「気合い」の脱炭素宣言は終焉を迎える

-企業はCOP27で潮目が変わったことを認識すべき-


素材メーカー(環境・CSR担当)

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 2022年11月にエジプトのシャルムエルシェイクで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)に関して、報道では先進国による途上国支援のための基金設立などが取り上げられています。企業のCSR・サステナビリティ部門の方々とCOP27について話していても、なんだかあまりピンとこないよね、国際交渉の話だよね、という意見が大半です。筆者は従来から緩和策よりも適応策を重視しているため、緩和の議論がCOP26から全く進展しなかった一方、ロス&ダメージを広い意味で適応策の範疇だと捉えればCOP27は今後の大転換につながる可能性があり大変興味深く受け止めたのですが、緩和策重視の産業界において関心を持つ人はほとんどいないのが実情です。
 ところが、途上国支援以外にも、実は企業担当者にとって直接影響しそうな重大な議論がありました。報道が少なくほとんど認知もされていないようなので本稿にてご紹介します。筆者が知ったきっかけは以下の記事でした。

企業の排出ゼロ宣言、見せかけ排除へ提言 国連専門家(日本経済新聞 2022年11月8日)

国連の専門家グループは8日、温暖化ガスの排出を実質ゼロにすると宣言した企業や自治体などの行動が、実際に目標に沿っているかを見極めるための提言を公表した。温暖化防止に役立っていない見せかけの「グリーンウオッシュ」を排除する狙いがある。金融機関の融資や取引の選定の基準として使われる可能性がある。

企業や自治体に詳細な排出削減計画を示した上で、サプライチェーン(供給網)全体の温暖化ガスの排出を減らし、進捗状況を公表するよう求めた。

自らの排出を減らしたとみせるために排出枠の購入に安易に頼るべきではない。

排出ゼロを守らせるため、自発的な宣言から当局などの規制に移していく必要性に言及した。規制することで進捗状況を毎年報告するよう義務付けるという。

排出実質ゼロの「見せかけ」排除で新基準、国連専門家が提案(ロイター 2022年11月9日)

自社が排出を継続しながら、それを他社の排出削減分である「カーボンクレジット」を購入して穴埋めする場合、信頼性が低く安価なクレジットを用いることは実質ゼロ戦略として認めていない。

専門家グループを率いる元カナダ環境相のキャサリン・マッケナ氏は記者会見で、「実質ゼロの約束の多くは空疎なスローガンや誇大広告に過ぎない」と指摘。「虚偽の実質ゼロ宣言は、最終的に誰もが支払うコストを押し上げる」と述べた。

 日本国内ではあまり見ませんでしたが、海外では多く報道されています。キャサリン・マッケナ氏のインタビュー記事などもたくさん目にしました。そこで、今回の国連専門家グループによるレポートを探してみました。企業や産業界に関連しそうな内容の中から特に筆者が気になった箇所を抜粋します。なお、主語が「Non-state actors」の場合ここでは「企業」と置き換えました。

ネットゼロに対する遅延、偽り、いかなる形のグリーンウォッシュも許さない

世界の上場企業のうち最大手の3分の1がネットゼロのコミットメントを行っているが、その目標が企業戦略にどのように組み込まれているかを示しているのはその半分だけ、他のほとんどの企業はネットゼロ目標のみか設定する意向を発表しているだけ

2030年までに世界の排出量が2020年比で少なくとも50%減少し、2050年あるいはそれ以前にネットゼロになるという、短期、中期、長期の絶対的な排出量削減目標が必要

最初の目標を2025年に設定すべきである。そしてその後少なくとも5年ごとに野心を高めるというパリ協定の要件に合わせること

移行計画は5年ごとに更新され、進捗は毎年報告されるべき

スコープ3の排出量についてデータがない場合、企業はどのようにデータ取得に取り組んでいるか、あるいはどのような推定値を用いているかを説明する

カーボンクレジットの基準や定義が未整備。現在多くの企業が低価格の任意市場に参加している

信頼性の高い基準設定団体に関連するクレジットを使用しなければならない

厳密性、一貫性、競争力を確保するために、規制当局は、民間企業、国有企業、金融機関など、影響力の大きい企業排出者から順次、ネットゼロの誓約、移行計画、情報開示などの分野で、規制や基準を策定すべき

 上記の抜粋をさらにまとめて、企業への影響としては以下の2点が重要であると筆者は理解しました。

2030年や2050年など最終年の宣言(つまり気合い)だけではダメで、年次の目標を立てた上で毎年実績を開示すること。スコープ1、2だけでもダメ。
カーボンクレジットにはよいクレジットと悪いクレジットがあって、よいクレジットを使うこと。

