シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える(1)
ショックシナリオの型式
角和 昌浩
東京大学公共政策大学院 元客員教授
コロナ禍を題材に、何回かシナリオプランニングの手法について書きます。コロナ後の社会経済予測をやるのではありません。そういう言説はメディアに溢れかえっている。筆者はここには参加せず、シナリオプランニングの思想と手法を用いてコロナ禍を扱う手際を、この誌面でお見せしたい。
前回シリーズでは、エネルギー・環境関連企業の既存長期戦略に内在する未来のビジネス環境の不確実性を、この手法を使って“見える化”し、社内で戦略議論を呼び起こす、そういう手順を取り扱った。新しいシリーズでは、突然の、大規模なビジネス環境変化に対して、組織がどのように、分析的にかつ果敢に将来への見通しを議論するか、というテーマを扱います。この目的に使える技法の解説をします。
今、コロナ禍に、出口が見えない。
不確実性の只中で生活している。もちろん、期待や希望が、ある。
私たちは日々、コロナ禍に関するおびただしい言説に晒されている。われわれがメディアに、それを求めているのでしょう。幸いにして日本は目下人的被害が欧米諸国より少ないので、「私はウィルスに感染しているのか? 味覚・嗅覚がおかしくないか?」という実存的な問いは、「これからの日本はどうなるのでしょう? ここで専門家の先生にお話しいただきましょう」という、社会経済的な問いに変換されてしまう。われわれの社会は、実に、経済の話しが好きである。
本当は、コロナ禍のゆくえはCOVID19たちの意向にしたがっている。ウィルスにはウィルスの考えがあり、われわれはそれを知ることができない。われわれはこの事情に気づいているが、こういう話題を避けたい。
コロナ禍のゆくえの不確実性。これを、わたしたちは正直に認め、その前では謙虚であらねばならない。
さて、不確実性問題に正面から取り組むのがシナリオプランニングである。筆者が直接見聞きしているところでは、7月現在、エネルギー企業・研究機関の数か所で、“コロナ後の社会”のシナリオスタディが進行中。それぞれにコロナ禍を世界大の、包括的・総合的な問題として捉えています。災厄に晒らされている我々の社会の現状を分析し、それから、スタディ目的に合わせて、自分の組織に対する影響を検討するのだ。エネルギー・環境問題への影響、企業経営への影響、消費者のライフスタイルの変化・・・きっと、沢山のシナリオスタディが同時進行中だろう。エネルギー産業界の一部にはそういうニーズがあります。
さて、シナリオの制作は現状分析を出発点とする。シナリオは未来を語る。が、無暗に未来を漁り始めると後工程が混乱する。まず今現在何が起こっているのか、労力をかけて公開情報を調査し、システム理解し、後工程に使えるよう整える。この下準備が大切だ。ここで、コロナ禍関連のデータ整理に便利な「ショックシナリオ」という型式を紹介します。便利ですよ!
