中国のカーボンニュートラルへの道筋

~「2030年までは経済優先」の揺るがぬ方針~


九州大学大学院経済学研究院 准教授

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 COP26では終盤、石炭火力廃止に追い込もうとする全体圧力をはねのけるべく、インドが口火を切った。別稿で指摘した通り、途上国にとって石炭火力は経済発展を支える有用なエネルギーであり、「途上国には化石燃料を使い続ける権利がある」というインドの主張に同調する国々も現れ、最終的に石炭火力の「段階的廃止」を目指すという文言は「段階的削減」にトーンダウンした。
 矢面に立ったのはインドであったが、文言の調整で最終的な合意を演出したのは米国と中国による調停であったようだ。しかも主導権を発揮したのは中国だったと考えられる。最終日に先立つ3日前、米国と中国は「21世紀気候行動の強化に関するグラスゴー共同宣言」(以下、米中共同宣言)を発表しており、その中で「中国が第15次五か年計画(2026-2030年)において石炭消費量の『段階的削減』を開始」すると明記されていた。インドが押し込んだように見えた「段階的削減」という言葉は、実は中国が編み出したものであったのだ。
 そもそも世界の石炭火力による発電量のうち52.2%は中国国内の発電所によるもので、中国にとって石炭火力の廃止はエネルギー供給の根幹をゆるがすものとなる。インドの動きに中国が何らかの影響力を及ぼしていたのかは分かりかねるが、インドが動かなければ中国が座視していたことはなかったのではないか。
 他方で、中国は2060年にカーボンニュートラル実現の目標を国際的にコミットしている。そのため石炭火力をどう処置するのかという問題にいずれ直面せざるを得ない。中国自身が考えているカーボンニュートラルへの道筋はどのようなものなのか。最終的に2060年にカーボンニュートラルを実現するとして、その途中経路はどのように想定されているのか。本稿はこの点を明らかにしようとする。
 結論を先回りして言えば、①2060年にカーボンニュートラルを実現するには、現在の技術を前提として考えると許容できないレベルの巨額の費用負担となる、②したがって2030年以降の具体的な道筋は実際上、白紙(今後のイノベーションに委ねる)と見ることができる、③他方、2030年までは自らが国際競争で優位に立っている再生可能エネルギー(太陽光、風力)の導入拡大を看板としてアピールしつつ、経済への打撃を最小限に抑えるべく化石燃料を有効活用し続ける。その結果、④他国が厳しい2030年目標への取り組みで疲弊する中、中国経済は2030年まで更に国際競争力を高める可能性が高いと考えられる、というものである。以下、分析を進めていこう。

