグラフと同じ)。黒は、NAとWNPにおける強いハリケーンの比率を示したもので、後者が前者の50%を占めていることから、この2つの時系列データが高く相関していることに不思議はない。


図 強いハリケーンが全ハリケーンに占める割合

 NAとWNPを合わせた大型ハリケーンの割合の推移は、世界全体の大型ハリケーンの割合の推移の好適な指標となると、ある程度確信を持って結論づけることができる。そこで、次に1950年からのNAとWNPの傾向を見てみよう。


図 強いハリケーンが全ハリケーンに占める割合、NAとWNAの合計、1950-2022

 1950年から2022年まで、大型ハリケーンの割合に大きな傾向はみられない。しかし、1970年代や1980年代から分析を始めると、上昇傾向が得られる。

 もう一つ、分析を補完させるための図がある。下の図は、2002年から2022年までの世界の大型ハリケーンの比率を示したもので、大型ハリケーンは減少していることがわかるのだ。


図 強いハリケーンが全ハリケーンに占める割合、世界、2002-2022

 さて、このような状況下で、私たちはどうすればいいのだろうか?ここでは、主要なハリケーンの割合について、良いとこどりのためのガイドを紹介しよう:

・増加していると言いたい? 1980年から分析を始める

・傾向が特にないと言いたい? 1950年に分析を開始する

・減少していると言いたい? 2002年から分析を開始する

 もっと真剣に言えば、気候データの時系列が、観測された変動の範囲を超えた傾向を示さない場合、科学界はどのような結論を出したらよいのか?

 変化は検出されていない、ということだ

 すると、(人為的な温室効果ガス効果へ)「帰属」させるべき「傾向」がそもそも検出されていない。従って、「検出」も「帰属」も達成されていない。

 IPCC AR6は、強いハリケーンの割合の増加について、検出と帰属の両方が達成されたとしただけでなく、その結論が2014年以来強化されたと述べたことにより、熱帯低気圧について大失態を犯したのだ。

 これはすべてフィクションであり、偽情報ですらある。そう、これが強い言葉であることは承知している。しかしIPCCはあまりにも重要な存在であるゆえ、かかる過ちは許されない。

 注)反論や批評を聞くのは嬉しいことだ。今のところ、私の以前の投稿には何もないが、多様な意見を歓迎する。なぜなら科学は、透明性、開放性、反対意見、討論によってより強固なものになるからだ。気候変動は、あまりに重要な問題であり、科学のレベルに達していないものを受け入れるべきではない。