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新たなエネルギーミックスにむけて(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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前回:新たなエネルギーミックスにむけて(その1)

 今回の検討の先にある新たなエネルギーミックスの策定は容易ではない。
 その1で述べたようにコロナによる需要パターンの変化を盛り込んで2030年及びそれ以降のエネルギー需要、電力需要を予測することには多くの不確実性を伴う。ただ2015年エネルギーミックス時に自然体の需要を予測するために想定していた実質経済成長率1.7%はいかにも過大であり、現実はもっと低いものになるだろう。更に足元のコロナ禍で需要が沈んでいることは将来のエネルギー需要、電力需要を更に下方修正させることになるだろう。これは温暖化目標という観点からは福音となる。
 2030年のエネルギーミックスのうち、再エネについてはFITで下駄をはかされた結果、22-24%(2366-2515億kwh)との目標を超過達成しそうな勢いである。また再生可能エネルギーの発電コストも2015年当時よりも低下傾向にあるが、国際水準よりも依然として高く、日本の人件費、土地代などを考えると国際水準に本当に収斂するのか大きな疑問がある。また2030年時点で4兆円と見込まれていた買取総額のコストは4.5兆円まで膨らむとの試算がある注1)
 化石燃料価格も2015年のミックス策定時と様相が一変している。コロナ禍によって化石燃料価格は大きく低迷している。現在の低いLNG価格だけをみれば石炭からガスへの転換は容易に思えるかもしれない。しかしLNG火力が稼動している全期間を通じてLNG価格が低いままである保証は全くない。福島事故直後、原発稼動停止の不足分を埋め合わせるため、LNGを買いあさり、原発というレバレッジを持たない日本が高い燃料価格を甘受せねばならなかったことを忘れてはならない。
 石炭火力については26%という目標値に対して現時点で既に32%になっているため、非効率石炭火力の休廃止を進めるという方針が示されたばかりである。しかしエネルギー安全保障上優れた特質を持ち、電力価格の上昇を抑える役割を果たしてきた石炭火力を手放すことは、電力価格の上昇をもたらすおそれが大きく、また電力需給の安定面でも様々なデメリットをもたらし得る。この点については「非効率石炭火力のフェードアウトについて(その1注2) 、その2注3) )」で述べたとおりである。
 最も懸念されるのは原発の再稼動が遅々として進んでいないことだ。前回、掲げた「取り組みの方向性」においては、原子力比率22-20%の実現、安全最優先の再稼動、原子力産業イノベーション、バックエンド対策が挙げられているが、総合エネ調委員である橘川武郎国際大教授はインタビュー注4) に答えて「以前に比べて原子力のポジションが非常に後退した印象を受けた。これまで基本政策分科会は、どちらかと言えば原子力を守ることに重きを置いた会合という印象だったが、それが今回の会合では、資源エネルギー庁の事務局からの報告の中で、原子力に関する説明が非常に少なかった」と述べている。経産省が原子力の維持・活用へのパッションを失ったとは考えたくないが、このような印象を与えていることは由々しきことだと思う。

 安全対策を講じた原発の再稼動と運転期間の延長が温暖化対策として最も費用対効果が高いことは自明である。IEAもSustainable Recovery注5) やNuclear in Clean Energy Systems注6) の中で先進国の原発の運転期間延長は最も費用対効果のよい対策の一つであるとしており、このオプションが利用できない場合、温暖化目標達成のための年間必要投資額は大きく増大し、電力料金も上昇するとの見解を示している。事実、2015年のエネルギーミックスでも、原発再稼動は化石燃料の輸入代金節約と、再エネの導入拡大によるFITコストを吸収する要の役割を担っている。2050年の長期目標達成に向けたオプションの中で原子力は脱炭素化に向けた利用可能なオプションと位置づけられている。

 しかし、福島第一原発事故以降、我が国における原子力をめぐる議論は相も変わらず「原発か再エネか」というおよそ不毛、非合理的な二者択一論ばかりである。多大なコストをかけて安全対策を講じた原発の再稼動に向けた審査は遅れに遅れ、原子力規制委員会が本来の規制機関としての役割を果たしているとはとてもいえない。更にこうした行政側の対応の遅れの間にも40年という稼動期間の時計は回り続けている。欧米であればとうの昔に行政訴訟の対象になってもおかしくない。また温暖化対策の責任者である小泉大臣の口から日本のNDC達成のために原発が死活的に重要であるという言葉を一度として聞いたことがない。長期脱炭素化を真面目に考えるのであれば原発再稼動、運転期間の延長にとどまらず、より優れたパフォーマンスを有する新型炉の設置を検討すべきであるが、「原発新増設」は事実上タブー扱いされている。「原子力産業イノベーション」と言っていても、新増設の方向性が全く見えないのでは、民間企業も付き合う気にならないだろう。