 筆者はこの専門家グループの提言には一切同意しません。現在の急進的な脱炭素の風潮をつくり出してきた頭目の国連が今になってこのような提言を言い出すのはご都合主義、マッチポンプと言わざるをえないからです(「企業側の理解不足だ」と後から言うのもご都合主義)。今回のレポートで指摘されているグリーンウォッシュまがいの脱炭素宣言だらけにしてしまった張本人が国連と言えます。

 さはさりながら、企業に降りかかる現実問題としてすでに2050年脱炭素や2030年CO2半減などの宣言を行っている場合に、スコープ1、2だけでなく3まで含め毎年の目標と白地のない削減計画がクレジットの購入なしに積み上がっていないとしたら、今後グリーンウォッシュと指弾される可能性が出てきました(こんな計画を立てられる企業はほとんど存在しません。まさに野心的)。クレジットも認められる余地はあるのでしょうが、今後何らかの定義が示されクレジットが限定された場合には利用者が殺到し、当初折り込んでいた量を購入できない可能性があります。
 省エネ活動や再エネ導入注1)などの自助努力だけで達成できればよいのですが、日本政府の2030年46%削減を前提としている企業も少なくありません。この背景には購入電力のCO2排出係数(電力1kWh当たりのCO2排出量)が46%程度改善するという期待があります。例えるなら「7年後に売上を10倍にする」という野心的(または非現実的)な経営計画を公表し、その前提条件として自助努力ではどうしようもない為替や物価変動などを折り込んでいるようなものです。
 日本の2030年46%削減はほぼ実現不可能ですが、万が一達成した場合でも購入電力のCO2排出係数が46%改善する可能性は極めて低いと筆者は考えています。かつて京都議定書では「2008年~2012年の平均で1990年比6%削減」という国の目標を達成しましたが、これはクレジット購入と森林吸収分の算入による見かけ上の辻褄合わせであり、現実のCO2排出量では単年ですら一度も6%削減を達成できませんでした。当時、企業個社ではエネルギー使用量を計画通りに削減したものの、購入電力のCO2排出係数が大幅に悪化したため環境中期計画未達の企業が続出しました。第6次エネルギー基本計画で示された2030年の電源構成も実現は困難なことから、今回も同じ歴史を繰り返す可能性が高いのです。

 さて、昨今多くの企業が安価な非化石証書に殺到していますが、非化石証書は再エネを増やす効果(追加性)がなく、また国民が再エネ賦課金で負担した「環境価値」を企業側がタダ同然の費用で取得するというきわめて非倫理的な制度です。森林クレジットに関しても、将来の乱開発予定を過大に評価するなど算出根拠が不明瞭だったり、CO2削減効果を超えて大量のクレジットが発行される事例も存在するなど詐欺まがいの行為が横行しています。本レポートの指摘は、特に後者の森林クレジットのような怪しいものを利用するのではなく、非化石証書や排出量取引など国が認める制度を利用するように、ということなのだと思われます。しかしながら、仮によいクレジットであってもカーボンオフセットは1グラムもCO2を減らさず1ワットも再エネを生まないただのマネーゲームです。クレジットを購入し見かけ上オフセットすることで「実質ゼロ」「カーボンゼロ」などとうたって事業活動や自社の製品・サービスを宣伝しても、実際にはCO2を排出しているのです。国が認めているクレジットだから大丈夫、この製品はカーボンゼロだ、と子供たちの目を見て言える企業担当者がいるのでしょうか。

 本レポートが指摘する通り、残念ながら産業界の実態としては「見せかけ」「グリーンウォッシュ」の脱炭素宣言や安易なクレジット購入が少なくないはずです。日本企業に悪意などなく、気候変動対策の一環として脱炭素宣言を行ったはずなので「見せかけ」「グリーンウォッシュ」と指摘されるのは心外だと思います。そこで、筆者は「見せかけ」「グリーンウォッシュ」等をまとめて「気合いの脱炭素」と呼んでいます。
 COP27を経て、世の中に合わせて脱炭素宣言を表明しさえすれば評価される時期は終わりつつあります。CSR・サステナビリティ部門の担当者はぜひ経営者と対話し、自社の脱炭素宣言や実質ゼロをうたった製品・サービスについて虚心坦懐にふり返ることをおすすめします。もしも、日本政府の46%削減を前提としていたり、クレジットの購入を折り込んでいたり、そもそも削減計画に白地があるなど「気合い」の脱炭素宣言である場合は、一旦宣言を取り下げゼロから見直してはいかがでしょうか。その上で、2030年や2050年にこだわらず自助努力による目途が付いた時点で改めて宣言をし直す方が、より誠実な企業経営と言えます。ESGやSDGsを掲げる廉潔な組織であれば、外部から指摘を受ける前に自浄作用が働くはずです。COP27で潮目が変わったことを企業は認識すべきと考えます。

注1)
特に太陽光発電についてはウイグル問題、間欠性、将来の廃棄物処理、格差拡大、防災など課題山積だが、本稿の主題ではないので割愛する。詳細はこちらの書籍を参照いただきたい。