国連の気候パニックは科学ではなく政治だ
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿はジュディス・カリー https://judithcurry.com/2023/03/28/uns-climate-panic-is-more-politics-than-science/ を許可を得て邦訳したものである。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が新しい統合報告書を発表し、アントニオ・グテーレス国連事務総長が次のように祝辞を述べた:
「気候の時限爆弾は時を刻んでいるが、IPCCの最新報告書は、私たちが気候の危機に取り組むための知識と資源を持っていることを示している。 我々は、将来も生きてゆける地球を確保するために、今こそ行動する必要がある。」
今回発表されたIPCC報告書は、第6次評価報告書を構成する3つの報告書に加え、3つの特別報告書を統合したものである。 この統合報告書は、新しい情報や知見を紹介するものではない。 IPCC報告書には良い資料も含まれているが、統合報告書の政策決定者向け要約では、極端な排出シナリオによって引き起こされる気候の影響に関する正当性の弱い知見や、排出削減に関する政治的な政策提言が強調されている。
過去5年間に得られた最も重要な知見は、一般に「ビジネス・アズ・ユージュアル」シナリオと呼ばれる温室効果ガスが極端に増える排出シナリオRCP8.5とSSP5-8.5が、ありえないことだと広く認識されるようになったということだった。これらの極端なシナリオは、国連の気候協定の締約国会議によって取り下げられた。しかし、新しい統合報告書では、これらのシナリオが依然強調されており、一方で上述の重要な成果は脚注に埋もれてしまっている:
「非常に高い排出量のシナリオは可能性が低くなったが、それを排除することはできない。」
極端な排出シナリオは、2100年までに4~5℃の上昇をもたらすという憂慮すべき予測に関係している。 最近の締約国会議(COP27)では、2100年までに2.5℃という中レベル程度の排出シナリオに基づく予測から作業を行っている。19世紀後半の基準とされる時期から、すでに1.2℃の温暖化が起きているため、中レベル程度の排出量シナリオで予測される21世紀における今後の温暖化は、極端な排出量シナリオの3分の1程度にしかならない。
統合報告書では、対策が必要な理由の中心は「損失と損害」であると強調している。そのため、極端な排出量シナリオの否定に伴う、将来の異常気象と海面上昇に対する予測のシフトについての重要性は強調しにくい。だがこれらの極端なシナリオが否定されたことで、これらのシナリオに焦点を当てた過去10年間の気候影響に関する文献や評価の多くは陳腐化してしまった。その中にあって、特に、新しい統合報告書においては、大きく取り上げられた影響の大部分が極端な排出シナリオに基づくものとなってしまっている。
明らかに、気候の「危機」はかつて言われていたようなものではない。 しかし、IPCCや国連当局は、この事実を朗報と認めるどころか、化石燃料の廃止による排出量削減の緊急性に関する「警鐘」を再び鳴らしている。温暖化が思ったより少ないのであれば、優先順位は排出削減から、天候や気候の異常な変化に対する脆弱性を減らす方向にシフトすると考えるべきかもしれない。しかしそうはなっていない。
IPCCは、国連の気候変動についての検討において圧倒的な権威を持っており「知識を独占」していると言われてきた。一方でIPCCは、”政策中立 “であり、”決して政策を規定しない “と主張している。だがIPCCは、政策立案を支援するために科学文献を評価するという本来の役割から大きく外れてしまっている。いまでは、IPCC報告書の全体的な枠組みが、排出量削減による気候変動の緩和を目的にしてしまっている。
IPCCは明確な政治的主張を行う姿勢を強めているだけでなく、あり得ないような極端な排出シナリオによる極端な気候変動の帰結を強調し続けることで、政策立案者を誤って導いている。あからさまな政策提言と、誤解を招く情報の組み合わせにより、IPCCは国際的な政策論争における特権的な地位を失う危険を冒している。
こうした、危機を扇動する(alarming)IPCCの報告書と国連の事務官のレトリックがもたらす影響は何だろうか。気候変動の問題は、「人間活動がもたらす気候変動が社会問題を引き起こす主要な原因である」という壮大な物語になった。何か悪いことが起こるたびに、その社会問題を防ぐために私たちができることはただ一つ、化石燃料の燃焼を止めることだ、という確信がますます強まる構図になってしまった。この壮大な物語は、化石燃料の燃焼という問題さえ解決すれば、他の問題も自ずと解決する、と私たちに思わせてしまう。だがこのような考え方は、他の問題の真の原因究明から遠ざけてしまう。その結果、エネルギーシステム、水資源、公衆衛生、気象災害、国家安全保障などの複雑な問題に対処するための視点や政策オプションが狭められることになるのである。
IPCC報告書は、気候科学の「バンパー・ステッカー(=訳注: 車のバンパーに貼る政治スローガンのこと)」として使われている。それは政治的な主張をする一方で、科学全体の評判を利用して、政治的に造られたコンセンサスに権威付けをするものとして使われている。