第1回 自動車産業は「技術革新」と「総合的アプローチ」がカギ〈前編〉

日本自動車工業会 環境委員会温暖化対策検討会主査/日産自動車グローバル技術渉外部 担当部長 圓山 博嗣氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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「パリ協定」後、日本の「地球温暖化対策計画」の評価は?

――COP21のパリ協定を自動車業界としてどう評価していますか?

圓山 博嗣氏(以下敬称略):全ての国が参加する初めての枠組みとして、高く評価しています。自動車産業は、特に走行時のCO2排出は日本全体の約2割を占めていますので、私たちもこれまで以上の取り組みを加速しなければいけません。

圓山 博嗣(まるやま・ひろつぐ)氏

1979年 早稲田大学機械工学学士課程修了。
同年、日産自動車株式会社入社。
1993年 エンジン実験課 課長、
1995年 日産リサーチ&デベロップメント会社 出向管理職、
1999年 日産工機株式会社 出向管理職、
2001年 日産自動車パワートレイン実験部 主管、
2005年 パワートレイン実験部 部長、
2008年 パワートレイン品質監査室 室長、
2009年 環境・安全技術渉外部 担当部長。
2015年4月 グローバル技術渉外部(改称) 担当部長。

――5月に閣議決定された政府の「地球温暖化対策計画」の評価はいかがですか?

圓山:私たちは、政府の方々とも密接に意見交換を続けてきました。かなり努力は要りますが、実行可能な対策を積み上げるボトムアップ方式で、現実的なレベルで計画がまとまっていると思います。単に削減率といった数字だけで批判されることもありますが、私たちはベストエフォートとして認識しています。自動車の対策についても極めて合理的に社会的コストも考えて組まれています。

 自動車は走行時のCO2排出が一番多いため、「車単体の燃費向上」は必要不可欠です。日本では電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などのゼロ・エミッション車の技術が既に売られていますが、コストがまだ非常にかかります。社会的な全体のコストを考えた時に、走行時のCO2排出を下げるには自動車単体対策にプラスして、「交通流対策」や「エコドライブ」など様々な取り組みも合わせて、社会的なコストを下げる必要があります。これを我々は「統合的アプローチ」と呼んでいます。

 「交通流対策」とは、自動車の平均速度とCO2の関係を見ると、平均速度で60~70km/hが一番CO2排出は低くなります。これより速度が下がるとCO2排出は増加します。渋滞はCO2排出に一番良くないため、渋滞をなくして平均速度が上がるように交通流を改善することが重要です。IT、ITS (Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)を使って渋滞を改善し、信号制御を高度化することで渋滞改善できます。将来的には自動走行により事前に渋滞を察知して、速度制御することで渋滞を緩和することもできるでしょう。

自動運転と交通流対策の実現可能性

――AI技術(人口知能)による自動運転の可能性についてもう少しお聞かせください。

圓山:少なくとも歩行者と交通が完全に遮断された高速道路での普及がかなり期待できると思います。
 ナビゲーションシステムにより高速道路はすぐ認識できます。高速道路には白線が必ずありますから、自動運転のセンシングが非常にやりやすい。例えば「オートクルーズコントロール」と「自動ブレーキ」も既に技術が確立しています。オートクルーズコントロールはボタンを押すと自動でスピード制御し、自動ブレーキは障害物があったら止まります。白線の中でハンドルを切る仕組みもすでに実用化されています。これらを組み合わせて、さらに障害物への安全対策をすれば、それで自動運転になるわけです。周りの車の動きを検知するカメラやレーダーなどを組み合わせて自動運転は成り立ちますが、要素技術はほとんどできていて、閉鎖的な空間でしたら実現できる状態にあります。

――交通流がスムーズになれば、大幅なCO2削減が期待できそうですね。

圓山:本当の意味で大幅なCO2削減を図るには、全ての車が入れ替わらないといけません。2020年からやはり10年は必要でしょう。2030年には自動運転による交通流の改善もあいまってCO2排出が大幅に低減できる可能性があります。

――温暖化対策計画にエコドライブも入っていますね。

圓山:車は、一番良い燃費の運転領域がありますので、車を上手く使うことがポイントです。最も燃費が悪いのは、一気に加速をする最高出力点です。ゆっくり加速して、ふんわりアクセルして、そして早めの減速をして、なるべくブレーキを踏まない。エンジンブレーキだけで徐々に徐々に減速するのがポイントです。加速する場合は、徐々に徐々に加速して、あとはなるべく一定速度を保つと燃費が良い。アクセルを頻繁に動かすと、ロスが出ます。

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自動車業界の低炭素の取り組みのポイント

――パリ協定後の低炭素に向けた取り組みのポイントは?