カーボンニュートラルを達成した2060年の姿

 中国のカーボンニュートラルへ向けた具体的な道筋を知る上で、目下のところ手掛かりとなるのは、習近平国家主席が2060年カーボンニュートラル目標を初めて表明した国連演説(2020年9月22日)の20日後に公表された清華大学によるシミュレーションである。このシミュレーションは国家気候変動専業委員会の副主任が主管、元中国環境部長(大臣)で元中国気候変動対策特別代表の解振華(COP26でも中国全権代表)が総指導という体制で進められたハイレベルなプロジェクトの成果であり、中国の実際の気候変動政策においても参照される可能性が高いと見て差し支えないだろう。
 但し、2020年10月に公表されたバージョンはシミュレーションの対象年は2050年であった注1)。その後、清華大学は2060年カーボンニュートラル目標に対応して改めてシミュレーションしており、本稿はその改訂版の結果を中心に説明していく。
 シミュレーションは2060年にカーボンニュートラルを実現するには、①サービス経済化の進展(2020年50%→2060年70%)、②電力化率の引き上げ(2020年27%を2060年80%)、③石炭比率は10%以下にまで引き下げ、④再生可能エネルギー比率は68%にまで引き上げ、⑤電力部門はCCS、特にバイオマス発電+CCSの導入が大きく進み、吸収効果で全体として9.7億トンの排出吸収と大きな役割を果たすと想定している。電力化率の想定などはやや非現実的な印象もあるが、生半可なことではカーボンニュートラルを達成することはできないということだと理解する。
 図1は一次エネルギー消費量の見通しをエネルギー源別に示したものである。一次エネルギー消費量は2030年前後にピークを迎え、2040年頃までは横ばい、その後減少に転じると想定されている。2060年時点ではエネルギー構成は現状の2020年とは当然ながら大きく異なっており、現在の主要エネルギーである石炭の消費量は大幅に減少、代わって風力、太陽光、原子力が大幅に増加している。水力は概ね同量を維持する一方、石油やガスも消費量を減少させている。2050年以降はバイオマスやバイオマスを燃料にCCS付きで発電するBECCSも一定量導入されており、カーボンニュートラル実現のためには風力・太陽光に限らず、更に高コストの対策も動員する必要があることを示している。
 当然ながらこのシナリオに沿ってカーボンニュートラルを達成するためには巨額のコストを要する。2020年に1トンのCO2を削減するコスト(限界費用)は7ドルであったが、2050年には115ドル、2060年には327ドルにまで高騰すると試算されている注2)。2060年カーボンニュートラル実現に要する費用総額は示されていないが、2050年を対象年としたシミュレーションでは2060年カーボンニュートラルのシナリオに最も近い2度以下シナリオで2050年までの費用総額は100兆元(1680兆円)、平均で毎年GDPの1.5~2.0%の金額を投じることとなるとしている。上述の2050年と2060年の限界費用の差を見ても、2050年以降の10年間で更に費用が大きく膨らむことになる想定のようだ。
 とは言え、あくまでこのシミュレーションが示しているのは「現在存在する技術でカーボンニュートラルを最小のコストで実現するための組み合わせ」である。当然期待されるのは現在の技術が向上してより低いコストで同様のCO2削減を可能とすること、あるいは現存していない革新的な技術が登場し、大幅にCO2削減費用を低下させることである。そういう意味では、このシミュレーションが示すのは現在時点で存在する根拠を以て示した2060年の姿であり、現実の2060年はかなり違った姿になる可能性が高く、シミュレーションは参考として理解すべきである(40年も先の話なので当然と言えば当然だ)。率直に言って、327ドルの限界費用がかかるのであれば、中国政府がそれでもカーボンニュートラルに突き進む暴挙に出るとは思えない。


図1 一次エネルギー源別消費量見通し(単位:億トン標準炭)
(出所)清華大学によるシミュレーション

国際的圧力は馬耳東風-堅持される2030年目標

 むしろシミュレーションで注目すべきは2030年で想定されている姿であろう。わずか10年しか猶予のない2030年に対しては、基本的に現在の技術で対策するしかなく、また中国政府の政策も現実に近い想定で反映されていると考えられるためである。
 シミュレーションが示すのは図1の通り、①石炭の消費量は減少しているが、その幅はわずかである、②代わってガスと石油の消費量が大きく伸びる、③風力と太陽光も増加するが、2030年までは限定的(ともに2030年以降に急速に伸びることが想定されている)、④原子力も若干拡大、水力、バイオマスはほぼ横ばいというエネルギー構成である。要するに、2060年と異なり、現実的な対策を示さなければならない2030年については、石炭と石油、そしてガスといった化石燃料が引き続き重要な役割を果たすことが示されている。
 本稿が関心を寄せる石炭火力についても、図2の通り、2030年までは石炭火力の発電量は大きく減ることはなく、2025年まではむしろ増加が見込まれている。その後、2030年にかけて若干減少し、2035年には概ね半減、以降は大きく減少する想定である。シミュレーションでは代わりに風力と太陽光がその穴を埋めて大きく成長していくが、実際にそうなるかは留保が必要だろう。CO2削減の限界費用は2030年は13ドルで済むが、石炭火力による発電が大きく減少する2035年には24ドルに上昇、そしてその後は2050年の115ドルまで高騰するためである。先述の通り、現在の技術を前提にしたシミュレーションであり、図2からもCCS以外の石炭火力の脱炭素技術(例えばIGCCやアンモニア混焼など)の導入は想定されていないことが分かる。こうした石炭火力の脱炭素技術の進展によっては、2030年以降に石炭火力による発電を維持し続ける可能性も十分にある。


