カーボンプライシングに関する鉄鋼業の見解

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はじめに

 環境省「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」の第5回会合(10月13日)では、有識者からのヒアリングとして、産業界から一般社団法人日本経済団体連合会、電気事業連合会及び、当連盟が対応した。
 当日は、経団連からはカーボンプライシングに関する問題点を網羅的に説明、電事連からは電力供給の立場からカーボンプライシングの問題点を説明し、当連盟からはエネルギー消費の立場及び、鉄鋼という基礎素材の視点に立った問題提起を行った。以下に当連盟が当日行ったプレゼンテーションの概要を説明する。
(資料全体は以下のアドレス参照)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cp/arikata/conf05/cp05_mat_tetsuren.pdf

1.我が国の電気料金の現状

 2011年3月の東日本大震災に伴い国内の全ての原発稼働の停止、これを補うため電力各社は化石燃料の焚き増しを行い、この燃料コストは電気料金値上げという形となって表れた。足元、原油価格の低下により燃料費調整額が下がり、2015年度は対前年比で低下したものの産業部門の電気料金は、震災前との比較で依然として3割程度高い状況にある(図1)。更にその外で、固定価格買取制度(FIT)の賦課金負担が重くなっている。2017年度の賦課金単価は2.64円/kWhと導入から6年で12倍にまで膨らんでいる(図2)。


図1


図2

 工業統計で震災前後(2010年と公表データ最新時点の2014年)の製造品出荷額と購入電力使用額を比較(図3)すると、製造業全体では出荷額が4%増加したのに対して、購入電力使用額が34%増加も増加している。更に標準産業分類別に内訳を見ていくと、電力多消費産業の典型である「製鋼・製鋼圧延業(電炉業)」では出荷額の4%増加に対して、購入電力使用額は52%増加と製造業全体と比べてその上昇が顕著であることが確認できる。また、同様に電力多消費産業である「銑鉄鋳物製造業」においても、購入電力使用額は52%増加している。ここから読み取れるのは、電気料金上昇に係るコストは増加したものの、それを価格転嫁することが難しいこと、特に電力多消費産業ではその傾向が強いという実態である。


図3

 ここで電炉業、中でも特に電力依存度が高い普通鋼電炉業において、電気料金の上昇がどのような意味を持つのか具体例を紹介する。
 一般的な普通鋼電炉業では、粗鋼1トンを製造するために約700kWhの電気を必要とする。したがって、電気料金が1円上昇すれば、粗鋼1トンの製造コストは700円上昇する。他方、粗鋼1トン当たりの経常利益は2010年度~2016年度の平均で2,092円、つまり電気料金が1円上昇すると経常利益の約33%を失う計算となる(図4)。価格転嫁すれば良いとの意見もあろうが、鋼材は国際的な市況製品であり、世界の約半分の鉄鋼を製造し、かつ膨大な余剰生産能力を抱える中国がすぐ隣にいる中、日本の国内事情で価格転嫁することは不可能であり、このことは工業統計が示す実績からも明らかである。また、FITでは電力多消費産業は減免を受けているのではないかとの指摘もあろう。現に電炉各社は減免対象となっている。しかし、2017年度の賦課金は2.64円/kWh、減免後であっても0.5円/kWh強の負担が発生する。これは経常利益に対して16%強ものインパクトであり決して軽い負担ではない。


図4 電気料金の上昇が経常利益に与えるインパクト

 東日本大震災以降、電炉業では既に3社が事業撤退を余儀なくされた。また、事業撤退までは至らずとも、事業所の象徴である電炉を休止した社が3社、工場閉鎖が1社と電炉各社に与える影響は極めて深刻である(図5)。


図5 電炉業の現況

 他の電力多消費産業においても厳しい対応を迫られている。鋳物業では震災以降58社が倒産、転廃業に追い込まれた。チタン製造業では、新たな生産拠点を電力コストの安い海外に求める企業も出てきた(図6)。
 新たに炭素税や排出量取引制度等の明示的なカーボンプライシング施策を導入すれば、既に国際的に高い我が国の電気料金は一層上昇することは必定である。しかもこれは日本国内のみの上昇であるために、製品への価格転嫁はできない。足元でさえ厳しい状況にある中、更に電気料金が上昇すれば、体力を削がれた電力多消費産業にどのような影響が生じるかは明らかである。明示的なカーボンプライシング施策の議論に当たっては、負の側面についても事実をしっかりと受け止める必要がある。


