第12話「IAEA総会:60年の節目」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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 オープニング・セッションにおいて天野事務局長は、SDGs採択にあたり開発課題解決における科学技術の役割が認知されたことの意義を強調した。また、基調講演者の一人であるモナコ公国のアルベール2世公殿下は、持続可能な開発のための原子力技術の推進において、全てのステークホルダーによる国際科学協力が極めて重要であると訴えた。モナコには福島第一原発事故後に海洋モニタリングを行なっているIAEAの研究所がある。
 その後、保健医療、食糧農業・栄養、エネルギー、水資源管理等のテーマ毎に専門家によるパネル・ディスカッションが行われた。保健医療セッションでは、昨年、日本代表部が開催した国際保健ワークショップ(第8話参照)で講演を行った渋谷健司東京大学教授がパネリストとして参加した。

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科学フォーラムで基調講演を行うモナコのアルベール2世公殿下(左)と
サイバースドルフ研究所改修プロジェクト(ReNuAL)関連イベント(右)(写真出典:IAEA)

 この科学フォーラムのほか、現在工事が進行中のサイバースドルフのIAEA研究所改修プロジェクト(ReNuAL: Renovation of the Nuclear Applications Laboratories)や、ガン治療行動計画(PACT: Programme of Action for Cancer Therapy)、アジア、アフリカ、中南米、中東各地域における地域協力の関連会合など、原子力の平和的利用に関する行事が連日開催された。「平和と開発のための原子力」を提唱する天野事務局長の下ならではの特色といえよう。
 IAEAの役割に対する途上国の期待・ニーズと、限られたリソースをいかにバランスさせるかが今後の課題である。

3.日本の対外発信

 総会初日の昼には、昨年に引き続き、日本政府代表を務める石原宏高内閣府副大臣と北野充ウィーン代表部大使によるレセプションが開催された。来訪者にお寿司や日本酒を堪能してもらいながら、日本の原子力政策の現状を知ってもらうこのイベントは、IAEA総会初日の定番として定着した感がある。
 本年は、日本にとっては、福島第一原発事故から5年目の節目の年でもある。
昨年のIAEA総会で、同事故に関する報告書が公表され、事故後に策定されたIAEA原子力行動計画も昨年で終了したことから、福島第一原発事故そのものがIAEA総会の場で注目を集めることはなくなっている。
 しかしながら、いまだ各国に残る福島県産の食品に対する輸入規制措置の是正を求める上でも、福島第一原発における事故処理の現状についての地道な情報発信は欠かせない。加えて、事故の当事国として、その教訓を踏まえて世界の原子力安全の向上に貢献するのは日本の責務と言える。そうした日本の基本姿勢をアピールする場として、世界各国の原子力の専門家が集まるIAEA総会は絶好の機会である。各国政府代表や天野事務局長をはじめとするIAEA幹部職員、メディア関係者など約150名が出席したこのレセプションで、石原副大臣は、こうした日本の立場を改めて強調した。

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日本主催レセプションで挨拶する石原内閣府副大臣(左)とレセプションの模様(中・右)
(写真出典:在ウィーン国際機関日本政府代表部)

 今回の総会では、日本の政府・関係機関が原子力に関わる様々なテーマでイニシアティブを発揮し、関連行事を主催する局面が例年以上に多かった。
 政府レベルでは、昨年日本が締結したことで発効した「原子力損害の補完的な補償に関する条約」(CSC: Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage)(第3話参照)の理解増進を目的としたサイドイベントを日本とアメリカの共同で開催した。また、経済産業省と原子力国際協力センターが原子力分野での知識管理・人材育成についてのサイドイベントを開催し、日本の取り組みについてアピールを行ったところである。
 関係機関レベルでは、昨年同様、“Life, Safety and Prosperity” の統一テーマの下、日本原子力産業協会、日本原子力研究開発機構(JAEA)、放射線医学総合研究所の三団体及び民間企業が連携してブースを設置し、日本のプレゼンスをアピールした。また、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF: Nuclear Damage Compensation and Decommissioning Facilitation Corporation)が米英仏の関係機関とともに廃炉・除染に関する各国の先進事例・経験を共有、情報交換するイベントを昨年に引き続いて開催した。廃炉・除染は各国の関心が高い分野であり、福島第一原発事故の当事国である日本の関係機関が自らの経験を各国と共有しながら、積極的に国際連携を進めていることは高く評価されるべきと言える。

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日本ブースを視察する石原内閣府副大臣(写真出典:内閣府)

 さらに、原子力技術応用の分野では、IAEA事務局が開催したホウ素中性子捕捉療法(BNCT: Boron Neutron Capture Therapy 粒子線によるガン治療法の一種)に関するサイドイベントに岡山大学が全面的に協力し、この分野における最近の進展を日本の研究者が報告するなど、日本の研究機関の存在感を大いに示したところである。
 なお、ウィーンをベースに行われている、放射性物質の輸送に関する沿岸国と輸送国の非公式対話は昨年9月から1年間、日本が議長国を務めてきたが、今次IAEA総会の機会に次期議長国のポルトガルとともに年次会合を開催した。放射性物質の輸送においては、輸送国と沿岸国の間の信頼醸成、理解増進が不可欠であり、この対話の枠組みは非常に重要な役割を果たしている。今回の年次会合では、本年7月の英国の放射性物質の輸送船訪問など1年間の活動が報告され、机上訓練の実施など次の1年の活動指針が合意された。

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ホウ素中性子捕捉療法に関するサイドイベント(左)と放射性物質の輸送に関する沿岸国と輸送国の非公式対話年次会合(右)
(写真出典:岡山大学ホームページ(左)、在ウィーン国際機関日本政府代表部(右))

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