圓山:できるだけ化石燃料を使わない、そしてモーターで走らせることが一番大きいポイントです。ハイブリッドは電動技術を応用して、電気と内燃機関がミックスして一緒に走りますが、日本の新車市場のシェアで2割を超えて当たり前の技術になってきています。それを超えるゼロ・エミッション車のEV、FCVが普及していくとCO2削減効果も大きくなるでしょう。ゼロ・エミッション車のコストダウンが大きな課題で、各社が取り組んでいる状況です。EVは、航続距離の問題を解決しなくてはなりません。

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出典:日本自動車工業会

 一方で、内燃機関もまだ改善の余地があります。内閣府が中心となり「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」という計画を組んでいますが、日本は従来、産官学連携は非常に弱かった。日本の自動車メーカー14社が、皆、競争しながら莫大な投資を行い、同じ研究開発をしてきたわけです。

 一方、ドイツなどの自動車メーカーは、分野によっては産官学が協調して技術開発に取り組み、長年、皆が出資し合って共同開発するコンソーシアムができています。そうした取り組みが日本でもようやく始まり、内燃機関についても現在の熱効率40%程度を大幅に上回る50%を目指した研究が進んでいます。

――やはり次世代自動車が低炭素対策の柱ですか?

圓山:はい。次世代自動車は、世界中のメーカーが技術を競い合っています。しかし、研究開発費が膨大ですので、日産ではルノーやダイムラーとの共同研究開発をやっています。いろんなアライアンスが組み合わさることで技術開発が進みます。コストダウンが普及を加速しますので、私たちメーカーはコストダウンへの努力を続けています。

 一方、政策的なインセンティブも必要です。エコカー補助金やエコカー減税など、インセンティブ政策とメーカーの技術開発の努力があいまって普及が加速していきます。普及が加速していくと自然とコストは下がっていきます。日本の自動車技術は国際的にも非常に高いレベルですので、普及を推進し、世界のCO2対策に貢献したい。

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現在、次世代自動車の保有台数は約515万台(推計値)。保有車の約6.7%。出典:日本自動車工業会

――その他の燃費改善技術は?

圓山:車体の軽量化、タイヤの転がり抵抗の低減、空気抵抗の低減など様々な燃費改善技術があります。こうしたいろいろな取り組みが、CO2対策として積み重なります。軽量化については、炭素繊維などの新しい材料もコストの低減が進んでいます。さらに新しい材料もイノベーションにより出てくる可能性があります。“軽量化”して悪いことは何もなく、全てに対して効果があります。

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――低炭素の取り組みの対象がオフィスや研究所にも拡がりましたね。工場での省エネの具体例は?

圓山:省エネ法が定める年率1%のエネルギー消費量削減目標に向けて努力義務を果たさなくてはなりません。ベスト・アベイラブル・テクノロジー(BAT)を各社採用して積極的に排出削減に取り組んでいます。工場の設備はそんなに頻繁に更新しないので、日常的に低炭素化するとなると省エネ活動が重要になります。

 工場では有効に設備を使い、一番効率の良い運転条件にして、なるべく稼働率を上げるなど、各社は環境方針として目標値を設定しています。日本自動車工業会(以下、自工会)の目標設定として、2020年までに90年比で28%削減の目標を掲げています。最新の低炭素技術の設備を入れて、プロセス改善を行います。

 例えば、車の塗装ではこれまで中塗りと上塗り両方の塗装後に設けていた焼付け工程を、中塗りと上塗りを連続して塗装することで一度に集約する「3ウェット塗装」という工法を採用してきています。また、高性能ボイラーの導入やモーターのインバーター化等も進めています。その他、照明のLED化や空調の効率化、無駄な電気を使わない取り組みも進んでいます。各社とも社長方針で環境への取り組みとして、ISO14001には全従業員参加ですから、環境に対する意識も高まっていると思います。

――再生可能エネルギーなどのグリーン電力に関する取り組みは?

圓山:各自動車メーカーが社の低炭素削減目標のもとグリーン調達をやっています。やはり世界がグリーンになっていかなければいけないという社会的責任のもと、多少コストはかかってもグリーン電力を使う努力をしています。目標を達成したら、その分をクレジット化してどこかに売ることはせずに、次の目標を深堀りする努力に向けています。

後編に続く)

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