日本文明を支えるダム(その2)

―近世から近代そして未来へ-


認定NPO法人 日本水フォーラム 代表理事

印刷用ページ

※ 日本文明を支えるダム(その1)

多目的で広域的なダムへ

 都市部を守る治水事業は急務となったが、人口密集する都市部での治水事業は困難を極めた。そのため、山奥での洪水を貯留するダムが必要となった。
 治水と水力発電目的で、戦争で中断していた五十里ダム建設が再開され、新たに藤原ダム、相俣ダム、園原ダム、川俣ダムが計画され、建設に着手されていった。
 戦後復興を経て昭和30年代になると、日本経済は急成長を見せ、都市への人口集中も激しさを増していった。その産業経済の急成長と都市人口の急増は、電力需要や工業用水や上水道用水の需要の急増をもたらした。
 それら社会的需要の増加に応じ所管する機関が、それぞれの目的に応じ治水、電力、農業用水、都市用水のダム建設で対応してきた。しかし、1957年(昭和32年)、限られたダム建設予定を最大限有効に利用するため、多目的ダム法が制定された。
 さらに1961年(昭和36年)、拡大する首都圏などで広域的に水を供給するため水資源開発促進法が制定され、関係行政機関が一体となり水供給をする水資源開発公団が設立された。
 これら日本の激しい社会発展と著しい水需要の増加を受けて、1964年(昭和39年)、河川の水利用の基本原則を定める河川法の大改正が行われた。
 この昭和の河川法の大改正で、第1条の目的に「河川が適正に利用される」ことが明文化された。さらに、第23条で水は公のものであり、水を所有する「所有権」ではなく、水を利用する「水利権」として規定された。
 

未来社会のダムの役割

 
 地球温暖化は確実に始まったようだ。この温暖化は、日本社会に大きな問題を突きつけていく。日本から雪という天然のダムが消失していくのだ。
 雪は天然のダムである。ダムを構造ではなく、機能で考えていけば分かる。
 ダムとは、川の水の流れのタイムラグをつける装置である。不必要なとき貯めて、必要なとき水を流していく装置がダムである。それがダムなら、山に積もった雪は、立派な天然のダムだ。
 冬、シベリヤから吹く寒気が、日本海の湿気を日本に運んでくる。生命が眠っている冬の間、日本海からの湿気は、山岳部に雪として積もる。生命が目覚める春になると、その積雪は雪解け水となり、日本列島の大地を潤し、大切な稲作の代掻きの水となっていく。
 温暖化で、冬に積雪がなくなり、春に雪解けの水がなくなることは、日本から天然のダムが消失していくこととなる。
 21世紀、世界は食糧の逼迫に見舞われる。温暖化で雪を失う日本は、食糧供給の社会インフラを再編成していかなければならない。
 まず、温暖化による河川流量の流出変化に応じた、既存ダムの運用ルールの見直しとダム嵩上げである。既存ダムの徹底した有効活用により、雪の天然ダム消失を補うことは可能だ。
 既存ダムの有効利用でも水不足が明らかになれば、改めてその段階で、新しいダムを計画し、建設していけばよい。
 食糧逼迫の未来社会、日本におけるダムの重要性は高まっていく。

資源枯渇の21世紀-太陽エネルギーの貯蔵庫ダム-

 
 今世紀中に、石油の生産量は限界に達する。しかし、中国、インドなどの経済成長に伴い石油消費量は伸び続けていく。石油の供給と需要のギャップが生じれば、石油の価格は暴騰していく。石油が高騰すれば、石炭、天然ガス、ウランもともに高騰していく。
 いつまでも、日本に海外の安価なエネルギーが注入されることはない。21世紀中に、日本はエネルギーの自給に向かって歩み出さなければならない。その日本に残されているのは太陽エネルギーである。
 太陽エネルギーの絶対量は十分に大きい。しかし、この太陽エネルギーは、決定的な弱みを持っている。単位面積当たりのエネルギー量が、薄いということである。 
 太陽光、風力、波力と、どれをとっても、単位面積当たりのエネルギー量は薄い。ところが、その薄い太陽エネルギーが、自然と濃縮し濃くなっていくものがある。
 それが水である。
 水は太陽によって蒸発し、雨になって降り注ぐ。その雨も平地に降り注いでいる限り、薄いエネルギーである。ところが日本の雨は、国土の70%の山地によって集められていく。薄いエネルギーの雨は、山の地形と重力によって集められ、濃い水流のエネルギーとなっていく。日本国土の70%の山地は、太陽エネルギーを集める役目をはたしていたのだ。
 太陽エネルギーの水は完全にクリーンである。水は無限に存在する。ただし、日本の河川は急峻で、川の水はあっという間に海に戻ってしまう。その海に戻ってしまう太陽エネルギーの水を貯めるのがダムである。
 日本列島は温暖なモンスーン帯に位置し、周囲を海で囲まれている。四季を通じて雨が運び続けられる。日本列島の山岳地形は、その薄いエネルギーの雨を集め、大きな水エネルギーにしていく。
 資源枯渇の未来、ダムは太陽エネルギーの貯蔵庫として、重要な役目を果たしていく。

未来に向けての課題

 ダムは大都市・江戸の誕生を助け、近世の江戸文明を支えた。
 ダムは、日本の近代化を支え、高度経済成長と社会発展に多大な貢献をした。
 しかし、ダムは大規模な構造物である。自然環境に大きな負荷をかけざるをえなかった。冷水、富栄養化、長期濁水、堆砂、物質循環の断絶という問題を引き起こしてきた。これらダムの環境問題は技術開発と研究により、一部は解決し、対策が実施されている。また、解決に向けて現在も多くの努力が続けられている。
 未来社会において、人口動態、産業構造の変化による水需要の変化、気象の狂暴化による大洪水の頻発、エネルギー資源の制約などは間違いなく日本を待ち構えている。
 これら未来の社会変化に対応して、先端情報システムを駆使してダムの運用を見直していく必要がある。また、既存のダムの嵩上げなどを中心としたダム再開発を実施していく必要がある。
 未来社会においても、人類が創る最大級のダムが、文明の存続に大きく寄与していくこととなる。