第12話「IAEA総会:60年の節目」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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4.総会決議

 今年の総会でも、例年通り、地域情勢(中東、北朝鮮)や、保障措置、核セキュリティ、原子力安全、技術協力、原子力技術の応用など、様々な分野におけるIAEAの今後の活動の指針となる決議が審議、採択された。
 今年の総会で注目された点の一つは、例年紛糾の的となる中東における核問題に関する議論が比較的平穏に進んだことである。例年、アラブ連盟諸国が「イスラエル核能力(Israeli Nuclear Capabilities)」決議案という、IAEAにイスラエルの核能力の検証を求める極めて政治色の強い提案を行い、これに反対する米欧イスラエルとの間で、同決議案の採否をめぐり加盟国を分断する動きが見られるのが常であるが、今回アラブ諸国は決議案の提案を見送った。
 もう一つの核をめぐる地域情勢問題である北朝鮮についても、本年に入り北朝鮮が2回にわたる核実験を強行したことに対し、国際社会として強いメッセージを出す必要があるとの基本認識は加盟国に共有されていた。北朝鮮の核兵器保有に対する断固とした反対を改めて表明し,北朝鮮に対し核戦力・核計画の放棄を強く要求する決議が過去最高となる70カ国の共同提案国を得てコンセンサス採択された。

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IAEA総会最終日の模様(写真出典:IAEA)

 その他の様々な分野でのIAEAの活動に関する決議については、最終的にはいずれもコンセンサス採択された。特に、決議の一部を巡って例年投票にかけられていたIAEAの査察(保障措置)に関する決議と、核軍縮関連の表現を巡って昨年分割投票にかけられた核セキュリティ決議が、いずれもコンセンサス採択されたことは特筆すべき点といえる。また、原子力安全に関する決議では、昨年の動き(IAEA福島報告書の公表、IAEA原子力行動計画の終了、原子力安全条約に関するウィーン宣言採択)を受けた原子力安全強化のためのアプローチを巡って各国の違いが見られたが、最終的にはコンセンサス採択された。途上国への技術協力に関する決議でも、SDGsへの貢献の文脈で、関連予算をめぐる先進国と途上国の間で綱引きが見られたが、これもコンセンサス採択された。
 今回の一連の総会決議の結果について、各国代表団の一部からは、コンセンサスを重視する「ウィーン精神(Vienna Spirit)」が復活したとの声も聞かれたほどである。昨年のIAEA総会が、成果文書不採択に終わったNPT運用検討会議後の険悪な雰囲気を引きずる中で開催されたのに比べれば、そうした見方も当たっていなくはない。もっとも、中東の核問題にせよ、IAEAの場での核軍縮の扱いにせよ、各国の対立構図は変わっていない。原子力安全におけるアプローチについても、各国の間には、対立構図とまで言わないまでも相当な温度差がある。今回の総会は、ウィーン精神の復活というよりは、いわば、「嵐の前の凪」の時期にたまたま当たった面もあるのではないか。いずれにせよ、ウィーンにとどまらない、軍縮・不拡散・原子力の平和的利用をめぐる様々な国際的な動きを見ていく必要があろう。   

5.IAEA事務局長選挙

 今回の総会において正式な議題ではなかったものの、最大のhidden agendaだったのが、IAEA事務局長選挙である。
 現在2期目を務める天野事務局長の任期は来年2017年の11月までである。従来からの手続きに従えば、本年の総会後から立候補の受付手続きを開始し、年末までに締め切り、来年の遅くとも6月までに理事会で事務局長を任命し、9月の第61回総会で承認される必要がある。
 今回の総会初日の演説の最後において、天野事務局長はこの点に触れ、加盟国の信任が得られるのであれば、次の任期も務める用意があることを表明した。日本政府代表の石原内閣府副大臣も演説において、天野事務局長のこれまでの実績を高く評価した上で、同事務局長の再選支持を表明し、各国に支持を呼びかけた。総会では、約30ヶ国の代表から天野事務局長の続投支持が表明された。
 60年のIAEAの歴史において、歴代事務局長は5人しかいない(70年の歴史を持つ国連事務総長はパンキムン現事務総長を含め8人)。利害の異なる各国のバランスをとりつつ、核不拡散と原子力の平和的利用というIAEAの2つの難しい任務をこなすためには、事務局長による継続的なリーダーシップが不可欠であり、自ずと長期政権になる傾向があることを示しているとも言える。

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10月3日のIAEA理事会の模様。中央は新理事会議長のセオコロ南アフリカ大使(写真出典:IAEA)

 今回の総会終了後、週が明けた10月3日、新たな理事会メンバーによる理事会が開催され、理事会議長がブラジルのヴィンハス大使から南アフリカのセオコロ大使に交替した。この理事会では、次の任期の事務局長の任命が議題として取り上げられ、従来どおり本年末を立候補受付の締切りとする手続きが承認された。これにより、「核の番人」のトップを選出するプロセスが正式にスタートすることになった。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

日本政府関係
第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/page3_001556.html(外務省ウェブサイト)
国際原子力機関(IAEA)第60回総会の概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page24_000797.html(同上)
日本政府代表演説
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/ministerstatement26.09JA_ja.html(在ウィーン国際機関日本政府代表部ウェブサイト)
日本政府主催レセプション
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/gcrcp26.09ja_ja.html(同上)
放射性物質の輸送に関する沿岸国・輸送国の非公式対話年次会合
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/29.09ja_ja.html(同上)
IAEA関係
天野事務局長演説
https://www.iaea.org/newscenter/statements/statement-to-sixtieth-regular-session-of-iaea-general-conference-2016(IAEAウェブサイト)
IAEA60年記念写真展
https://www.iaea.org/newscenter/multimedia/photoessays/60-years-60-pictures-an-overview-of-the-iaeas-work(同上)
その他
ホウ素中性子捕捉療法関連
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/news/news_id6103.html(岡山大学ウェブサイト)
https://www.iaea.org/newscenter/news/boron-neutron-capture-therapy-back-in-limelight-after-successful-trials(IAEAウェブサイト)

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