サプライヤーへの脱炭素要請は優越的地位の乱用にあたらないか


素材メーカー(環境・CSR担当)

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公正取引委員会は12日、脱炭素に向けた企業間の連携に関して独占禁止法上の考え方を示す指針を策定すると発表した。
(中略)
年内に3回ほど会合を開き、その後に指針案を公表する。検討会は製鉄会社や独禁法の専門家、大学教授らで構成する。
(中略)
温暖化ガス削減目標の実現に向けて調達先などに削減を要請する際に独禁法の「優越的地位の乱用」にあたる恐れがある要請方法や範囲などの考え方も示す。一方で、脱炭素技術の育成を阻む連携は厳しく取り締まる方針も明示する。

出典:公取委、脱炭素促進で独禁法の考え方明示 指針策定へ(日本経済新聞2022年10月12日)

 今後公正取引委員会が独占禁止法にかかわる指針を策定するそうです。ほとんど報道されませんが、サプライヤーへの脱炭素要請は様々な負の側面を抱えています。本稿では、「優越的地位の乱用」に関連しそうな論点を整理します。

 2022年10月現在、日本の産業界ではサプライチェーンの下流から上流に向けて脱炭素要請の大波が押し寄せています。要請とは言ってもいきなり立ち入りや現地確認になることは稀で、まずはアンケート調査を受けることになります。具体的には、「自社のCO2排出量を把握していますか」「把握している場合はスコープ1、2、3それぞれ数値を記入してください」「CO2削減の年間目標はありますか」「(2030年などの)中期目標はありますか」「2050年脱炭素の長期目標はありますか」などを聞かれます。さらに詳しい設問もあり、脱炭素に向けた施策として、「省エネ活動(プロセス改善)」「省エネ活動(機器更新)」「電力契約の見直し」「再エネ導入」「グリーン電力証書、Jクレジット、非化石証書などの購入」「燃料転換」「カーボンプライシングの導入」「EV等エコカーの導入」といった選択肢が並んでおり、それぞれに対して「実施済み、検討中、予定なし」などの三択で回答を求められます。当然ながらたくさんチェックを入れた方が高得点につながります。
 こうした設問が1社当たりで数十~百問近くあり、年間で数十社から調査を受けるサプライヤーもあります。一般的にサプライチェーンの上流になるほど会社の規模や人員が小さくなる中で、サプライヤー各社は大変に煩瑣な回答作業を強いられています。
 サプライヤーが上場している場合は、ほとんど同じような内容で毎年金融機関から送られてくるESG投資の調査表にも多大な手間と時間をかけて回答しています。以前から来ていた金融機関からのESG調査に加えて、顧客企業からの脱炭素調査も加わっているのです。日本の産業界全体でどれほどの生産性が損なわれているのか想像もできません注1)

 サプライチェーン川下の大手企業が脱炭素をめざすのは各社の自由です。一方で、サプライヤーにまで2050年脱炭素や2030年CO2半減を求めることが、企業倫理の観点で正しい行為と言えるでしょうか。本質的には、川下大企業自身のサプライチェーン(スコープ3)が脱炭素になればよいはずです。自社が提供を受けている部品や原材料の脱炭素をめざすことと、各サプライヤーに対して事業活動全体の脱炭素を要求することは全く別次元の話です。仮にサプライヤーにおける自社の売上比率が1%であれば事業活動全体の脱炭素を求めるのは過剰要求ではないでしょうか。過剰要求とならないのは、売上の80%などビジネスの大半を自社に依存しているサプライヤーに限られるでしょう。

 この背景には川下大企業が取引減をチラつかせながらサプライヤーに対して脱炭素を迫るという構図が存在しますが、これは「優越的地位の乱用」にあたらないのでしょうか。対外的に自社の脱炭素目標を宣言しサプライヤーにも同様の要請を行う企業であれば、ESGやSDGsに配慮していることを公表しており、また行動指針注2) も策定しています。行動指針には、人権、法令順守、公正な取引、腐敗防止、環境保全などが謳われています。公正な取引の項目では、直接的か間接的な表現かを問わず優越的地位乱用を行わないことが宣言されています。
 公正取引委員会が所管するいわば狭義の優越的地位乱用では、物品・サービスの購入を強要したり、金品や役務、取引金額の減額等を直接要求した場合に限定されているので、脱炭素要請は白(または白に近いグレー)なのかもしれません。一方で、サプライヤーが脱炭素をめざすためには、前述のアンケートが示す通り「省エネ活動(プロセス改善)」「省エネ活動(機器更新)」「電力契約の見直し」「再エネ導入」「グリーン電力証書、Jクレジット、非化石証書などの購入」「燃料転換」「カーボンプライシングの導入」「EV等エコカーの導入」など莫大なリソースを投入することになります。当然ながらコストアップを伴いますが最大のメリットが「受注量の現状維持」なのです。コストアップ分の価格転嫁を認めない場合はサプライヤーに対して不利益を与えてしまいます。これは広義の優越的地位乱用と言えなくもありません。

 今後の公取委の指針によって具体的な事例が示され狭義の優越的地位乱用が規制される一方、グレーな行為が横行することにならないことを願います。また、サプライヤーに対する脱炭素要請が自社の行動指針で宣言している公正な取引の精神に反していないか、担当者は虚心坦懐に考えてみてはいかがでしょうか。

注1)
ESG調査の実態については拙稿「企業“環境・CSR担当”が告白 SDGsとESG投資の空疎な実態」『SDGsの不都合な真実』(宝島社)を参照。
注2)
CSR規範、サステナビリティ行動指針、コードオブコンダクト、ESG憲章、など名称は各社各様。