アンモニアは「水素社会」の扉を開く Door Opener


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 「アンモニアで発電する燃料電池が登場」と「火力発電の水素利用が本格化する」いうコラム(ともに山藤 泰さん記)を拝見して、この投稿を書いています。

 これまで国際環境経済研究所の記事でもご紹介させていただいているように、内閣府の戦略的イノベーション創造プロフラム(SIP)「エネルギーキャリア」では、水素エネルギーキャリア、CO2フリー燃料としてのアンモニアの直接利用に関する研究が着々と成果を上げています。燃料電池のうち、アンモニアを直接燃料とする固体酸化物形燃料電池(SOFC)の開発状況は、山藤さんが「アンモニアで発電する燃料電池が登場」で紹介されたとおりで、アンモニアを燃料とする1kW級のSOFCシステムの開発に目途をつけ、この成果をもとに、現在業務用、産業用向けの大型システム開発が進められています。

 一方、アンモニアを石炭火力発電所の発電用ボイラーで石炭(微粉炭)と混焼することによりCO2排出を削減する技術については、谷川博昭さんが「中国電力水島発電所2号機でのアンモニア混焼試験について」で記した段階注1) から技術はさらに一段と進み、IHI(株)が同社の大容量燃焼試験設備(投入熱量10MW)で微粉炭を混合燃焼する実証試験に取り組んだ結果、「石炭火力発電所の燃料としてアンモニアを利用する燃焼技術の実用化にめどをつけた」(2018.3.28.IHIプレス発表)状況まで進化しました。

 水素発電でもアンモニアが大きな役割を果たす可能性があります。この場合、アンモニアは、燃料としてではなく、水素キャリアとしての役割を果たします。山藤さんが「火力発電の水素利用が本格化する」で記しているようにオランダのNuon社は、同社の親会社でスウェーデン国営の総合エネルギー会社Vattenfall、ノルウェーの石油・ガス会社であるEquinor(前Statoil)、オランダのガス会社であるGasunie、並びに日本の三菱日立パワーシステムズ(株)(MHPS)が参画したプロジェクトで、同社のマグナム発電所に3系列ある発電タービン(MHPS製)の1系列を2023年までにMHPSの協力を得て100%水素専焼へと切り替える計画を進めています。この計画では、燃料となる水素はEquinorが天然ガスの改質によって製造し、同プロセスで発生するCO2はCCS(二酸化炭素の地下貯留)により除去、そして水素専焼タービンは、MHPSがNEDOの助成を受けて開発した水素混焼タービン技術(水素混焼割合は30%(体積ベース))をベースに開発する予定とされています。この実証試験を実施するためには、大量の水素(年間では約16億Nm3(これは燃料電池自動車160万台分が消費する水素量)の輸送が必要になりますが、この計画では、ノルウェーとオランダの間に敷設されているパイプラインを利用して、この大量の水素を運ぶことが計画されていると伝えられています。

 しかし、残念ながら日本には利用可能なCCSはありませんし、また、水素の輸送手段として利用できるパイプラインも整備されていません。ですから、上記のプロジェクトと同様のことはできないのですが、アンモニアを水素キャリアとして利用することにより、このMHPSの水素燃焼技術を用いて水素発電を実現することが可能ですし、現にこのための技術開発がSIP「エネルギーキャリア」でMHPSにより進められています。

 それは、輸送、貯蔵の容易なアンモニアの形で水素エネルギーを日本に運んできたのち、ガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電タービンの排熱と触媒を利用することによって、アンモニアからの脱水素により燃料水素を生成し、先の燃焼技術を利用した水素発電を行おうという考え方で進められているものです。ガスタービンの排熱をそれに続く蒸気タービンとNH3分解装置に最適配分すること、加えてこうした条件の下で効率的かつ安定的に稼働できるNH3分解装置を開発することが開発のポイントで、これによりGTCC発電の全体の発電効率を落とすことなく、アンモニアを水素キャリアとする水素発電が可能になることが期待されています。

 ここでは詳述しませんが、アンモニアはLNGよりはまだ高いものの、将来的にLNG需給がひっ迫したり、CO2排出にコストがかかったりするようになると、LNGとコスト的に競争可能なCO2フリー燃料あるいは水素キャリアとなる可能性もあります注2) 。こうしたことから私は、山藤さんのご賢察のとおり、アンモニアが水素社会の扉を開くdoor opener となる日は、それほど遠くないと思っています。

注1)
なお、この実証試験は、主燃料の微粉炭にアンモニアを混焼したもので、山藤さんが書かれている「天然ガスにアンモニアを混入した形で燃焼」させたものではありません。中国電力水島火力発電所2号機の燃料系配管はやや変わっていて、必要な場合、LNGのBOGガスも燃料として利用できるような配管が既に設置されていました。それで、アンモニアをボイラーに供給する際、そのラインを利用して実証試験が行われたのです。が、こうした設備の状況を知らないと先のような誤解が生じるのは無理ないことでしょう。
注2)
本コラムに記したこと及びアンモニアの経済性について、より詳細をお知りになりたい方は、ごく最近執筆した拙稿「水素エネルギーキャリア、CO2フリー燃料としてのアンモニア」、電気評論 2018年8月号pp58~63をご覧ください。