ドイツにも差し上げたい“名誉ある化石賞”
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
日本のマスコミは、英国で開催されている第26回気候変動枠組条約の会合(COP26)で日本に与えられた「化石賞」を、「不名誉な受賞」と大きく報道している。英語で検索すると分るが、英語の報道に出てくるのは日本のメディアと環境NGOの英語版がほとんどだ。要は、日本のメディアだけが注目している不思議な賞だ。日本のメディアもCOPに関し報道することは他にあるように思う。不名誉とされているが、この賞は受賞国が国民生活のことを真剣に考えている証であり国にとり名誉あるものだ。経済と国民生活のことを優先的に考えているドイツも今回のCOPで受賞すべき賞だ。
化石賞は真っ当な国の証
日本の授賞理由は、「脱炭素の発電としてアンモニアや水素を使うという夢を信じ込んでいる。未熟でコストのかかるそうした技術が、化石燃料の採掘と関連していることを理解しなければならない。水素をアンモニアの形で利用するというコストが高い実効性のない対策を取り、石炭火力を使い続ける」と言うことらしい。
この化石賞は、気候変動に取り組む世界130か国の1500を超えるNGOのネットーワーク「CANインターナショナル」が、地球温暖化対策に消極的な国あるいは機関に与えるものとされているが、選考基準はかなり恣意的だ。今年の状況を見ると日本よりもドイツのほうが適しているように見えるが、ドイツも選ばれるのだろうか。
今年ドイツでは褐炭、石炭火力からの発電量が、対前年比で毎月増加している。今年前半は、風が吹かず風力発電からの落ち込みを補うため、また、後半は天然ガス価格が上昇したため天然ガス火力の利用率を落とし、その分の発電も行っている。温暖化対策のためであれば、褐炭、石炭より二酸化炭素排出量が少ない天然ガスを利用すべきだが、そうはなっていない。図-1が示すように、褐炭、石炭火力の発電量は今年になり一度も前年同月を下回っていないし、褐炭・石炭からの発電量の増加分だけで、二酸化炭素排出量は今年約2500万トンも増えているはずだ。
経済性のある石炭を利用した安い電気料金が、いまの国民生活には温暖化対策よりも重要ということだ。メルケル首相も、数年前欧州連合の環境大臣を前に「ドイツにとって最も重要なのは雇用と経済。温暖化対策はその次」と言い切ったことがあるが、まさしくドイツにとって大事なのは、二酸化炭素排出量よりも国民生活のことを考えると電気料金、経済なのだ。だから、ドイツは褐炭・石炭火力を2038年まで使い続ける予定だ。日本もドイツも温暖化対策は重要と考え脱炭素を宣言しているが、国民生活にとり重要なエネルギーコスト、電気料金のことを考えながら対策を進めたいと考えている真っ当な国だ。
日本の水素、アンモニアの利用が批判されているが、ドイツも日本以上に水素に取り組んでいる。連邦、地方政府は、補助金対象になる多くの水素製造、輸送プロジェクトを選択している。発電での水素利用に日本以上に熱心だろう。例えば、欧州議会に属するドイツ緑の党の連邦政府連立交渉担当者は、「再エネ電源の安定化のため当面天然ガス火力の新設が必要だが、その設備は将来水素に切り替えが可能にすべきだ」と発言している。日本と同様の取り組みだが、「実効性のないコストが高い技術」として、緑の党も化石賞対象だろうか。
欧米の石炭火力はなぜ廃止されるのか
欧州主要国は、石炭火力発電所の廃止を行っている。英、仏などに加え38年まで褐炭、石炭火力を使い続けるドイツも、廃止を進めている。温暖化対策とされるが、その前提は経済性だ。例えば、ドイツの石炭火力発電所は、図-2が示す通り、内陸部に固まって多く存在する。その理由は、ルール、ザール炭田の炭鉱の近くに石炭火力発電所を建設したからだ。固体の石炭を輸送する費用は高くなるので、炭鉱の隣に発電所を建設するのが、発電コストを下げるため必要だ。フランスでも英国でも事情は同じだった。
1973年の第一次オイルショックにより原油価格が4倍に上昇したことから息を吹き返した石炭だったが、欧州主要国、日本では掘り進むにつれ採炭条件が悪化し、地質条件に恵まれた豪州、米国、コロンビアなどの石炭に対し競争力を失い、閉山が進んだ。ドイツで残ったのは、図-2に示されている褐炭発電所に供給を行っている褐炭の炭鉱だけだった。
閉山された炭鉱に隣接する発電所には地質条件とコストに恵まれた豪州などの輸入炭が搬入されることになった。ただ、外航船で運ばれた後、はしけ、貨車、あるいはトラックによる輸送が必要となり、発電コストに競争力はなくなった。そんななか、60年代、70年代に建設された石炭火力の老朽化が進み、経済性を失った発電所の維持が難しく徐々に発電所の廃止が進んだ。温暖化対策で石炭火力を閉鎖したとも言えるが、単に経済性を失った老朽化した発電所の閉鎖を進めているだけにもみえる。
まだ競争力がある炭鉱を持つポーランド、チェコなどでは石炭生産量は減少しているものの、図-3が示す通り、西側諸国と異なり石炭火力を依然維持している。米国でも石炭火力発電所からの発電量が減少しているが(図-4)、事情は欧州主要国とは異なる。2000年代後半のシェール革命により天然ガス価格が大きく下落した米国では、相対的競争力を失った老朽化した石炭火力発電所が閉鎖あるいは燃料転換に追い込まれた。
日韓台湾を中心とするアジアの石炭火力発電所の事情は、欧米とはさらに大きく異なる。第1次オイルショック後、政治的に安定している供給国から出荷される価格競争力がある石炭に注目した日本、韓国などは、最初から輸入炭を利用する発電所を海岸線に建設した。欧州主要国の石炭火力発電所と異なり、発電コストは安く、安定的な電力供給にも寄与している。米国、欧州主要国と異なり発電所も古くはない。閉鎖すれば、電気料金の上昇を招き安定供給にも支障をきたす。アジアの国が徐々に石炭離れを進めようと考えるのは、国民生活を考えれば当然のことだ。「化石賞」の受賞は、国民生活を考えている国の証明であり不名誉なことではない。
国が考えるべきことは、温暖化だけではない。グレタ・ツゥンベリさんは「お金の話ばかりする」と批判するが、お金がなければ、私たちは温暖化対策すらできなくなるし、途上国支援など夢の話になってしまう。