図6 電力多消費産業(電炉業除く)の状況(2017年8月各団体ヒアリング情報)

2.生産と消費:鉄鋼の視点から見た実態

 次に、モノを造ることと、モノを使うことの違いから、明示的なカーボンプライシング施策の意味合いを考えてみたい。ここでは鉄鋼を例に、日本と北欧のノルウェーとの違いを概観する(図7)。


図7 鉄鋼生産と実消費(2013暦年)

 日本の粗鋼生産量は1億1,060万トン、ノルウェーの生産は61万トン。これを人口で割ると一人あたりの粗鋼生産は日本は869㎏/人、ノルウェーは119㎏/人となる。これはモノを作る局面での数字である。ここから直接輸出入(鋼材の輸出入)と間接輸出入(自動車など最終製品等に組み込まれて輸出される鋼材の輸出入)を加味すると鋼材の実(ネット)消費量となる。日本は4,811万トン、ノルウェーは2,922万トンと算出される。ここに両国の産業構造の違いが見て取れる。
 日本は粗鋼生産1.1億トンに対して鋼材実消費が0.48億トン、粗鋼と鋼材の間の歩留まりを勘案しても半分以上が外需であり、加工貿易国の姿が明確である。対してノルウェーは61万トンの粗鋼生産に対して鋼材実消費は2,922万トン、特に間接分の鋼材輸入量が多く、自動車など鉄鋼製品を使用した最終製品を多く輸入している実態が浮かび上がる。この鋼材実消費を人口当たりで見ると日本は378㎏/人、ノルウェーは573㎏/人となり、人口当たり粗鋼生産では圧倒的に少ないノルウェーであるが、実消費では日本より大きい。つまりノルウェー国民は日本人以上に鉄鋼製品を沢山使用していることが分かる。自動車(鉄を使う最終製品)を例に見ると分かりやすい。ノルウェーでは自動車を1台も生産していないにもかかわらず、自動車保有台数は日本と同じ602台/千人である。
 鉄鋼は社会の基礎素材である。現代社会において文明的な生活を目指そうとすれば、社会インフラの整備はもとより、自動車等の文明の利器の普及率は自ずと高まる。これらの行為にはほぼ鉄鋼の使用が伴うため、自国で鉄鋼生産しない場合には、他国から鉄鋼を輸入して豊かな生活を築かざるを得ないのである。
 炭素生産性というマクロ指標がある。炭素1トン当たり、どの位のGDPが生み出せるかという指標である。日本は炭素生産性がノルウェー等の北欧諸国等と比較して低い、つまり炭素1トン当たりから生み出されるGDPが小さい。この点を以って、日本の温暖化対策が劣っていると指摘する向きがある注1)
 しかし、前述の通り、自ら鉄鋼生産しなくとも鉄鋼生産国以上に鉄を使う国があることは、炭素生産性というマクロ指標だけ見ていても把握することはできない。モノづくりをする国とモノを他国から買う国を比較して、どちらが低炭素であるかを比較しても地球温暖化対策上の有意な解には繋がらない。

3.明示的なカーボンプライシングについて

(1) 国境で閉じた対策は有効か
 一人当たり鉄鋼蓄積量という指標がある。鉄鋼蓄積量とは建物、土木構造物、自動車等各種工業製品、容器等として社会にストックされた鉄鋼製品の量のことであり、これを人口当たりで見ることは一人当たりの社会インフラ整備の進展度合いや、文明の利器の普及度合いを見ることでもあることから、社会の成熟度合を表す指標とも言える。現在、世界の一人当たり鉄鋼蓄積量は約4トン/人、日本は約10トン/人である。
 今後、世界全体、特に未だ発展途上段階にある国々で日本並みの社会インフラや生活レベルを実現しようと思えば、現状の4トン/人を大きくしていかなければならない。更に人口増加も踏まえれば世界の鉄鋼需要は当面増加することは確実である。
 我が国に明示的なカーボンプライシング施策が導入されれば、日本国内の鉄鋼生産活動はその施策強度によって大きく左右されるだろうが、他方、世界の鉄鋼需要は日本の生産動向とは無関係に増加する。そればかりか、鋼材を輸入に頼るノルウェーの例にあるように、日本国内の鉄鋼需要さえも国内生産量には関係しない。
 したがって、日本鉄鋼業が国内外への供給量を減らした場合、その不足分は近隣諸国の鉄鋼業が代替して供給量を増やすだけである。しかも、現状において日本鉄鋼業の生産効率は世界最高水準にあるため、日本の生産を絞ることは最も効率の良い設備を止め、そうではない設備の稼働を増やすこととなる。これは結果的に地球規模での排出増を招き、いわゆる炭素リーケージにつながる。
 鉄鋼の例に見られるように、各種工業製品は市場がグローバル化している場合が多く、製品の需要と供給を国境で区切ることができなくなっている。こうした現実を踏まえずに、特定の国で国境で区切った地球温暖化対策を取ることが本当に実効性のある対策となり得るのか、充分に議論する必要があると考える。