図2 電源別発電量見通し(単位:TWh)
(出所)清華大学によるシミュレーション

 重要なことは、現実の対応を行わなければならない2030年に向けては、中国は石炭火力を廃止はおろか大きく削減する気もないという点である。しかしそれはこれまで中国が国際的にコミットしてきた2030年までにCO2をピークアウトさせる目標と全く齟齬がない。COP26時点でさえ、米中共同宣言で2025年以降になってようやく石炭消費量を段階的に削減することを堂々と世界に表明しているくらいだ。国際的圧力をものともせず自らの国益を追求する姿勢、他方で根拠もなく夢想的な目標をただぶち上げるわけではなく実現できることをコミットする姿勢は皮肉ではなく頼もしく誠実ですらある、と筆者には思える。

したたかな気候変動対策で中国は更に競争力を高める

 以上の通り、中国は現時点で具体的な対処が求められる2030年までは石炭火力を引き続き主要電源として維持し続ける戦略である。風力と太陽光は成長率としては高いが、図2の通り、全体のシェアで見るとさほど大きくはならない。シェアが急拡大するのは石炭火力が大きく減少し始める2035年以降である。しかし2050年のカーボンニュートラル実現に向けて日本を含む数多くの国々が2030年までに相当数の風力と太陽光の導入を拡大するので、とりわけ中国が圧倒的な競争力を持つ太陽光は海外需要で今後も大きく成長することが確実である。世界の再エネ導入拡大の果実はしっかり享受しつつ、自身は経済への打撃を最小限に抑えるべく低コストの石炭火力を使い続けるということだ。
 2030年まで石炭火力を維持するというのは電力産業に与える打撃を最小化するという点でも意味がある。2020年時点で中国に導入されていた石炭火力の平均経過年数は14年であったという。したがって2030年まで石炭火力を維持し、2035年でも半分の発電量を維持することは少なくとも現存の石炭火力についてはほとんどがきちんと投資回収した上で退役することが可能になるということになろう。石炭火力を排斥しようとする人々は簡単に座礁化と口にするが、本当に座礁化させると電力産業の収益性を大きく損傷し、電力の安定供給に支障をきたす可能性もあることをちゃんと認識しているのだろうか?中国はこの点からも決して自滅的な選択を取らず、経済性を確保した上で対策を進めるという至極当然の方針に沿っていると言えよう。
 このようにしっかりと自国の国益を確保しながら気候変動の国際交渉に臨む中国であるが、不思議と国際交渉の場で強烈な批判にさらされることはあまりない。風力や太陽光の導入量が世界一という美しい看板が功を奏しているのかもしれない。批判どころか交渉を左右する主導的役割を果たしてきたとも言え、COP26には習国家主席は欠席だったにもかかわらず、冒頭で説明したようにCOP26終盤での合意形成に重要な役割を果たした。
 気候変動対策での米中協力を目論む米国に対し、交換条件として他の分野における米国の敵対姿勢を改めるよう通告するほど強気の姿勢も崩さない。思い返せば、2021年4月に米国・バイデン政権の肝いりで開催された気候サミットでも中国は渋りながら習国家主席の出席には応じたものの、米国の要請をはねつけ、2030年目標については全く動かさなかった。日本が経済への打撃を顧みることなく、2030年目標を従来の2013年比26%削減から46%削減へと大幅に上方修正したことと比べると、国際的圧力に動じることなく自らの決めた道筋を進むのに邪魔が入るのは許さないという中国のスタンスはブレることがない。
 我が国は欧米の風潮を唯々諾々と受け入れて、2030年目標の大幅引き上げを行ったが、このままでは中国との経済格差は広がるばかりになると懸念される。他国が厳しい2030年目標への取り組みで疲弊する中、中国は2030年まで更に国際競争力を高めるというのが目下、予想される未来である。

注1)
清華大学のシミュレーションではカーボンニュートラルは全く検討されておらず、対象年も2050年であることより、習演説の2060年のカーボンニュートラル目標はトップダウンで急遽決定されたことを暗示している。
注2)
ちなみに日本と比較すれば、RITEの日本の限界費用に関する試算では2013年比26%削減した場合の2030年時点の限界費用は378ドルとされ、清華大学の試算と大きくは変わらない。技術(費用対効果)の向上を大きく見込んでいる可能性があるが、中国のカーボンニュートラルがこの327ドルという費用で達成できるかどうか慎重な検討が必要と言えよう。