ダボス会議で原子力の話はなかったのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EPレポート」より転載:2023年3月1日号)
今年1月に開催された世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)についての大手メディアの報道を見ると、気候変動、再エネ、グリーン水素を取り上げているものの、原子力に触れたメディアはなかったようだ。WEFのホームページでは原子力発電に触れた発信がよく見られるし、エネルギー危機の最中なのに原子力に関する議論はなかったのだろうか。
ダボス会議で行われた原子力の議論に触れた欧米の報道はある。米ニューヨークタイムズ紙、CNBCなどが取り上げたのが、「プラトーン」「ウォール街」などの作品で著名なオリバー・ストーン監督が、ダボス会議に参加し作品を上映したことだった。
監督の最新作「いま原子力」の上映会場には人が押し寄せ床に座り込む人までいたと報じられている。監督は気候変動対策には原子力が必要との立場に立ち、多くの環境団体が原子力発電に反対することを非難している。気候変動問題だけでなく、今のエネルギー危機の状況を考えると原子力抜きで自給率を向上させ、安定的な供給を行うことは不可能に思える。
しかし、グリーンピースなどの環境団体は相変わらず原子力に反対の立場だ。「極めて価格が高い技術」「膨大な量の廃棄物が発生する」「再エネがはるかに安い」「蓄電池と再エネを組合せれば電力を供給可能」と主張している。
経済学のゲーム理論では、「サイコロを振って、偶数が出れば勝ち、奇数が出れば負け。負けた時に1000円払うとすれば、勝った時にいくら欲しい?」という有名な質問がある。経済学が想定する合理的経済人は、勝った時にも1000円と答えるべきだが、実際には、2000円とか3000円。中には1万円と答える人もいる。
この教えは、人は便益に対し損失あるいはリスクを大きく見る傾向があるということだ。特にメリットが目に見えない原子力発電ではその傾向は高まるだろう。原子力に反対する環境団体は、ゲーム理論が教える、損失と利益の評価が異なる合理的ではない人の典型ではないのだろうか。