(2) ライフサイクルの視点の欠如
 また、明示的なカーボンプライシング施策は、ライフサイクルでの最適化を評価できないという欠陥がる。運輸部門や民生部門の温暖化対策に大きな効果を発揮する次世代自動車や高機能オフィス機器、家電等には高機能鋼材が使用されている。一方、高機能鋼材は製造時に熱処理等の工程が増えるものや、普通鋼よりも強い加圧を要するために製鉄所の敷地境界で見れば増エネとなりCO2排出量が増加する。
 トヨタの分析によれば、ガソリン自動車に対してハイブリッドカーやMIRAIでは、高機能素材を多用しているため素材製造時のCO2排出量が大きくなるとされているが、消費者がそうした次世代自動車を使用する段階での大幅な削減効果等を含めたライフサイクル全体でCO2排出量が削減される(図8)。


図8 鉄鋼使用製品の段階別CO2排出割合の例:トヨタ自動車「MIRAI」

 一方、明示的なカーボンプライシング施策は、高機能鋼材製造時のCO2排出量の増加に対しても炭素価格を賦課するため、そうした素材の活用拡大を阻害し、バリューチェーン全体、社会全体での最適化を阻害しかねない。日本国内で製造された高機能鋼材を輸出し、海外で最終製品を完成させる場合、日本の炭素生産性を悪化させる行為として規制することが、地球温暖化対策と言えるのか、この点も十分に議論する必要がある。

(3) 技術の重要性
 地球温暖化対策を実現するのは、あくまでも技術である。如何に炭素に価格を付けようが、対策に技術的な裏付けが無ければ地球温暖化対策は進まないし、技術があったとしてもそれが実装されなければ効果は発揮されない。
 技術を開発する主体も実装する主役も企業である。東日本大震災以降の電気料金上昇の影響に見られる通り、エネルギー本体価格と諸課税を含め、既に世界的に高額な日本のエネルギーに対して、追加的に明示的なカーボンプライシング施策を導入することは、我が国製造業の経営に甚大なダメージを与えることは必至である。
 製造業の弱体化は、先ず足元の設備更新を阻む。我が国の中期目標は既存の環境技術を今後企業がほぼ100%導入することを前提としており、設備更新が進まなければ中期目標の達成は難しい。
 また、長期的な大幅削減を目指す上では、そもそも中期目標の達成段階で既存技術による削減余地がほぼ無くなることから、その後の対策深化のために革新的な技術開発が不可欠となる。しかしカーボンプライシング施策により製造業が弱体化すると、長期的な大幅技術開発に投資する余力を削ぎ機会喪失を招く。結果、長期地球温暖化対策への道も閉ざすことになる。

おわりに

 当連盟は、「3つのエコ(エコプロセス、エコプロダクト、エコソリューション)」と革新的技術開発」の4本柱による「低炭素社会実行計画」を推進している。「エコプロセス」は既存省エネ技術の最大限の導入により、世界最高水準のエネルギー効率の更なる向上を目指すもの、「エコプロダクト」はハイテンや高機能電磁鋼板等の高機能鋼材を供給することで自動車等の使用段階での大幅なCO2削減に貢献するもの、「エコソリューション」は日本が開発、実用化した生産プロセスの省エネ技術の途上国への普及により、地球規模でのCO2削減に貢献を目指すものである。また、革新的技術開発では、2030年の実用化を目指し、水素還元技術やCO2分離回収技術の実用化にむけた研究開発に着手している。
 いずれの取組にも共通するのは「技術」である。明示的なカーボンプライシング施策の導入ありきではなく、「技術」を軸に日本ならではの地球温暖化対策への貢献を後押しするための施策議論が深まることを期待したい。

注1)
長期低炭ビジョン参考資料集P21「炭素生産性の推移①」(中央環境審議会地球環境部会2017年23月)を参照