 これらの問題の根幹にあるのは「原子力を正面から取り上げれば政権への支持率低下につながり、反原発をかかげる野党を有利にする。できるだけスルーしたい」という官邸、政権与党の事情に加え、「原子力を正面から取り上げれば、国民投票的な議論につながり、本当に脱原発になってしまっては終わりだ」という経産省の逡巡があるのだろう。筆者も福島原発事故以降、当分の間は「安全性が確認された原発の再稼動」という決まり文句でもやむを得ないと考えてきた。しかしこのような状態を放置していけば日本がこれまで培ってきた原子力技術が立ち枯れていくだけであり、澤昭裕氏が指摘した「戦略なき脱原発への漂流」に他ならない。またそれこそが反原発派の狙いでもあろう。

 今回のエネルギー基本計画の見直し、新たなエネルギーミックスの策定においては、IPCC1.5度報告書の発表、欧州における環境原理主義の台頭等を背景に、COP26に向けて、さらにはそれ以降も日本のNDCをもっと野心的にすべきだ、2050年ネットゼロエミッションをコミットすべきだ、といった議論が必ず生ずることだろう。仮に米国でバイデン政権が誕生すれば更にその勢いは増すに違いない。その際、原子力について現在のようなどっちづかずの対応を続ける一方、石炭火力についてはフェードアウトを進め、安価な電源オプションを封印したままで、なお野心的な目標を掲げるということになれば、確実に電力料金は上昇し、日本経済は大きな重荷を背負うことになるだろう。欧州のように国際連携線が発達しているわけでもなく、米国のように原発の運転期間を80年に延ばすことも考えられない日本の一人負けとなる。日本の国力低下で快哉を叫ぶのは隣国であろう。

 筆者はこの際、今回の見直しの中で将来にわたる原子力の役割につき、新増設を含めきちんと議論すべきであると思う。「原発が再稼動しなくても停電がなければいいではないか」というのが国民世論ならば、野心的な目標設定はあきらめるしかない。「原発は嫌だが、温暖化は重要なのだから目標を引き上げるべきだ」というのが国民世論ならば、膨大な再エネ補助コスト、システムコストの追加的負担を誰が負うのかという問題が生ずる。この場合は、環境NGOや一部メディアが称賛してやまないドイツの事例にならい、産業部門が負担する追加的コスト分を家庭用電力料金の引き上げで負担してもらえばよい。EU-ETSでは国際競争にさらされた産業は無償配賦の対象となっている。ドイツはFITのコスト負担からエネルギー多消費型の産業部門を守り、家庭部門と対象外の産業部門がその分を負担している。脱石炭による追加的なコスト負担も政府が補償する。エネルギーミックスの議論はそういうトレードオフの議論なのである。「原発は嫌だ」「目標は高いほうがよい」「でも電力料金の上昇は困る」の3つを満足させる解は少なくとも現時点においては存在しないという厳しい現実を国民に知らしめるべきだ。

 また2050年ネットゼロエミッション等、欧州に追随して高い目標を掲げたいというのであれば、目標設定の仕方を変えることも検討すべきである。例えば「日本は○○年までにシステム安定コストを含む再エネの導入コストを○円に、水素製造コストを○円に、CCUSのコストを○円にすべく、最大限の技術開発努力を行う。それが実現することを前提に日本は2050年ネットゼロエミッションをめざす。これらの技術は日本のみならず、海外でも利用可能なものであり、これにより世界の温室効果ガスを○○億トン削減するポテンシャルがある」といったやり方が考えられる。結果としての温室効果ガス削減量を目標にするのではなく、それを実現する手段を手にすることを目標にするのである。パリ協定は国情に応じた様々な目標設定のあり方を許容している。一度設定した目標はいかに経済コストがかかっても達成するというのは真面目な日本人が陥りやすい思考パターンだが、どう考えても合理的ではない。あれほど格好いいことを言っていたドイツは2020年▲40%目標の達成は不可能だと宣言しているではないか(もっともコロナによってまた実現可能になったと言っているようだが)。「国敗れて温暖化目標あり」では全く意味がないのである。

注1)
https://www.denkishimbun.com/archives/56077
注2)
http://ieei.or.jp/2020/07/expl200714/
注3)
http://ieei.or.jp/2020/07/expl200716/
注4)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/071700152/
注5)
https://www.iea.org/reports/sustainable-recovery
注6)
https://www.iea.org/reports/nuclear-power-in-a-clean-energy-system