気候変動問題「パリ協定」をめぐって


国際環境経済研究所理事長

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鉄鋼新聞5面(この人にこのテーマ)からの転載:2019年12月24日付)

 地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」が来年から実行段階に入る。温暖化対策を進める鉄鋼業では気候変動問題の関心が高い。国際環境経済研究所(IEEI)理事長の小谷勝彦氏に、最近の動向を聞いた。(高田 潤)

―――「パリ協定」の詳細を決めるCOP25(気候変動枠組み条約第25回締約国会議)が今月スペインで開かれ、小泉環境大臣が環境NGOから温暖化対策に消極的な国として「化石賞」を贈られましたね。 

 「環境NGOたちが、『日本が石炭火力をやめると表明しない』という理由で『化石賞』に選んだ。これは、国連の正式のイベントではなく、NGOが会場の片隅でやっているお祭り。中国、米国、ドイツの方が日本より石炭火力が多いのに、環境NGOは日本だけを叩いている。」
 「ちょうど2018年の温室効果ガス排出の速報が発表されたが、日本は13年比で11.8%削減した。5年連続の減少で、先進国では英国に次いで世界2位の削減率。真面目に実績を積み上げるよりも、政治的パフォーマンスが脚光を浴びるのは残念だ。」

来年から実行段階 「新興国参加に意義」

―――来年から実行段階に入るパリ協定とはどのような枠組みですか。

 「15年、パリのCOP21で採択されたパリ協定は97年の京都議定書と比べ各段に良くなった。京都議定書は先進国のみに義務を課したが、パリ協定は世界最大の排出国になった中国など新興国が参加した。残念ながら米国は離脱したが、全世界が参加する画期的な枠組みだ。」
 「京都議定書では、トップダウンで政治的に目標が定められたが、パリ協定はプレッジ・アンド・レビューで各国がボトムアップで申請する。日本の産業界の自主行動計画の考え方と似ている。法的拘束力をもたないから中国が参加したともいえる。」

―――日本の30年目標は国際的にみて、どう評価できるでしょうか。

 「パリ協定は、基準年をどこにするか各国の裁量。日本は基準年を13年として30年までに26%削減する目標を打ち出した。一方、EUは90年が起点。90年はベルリンの壁崩壊前。非効率な設備の多い東ドイツや、北海油田の発見で石炭から天然ガスにエネルギー転換する前の英国などは削減余地が十分あった。EUの目標が40%削減で、日本の26%削減は低いとの批判があるが、これは当たらない。13年を起点とすると、EUの目標も24%となり、日本の目標と変わらない。」

世界の平均気温上昇IPCC「1.5度目標」
「危機感あおるだけ」

―――パリ協定は『産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度以内に抑える』としていますが、昨年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した『1.5度特別報告書』では、2度では不十分で1.5度にすべきだと言っていますね。

 「このままでは平均気温の上昇が進むので、パリ協定が努力目標とした『1.5度目標』を早く達成しなければならないという主張だ。最近の異常気象と絡めて、「エマージェンシー(緊急事態)」「クライス(危機)」といった発言が飛びかっている。IPCCの温度予測はわずか100年程度の気象データを基にしたコンピューター予測。8万年前からの地球の気候を研究する地層学者などからは『唐突感』という指摘もある。地球の気候については不確実なことが多いので、危機感をあおるのはどうか。」

―――2度目標と1.5度目標はどう違うのですか。

 「IPCCの報告書では、二酸化炭素の排出量と吸収量をイコールにする『ゼロカーボン』の達成目標を、2度目標では2100年、1.5度目標では50年としている。この違いは大きい。50年といえばあと30年しかない。それまでにCO2の100%削減が本当にできるのか。革新技術の開発によるゼロカーボン達成は時間がかかるので、2100年を目標にするのが現実的だ。」

―――パリ協定を受けて、日本は今年、地球温暖化対策の長期戦略を決めました。これをどう評価しますか。

 「日本の戦略は、パリ協定の30年目標と50年以降の長期戦略。2030年目標は、エネルギーミックス(電源構成)を定め、それをもとに積み上げた内容。一方、長期戦略は、決め打ちをせずに、あらゆる選択肢を残す。」
 「島国である日本は、ガスパイプラインや電力送電網が張り巡らされ相互融通する欧州とは違う。中東原油のエネルギー安全保障も考える必要がある。『再生可能エネルギーを100%に』と言う主張もあるが、夜間や風のない時の調整電源には化石燃料を使わざるを得ない。」

―――気候変動問題に絡んで、ESG投資、TCFDといった新たな動きが出ています。

 「金融界のESG投資が拡がる中で、危惧するのは極端な『石炭悪者論』だ。石炭火力発電を進める企業への投資を見直すダイベストメント(投資引き上げ)の動きも目立つ。金融の役割は産業発展のサポートのはず。東南アジアの経済成長に伴うエネルギー需要をどう賄っていくのか。既に石炭に加えて天然ガスまでも化石燃料として攻撃され始めている。」
 「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、今年、東京でTCFDサミットを開催し、『グリーン投資ガイダンス』を公表した。日本の製造業がリードして業種別の開示の仕方を構築していく。ダイベストメントよりも、建設的な対話(エンゲージメント)の方が好ましいという議論がなされた。日本の製造業が多く参加した意味は大きい。」
 「一方、国連の持続可能な開発目標(SDGs)は、17の目標を提示している。各社のサステナビリティレポートは『気候変動』以外にも、さまざまな目標に取り組んでいる。ESG投資では温暖化防止がすべてに優先するという議論が独り歩きするが、各企業にあったSDGsの項目を選べばよい。」

―――日本では、長期戦略立案の中で、炭素に価格付けをするカーボンプライシング(CP)の議論が続いています。

 「CPには、炭素税や排出権取引といった明示的なもののほかに、エネルギー関連の諸課税、再生可能エネルギー買取制度(FIT)の賦課金といった暗示的なものもある。日本はすでに、石油石炭税に上乗せされる形で地球温暖化対策税があるほか、FITの国民負担は2兆円超にのぼる。その上、新たに炭素税を追加しても、企業の技術開発の原資を奪うだけで、温暖化対策が進むとは思えない。中国などとの国際競争力を歪めないようにすべき。フランスでエネルギー税のアップに反発してイエローベスト運動が起こったが、国民生活に悪影響を与える炭素税を追加導入するのではなく、現行の税の使い道をチェックすべきだ。」

ゼロカーボン・スチール 「画期的将来ビジョン」

―――日本の鉄鋼業界は昨年、超革新技術によってゼロカーボン・スチールを目指すビジョンを示しました。

 「ゼロカーボン・スチールは簡単ではないが、将来ビジョンを示したことは画期的だ。国際エネルギー機関(IEA)が、60年ごろには原子力、再生エネルギーの主力電源化により、安価で大量の水素が安定供給されると予測している。これを前提に、還元材としての水素活用の技術革新を進めようというチャレンジであり、日本鉄鋼業の今後の取り組みに大いに期待したい。」

インタビューを終えて

 小谷氏は新日鐡(現日本製鉄)の環境部長時代から、地球温暖化問題で発信を続けている。インタビューでは、スウェーデンの学者ハンス・ロスリング氏がその著書「FACTFULNESS」の中で紹介したエピソードが話題になった。彼はアル・ゴア(元・米国副大統領)氏から『地球温暖化に関するデータを誇張するように』と依頼されたが、それを断り、『いかに善意に基づくものでも、物事を誇張して恐怖感を煽り、それで行動を促そうとしたりすれば、人々は終末的な見方にとらわれ、誤った判断を下すリスクが高まる』と指摘したという。