原発事故の子どもへの健康影響(その4):精神・情操面への影響


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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※ 原発事故の子どもへの健康影響(その1その2その3

精神面への影響

 大きな災害はその種類によらず子どもの精神へ影響を及ぼします。近親者あるいは友達の怪我や死、避難行動と避難生活、家族構成の変化、親の精神状態、転校・転居によるストレス、風評被害によるいじめ、甲状腺スクリーニングや被ばく線量測定などの放射線防護のための活動など、様々な因子が福島の子どもたちの心に影響を与えることは、想像に難くありません。
 震災の1年後にSDQスコアという指標を用いて子どもの適応と精神的健康の状態を評価した研究があります(1)。この報告によれば、SDQスコア高値(17点以上)の子どもの割合は、避難をした子どもの20%、郡山市に元々住んでいる子どもの14%に見られ、これは県外のコントロール群の7%に比べ有意に高い状態でした。この中でも、特に年齢の低い子どものスコアが高い傾向にあったとのことです。
 なぜ小さな子どもの方が影響を受けやすかったのでしょうか?この一因は、小さなお子さんほど親と過ごす時間が長く、親の不安の影響を受けやすい、ということにあるのかもしれません。同じ研究において、親のPTSDスコアが高いほど子どものSDQスコアも高い、という結果になっているからです。
 ただし、この調査結果で気を付けなくてはいけないことは、バイアスの存在です。たとえば「心配ごとが多く、いつも不安なようだ」という質問を例に挙げてみます。自分の子どもが避難生活をしている、あるいは放射能を浴びたかもしれない、と不安になっている親から見れば、子どもの些細な行動が全て「不安そうな行動」に見えてしまうかもしれません。その結果、子どもの状態が全く同じであっても、避難した方の方が県外の方よりも「あてはまる」と答える親が多い可能性があります。つまり、このSDQスコアそのものが子どもではなく親の不安を反映している可能性もあるのです。しかしいずれにしてもこの結果が親のストレスを反映していることだけは確かでしょう。
 では、これから親になる方々の精神状態はどうだったのでしょうか。2010年8月~2011年6月の間に妊娠した福島県内の母親の調査では、27.6%が抑うつ状態にあった、との結果が出ています(2)。特に若くて初産の母親に多くまた、原発に近い相双地区の母親は他の地域に比べても抑うつ状態となるリスクが1.39倍も高い結果でした。これは被ばくのストレスだけでなく、避難生活や医師が変わることによるストレスも大きかったのでは、と考察されています。
 前稿(3)でも述べたように、子どもの健康は親の健康状態に左右されます。しかし子育て中の親は、中々「助けて」と声を上げられません。特に家庭が主な生活の場である主婦の方は、発信の場も与えられず、声を上げたくても上げる場所が与えられない、という状況にあります。このサイレント・マジョリティの声をどのように拾っていくか。今後起こり得るどのような災害においても、それが課題となるでしょう。
 

情操面への影響

 心の成長段階にある子どもにとっては抑うつなどの精神状態だけでなく、情操面の発達も重要な課題です。情操面は測定が難しく、また文化的な差異も大きいためになかなか学術論文とはなりにくいようです。ここでは私自身が聞いた経験談のみを述べることとします。
 ある幼稚園の先生のお話では、2011年4月、5月に新しい子どもが入園したとき、「親から離れても泣かない・泣けない」子どもの多さに驚いたといいます。ストレスが強すぎて、本来ショックを受けるべき親と離れる、という経験に泣くこともできなかった、というのです。また外遊びができないこと、子どもの発達に非常に重要な「砂遊び」ができないことも問題でした。1年後に外遊びが再開したときに、遊具でケガをする子供が多発し、また砂山を作る、などの協調性をもった遊びやコミュニケーションのできない子どもが増えていた、とのことです。
 さらに、震災当時に物心がついた子どもたちの中には、自然に触れることを禁止された結果、「自然は悪いもの」と認識しているようなお子さんもいるようです。たとえばあるお子さんはきれいな花を見つけてお母さんに摘んで帰ったら「(放射能があるから)早く捨てなさい!」と捨てられてしまった、といいます。理由を理解する前にこのような経験をする結果、虫や植物は触ってはいけないもの、悪いもの、という認識が子どもの中で育てられている可能性もあるのです。
 このような子どもの情操面への影響をいかに減らしていくか。これは風評被害以上に重要な課題だと思います。

PTSDから「PTG」へ

 このように福島第一原発事故は子どもたちの精神面にも大きな影響を及ぼしています。では今私たちに何ができるのでしょうか。
 福島に限らず、被災地では多くの子どもたちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいます。しかし一方で、子どもの心は非常にしなやかです。とくに、このような大きな不幸から精神の成長を得、PTG(心的外傷後成長)を得る能力は子どもたちの方が高いそうです。
 災害早期から相馬市に支援に入っていた臨床心理士による「相馬市フォロアーチーム」の活動報告によれば、災害により多くの子どもや教師が心に傷を負った一方で、環境・人間関係・心の変化により、自分をポジティブに変えられるようになった子どももいる、とのことです。
 「ネガティブで無口な自分からポジティブ、一人でいても平気、考えを変えられるような自分になった、という子どももいます」
フォロアーチームの一員の方から伺った話です。
 もちろん災害はなかった方がよかったと思います。しかし起きてしまった負の出来事を少しでも正の遺産とするために、PTGを促す活動について考えることは重要だと思います。
 例えば1990年のイラン大地震の後、何もわからない中でセルフ・ケアを模索してきた当時の子どもたちに、20年後にインタビューを行った報告があります(4)。この中で、災害をきっかけに里親や医療関係など人を助ける仕事、あるいは宗教的な仕事に関わるようになり、内的成長を遂げた人々がいます。何かをしてもらうだけではなく、自分が学んだり人にしてあげたりすることで心のバランスを取り戻す。人の心には少なからずそういう側面があります。
 福島においても、前稿(5)でしめした高校生らによる論文作成に関わった生徒の中には、それをきっかけに医療や福祉の道へ進んだ子どももいます。子どもだからといって、何かを「してあげる」だけでなく、人のためになることを「させてあげる」こともまた、PTGを促すための大切な支援なのかもしれません。

さいごに

 ここまで、福島第一原発事故の後の子どもの健康影響につき、極力客観的なデータに基づいてまとめてみました。原発事故による子どもたちへの健康影響は、大人と同等あるいはそれ以上に複雑かつ広範な問題です。「放射能」「がん」「可哀想な子どもたち」。このようなレッテルで福島の子どもを一くくりにしてしまうことで、多くの健康被害が見落とされるだけでなく、子どもたちがしなやかな心を身につける、PTGの機会をも失われてしまうかもしれません。子どもの復興のためには、「子ども社会」をみる大人の眼こそが成長していかなくてはいけないのではないかな、と考えています。

<引用文献>

(1)
Mashiko H, et al. Mental health status of children after the Great East Japan Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident. Asia Pacific J Pub Health 2017;29:131S-138S
(2)
Goto A, et al. Immediate effects of the Fukushima nuclear power plant disaster on depressive symptoms among mothers with infants: a prefectural-wide cross-sectional study from the Fukushima Health Management Surveyet al. BMC Psychiatry (2015) 15:59
(3)
http://ieei.or.jp/2017/09/special201706006/
(4)
Shamsalinia A, et al. The life process of children who survived the Manjil Earthquake: A decaying or renewing process. PLosCurr.2017 April4:9
(5)
http://ieei.or.jp/2017/09/special201706007/