安定した日々を送る社会に、ある日、突然のショックが訪れる。こんな未来を語るシナリオ作品の型式を「ショックシナリオ」と呼ぼう。この型式はショック事象ならなんでも扱える。首都直下型大地震、ニューヨーク発金融システム破綻、サバクトビバッタの大群が中国へ、ロシアで突然の権力交替、東京湾にゴジラが出現! パンデミックも。
「ショックシナリオ」を想定して現状分析作業をやる場合、筆者は以下のフォーマットを使います。実践経験から言って、これに乗せてゆくとデータ整理の効率がよい。
上図のように、20XX年に何かのショック事象が起こる、と置く。このショック事象を理解するに、ショックを挟んで、上流と下流に分けて考えてゆきます。ここが基本。現状分析作業で得られるたくさんのデータを、「上流」と「下流」の2つの分類に放り込んでゆくのです。
次の説明に移ります。
上流側、すなわちショック前の全体システム、とショック事象との間の関係性の捉え方には、2様ある。第1は、ショック事象の出現が、ショック前の全体システムをよく注意して観察すれば、予兆が見つかり、従って予想出来るのではないか、そういうショック事象を扱う。この場合上流側には、なぜこのショックが起こるのか、について説明しているストーリーを放り込む。下流では、このショックは次に何を引き起こすだろう、その結果、我々に対する影響は如何に、を説明しているストーリーを集める。
このフォーマットでは、「上流」とショック事象、ショック事象と「下流」とは、それぞれ、因果関係で接続することができる。筆者としては、例えばニューヨーク発金融システム破綻、サバクトビバッタが大群で中国へ、ロシア突然の権力交替、などのショック事象はこのフォーマットで捌きたいだろう。
第2は、ショック事象の出現がむやみに予想できない場合。首都直下型大地震、ゴジラ! COVID-19、はこのフォーマットを使いたい。
上図では「上流」とショック事象との間に、前後関係のみを措定している。他方で「下流」側は、未来に向かって展開するストーリーを因果関係の連鎖で整理することができる。
因果関係と前後関係、については、次回詳しく説明するので、お待ちください。
コロナ禍、は、実は未来のショックではないのだけれど、「コロナ禍を経たこれからの社会」とかのテーマでシナリオ分析をやる際の現状分析作業に、この「上流下流フォーマット」が便利に使えます。
具体例で、分析の手際を見ていただこう。
日本エネルギー経済研究所の杉野綾子氏が、7月31日、ウェビナーにて「大統領選挙を控えた米国の情勢及びエネルギー政策の展望」という発表をされた。これを使わせていただく。なお杉野氏は専門的な訓練を積んだシナリオプランナーで、来年から筆者の講座:シナリオプランニングの理論と手法(東京大学公共政策大学院)を引き継がれる。
杉野氏によれば、来たる11月3日の米国大統領選挙は、共和党トランプ大統領の直近4年間の「Make America Great Again」政策の評価が争点。
トランプ共和党は、アメリカ社会の伝統的価値観の擁護を主張。不法移民を送還して犯罪を抑止し、マイノリティに対する過剰な権利保護を嫌う。経済政策は減税と規制緩和による産業と自国企業の復興。とりわけ対中国競争環境に政府介入し、国家安全保障の名目で自国産業を保護する。
他方でバイデン民主党の主張は、米国内には許容しがたい格差が生まれている、多様な価値/権利保護が不十分、とする。民主的手続きを取り戻し、トランプ政権下で軽視され過ぎた健康、安全、環境や公平性を担保する政府規制を再考する。温暖化問題への関心に還る。中国への警戒には同調する。
この共和党・民主党の対抗軸は、コロナ禍以前も以後も変わらない。
ところで11月3日の大統領選挙はCOVID-19の感染収束の目途が立つ前に行われるのだ。選挙戦のただ中、コロナ禍が新しい事象として発生したわけである。7月末時点、有権者の関心は経済・雇用と医療保険制度に集中し、この情勢が続けば投票行動はここで決まるだろう。以上の杉野氏の現状分析を、上流下流フォーマットに乗せて論点整理してみます。
詳細な説明は省くが、COVID-19ショックに臨んだトランプ大統領は「戦時大統領」を宣言、共和党・民主党一致協力して、低所得者層の大量失業問題と医療費用を救済すべく大規模な財政出動をして、足元の経済を廻そうとしている。結果、大規模な財政赤字が生まれた。
では、コロナ禍と大統領選挙、さらに選挙後の米国エネルギー・環境政策との関連は? 杉野氏は以下のように論じる。
米国政府は、今、連邦レベル・州レベルとも膨大な借金を抱えた。従ってしばらくの間、温暖化政策を含む新規エネルギー・環境政策に財源を廻す余裕はない。但し、もし政権交代が起これば、米国の環境政策メッセージは民主党カラーに塗り替えられる、と。
杉野氏はシナリオプランナーであるから、このように「樹を見て、森を見て」全体状況を捉え、それを土台に未来を描いてゆくのだ。筆者は再度、上流下流フォーマットに乗せて、行論を整理してみた。