研究管理は大発見の敵なのか
書評: モートン マイヤーズ 著、 小林 力 翻訳『セレンディピティと近代医学―独創、偶然、発見の100年』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞からの転載:2020年10月9日付)
ある製薬会社で狭心症の新薬を開発。患者に投与する臨床試験をしたが、思うように効かない。だが全く予期せぬことに、違う所がやたらと元気になった。こうしてバイアグラが誕生した。
ペニシリンを発見したフレミングは、色とりどりの細菌を取りそろえて花壇のようにして遊んでいた。赤白青の細菌で英国旗ユニオンジャックを作ったりした。ひと月余りの休暇から帰ったある日、片付けてなかったサンプルを見ると、アオカビの生えているところだけ細菌が死んでいる…、これがペニシリンの発見だった。
変人フォルスマンは、管を体外から心臓まで挿入して薬を注入するカテーテルを考案した。だが、非常識だとして研究計画を却下されたので、自分で人体実験をした。血まみれの所を発見され、自殺未遂と間違われた。学会で発表したら非難囂々、だがついには認められノーベル賞に輝く。
数々の医学の大発見は、幸運や偶然でもたらされた。研究仮説と全然違うものが発見された。誤った仮説から出発して大発見に至ることもあった。
この本には、そのような事例が39もある。対象も感染症、抗がん剤、循環器疾患、精神病にわたり、ちょっとした医学史にもなっている。著者のマイヤーズ自身が幸運によって大発見をしたとあって、語り口は要を得ている。良い訳者も得て、どのエピソードも読み物としても面白い。大発見は、予定外の偶然や幸運を探究する「準備された心」から生まれる。
そして圧巻は最終章。研究計画を綿密にピアレビューで審査し、研究管理としてPDCAサイクルを回すという近年流行りの制度が、大発見を阻害していると説得的に論じる。今ではちょっとした実験一つやるためにも、予算コードを書き込まないと設備も使えない。となると、フレミングのように遊ぶことはできず、自分を使ってカテーテルの人体実験をすることもできない。バイアグラを発見しても、計画外だといって評価されないかもしれない。
もちろん、管理された研究が有効な場合もある。だがそれだけになってしまっては、大発見は生まれない。生命は複雑なので、どの薬がどこに効くかは予想もつかないことが多かった。地球環境も同じと思うが、どうも「正しい」計画に基づく小粒な研究が多い。研究の管理で創造性がつぶれていないか。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『セレンディピティと近代医学―独創、偶然、発見の100年』
モートン マイヤーズ 著、 小林 力 翻訳(出版社:中央公論新社)
ISBN-13: 978-4120041037