第10話「オーストリア・ハンガリー原子力事情」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
3.ハンガリー:小さな原子力大国
オーストリアと対照的なのがハンガリーである。同国国内の発電能力の50%以上は、原子力発電が占めている(2015年時点で52.67%)。
4月半ば、ハンガリー政府のアレンジにより、筆者はウィーン駐在の各国外交団とともに同国の原子力施設を視察する機会を得た。訪れたのは、①ハンガリー中部のドナウ河沿いの町パクシュ(Paks)にある原子力発電所と、②原子力発電所に隣接する使用済燃料中間貯蔵施設、③同国南部の町バターパティ(Bátaapáti)の低中レベル放射性廃棄物処分施設の3施設である。
パクシュ原子力発電所(写真出典:左はハンガリー側資料より、右は筆者撮影)
パクシュ原子力発電所は、同国唯一の原子力発電所であり、ロシア製の加圧水型原子炉(PWR)4基が1980年代より運用されている。発電能力は4基あわせて2000メガワットで、同国の国内発電能力の50%以上を占めており、同国のエネルギー戦略の根幹をなす施設である。
一連の視察の際にハンガリー側関係者からたびたび聞かれたのは、「ハンガリーはnewcomer country(新規原発導入国)ではない」との発言である。そこには「小さな原子力大国」ともいうべき矜持、自信がうかがえた。背景には、オーストリア・ハンガリー帝国時代から多数の科学者を輩出した歴史や、30年以上にわたり原子力発電所を運用してきた実績、電力需要の3割を輸入電力に依存し、国内発電の50%強が原子力という自国のエネルギー事情に対する現実主義などが挙げられよう。世論調査では原子力に対して70%以上の高い支持が安定的にあるようである。
ハンガリーの目下の課題の一つは、既存原発の運転期間(30年)を更に20年延長することである。1号機(運転開始は1982年)及び2号機(同1984年)が延長承認済みであり。3号機(同1986年)、4号機(同1987年)が本年、来年にかけて延長承認される見込みである。運転期間の延長に備え、福島第一原発事故前から耐震補強等の措置を実施してきたが、事故後の教訓を踏まえた措置(冷却用電源対策の追加)も実施したとの説明があった。なお、延長期間終了後の2030年代以降にどうするか、リプレイスメント投資の可能性については、今後の検討課題のようである。
もう一つの課題は、隣接地における原発2基の新設である。2030年までの国家エネルギー戦略に基づき、電力需要増大に備えた原子力発電能力を維持するためのものであり、2020年代の運転開始を目指している。ロシア製原発の導入が既に決定され、ロシアとの間で2014年に協定、実施契約が結ばれている。この新設計画についてはハンガリー国内に加え、周辺9ヶ国に対しても説明がなされているが、地元は総じて好意的のようである。ドナウ河を挟んだパクシュ原発の対岸にある地元自治体の最大関心事は環境・安全面の懸念よりも、雇用創出につながる対岸への橋の建設であることや、原発周辺地では人口増大を見込んだ地価高騰が進んでいるとのエピソードも紹介された。
使用済燃料の中間貯蔵施設(左)と低中レベル放射性廃棄物処理施設(右)(写真出典:ハンガリー側資料より)
パクシュ原発から出される使用済燃料は、当初はロシアに返却していたが、使用済燃料を50年間貯蔵する中間貯蔵施設が原発の隣地に併設され、1997年から運用されている。また、原発サイトから更に南部にある低中レベル放射性廃棄物処理施設(250メートル地下の処分場を設置)が2008年より稼働している。両施設ともキャパシティ増大のための増設工事が進行中であった。ビジターセンターや英語での対外説明資料の充実など、廃棄物対策の対外発信に高い優先度をおいている姿勢が感じられた。
今回視察した中間貯蔵施設、廃棄物処分施設を管理運営する放射性廃棄物処理機構(Public Limited Company for Radioactive Waste Management)は、1990年代に閉山したウラン鉱山周辺環境の回復活動も行っている。土壌の除染、定期的な水質モニタリング、対外発信など、福島第一原発事故後に日本が行っている取り組みに通じるものがある。同国南部にあるこのウラン鉱山跡については、高レベル放射性廃棄物最終処分施設に活用する方向で検討が進められている。現在サイト候補を絞り込む調査を実施中であり、2020年代に研究施設の設置、2060年代の運用開始を目指しているとのことであった。
ハンガリー平原とブドウ畑(写真は筆者撮影)
ハンガリーの国土面積は日本の約8分の1。周辺7ヶ国と国境を接しており、車でウィーンを出て同国西部から入ると、セルビアやクロアチアとの国境に近い同国南部まであっという間である。車窓からはハンガリー平原とブドウ畑の美しい景色を楽しむことができる。のどかな農業国というイメージだが、自国のエネルギー安全保障に敏感な国でもある。根底には、オスマン・トルコやオーストリア、ソ連など大国に翻弄された歴史の教訓があるのかも知れない。「小さな原子力大国」ハンガリーの意外な一面を垣間みることが出来た旅でもあった。
4.核セキュリティ・サミットからIAEA核セキュリティ国際会議へ
3月31日から4月1日には、ワシントンDCでオバマ大統領の主催により最後の核セキュリティ・サミットが開催された。日本からは安倍晋三総理大臣が、ウィーンからは天野之弥IAEA事務局長が参加した。
オバマ政権発足後の2010年に第1回サミットがワシントンDCで開催されてから4回目を数えるこのプロセスも、今回でひとまず終わることとなる。核セキュリティ(Nuclear Security)という、特定のテーマで首脳級の会議が開催されるのは異例であるが、この分野に世界の関心を高める上では一定の役割を果たしたと言える。サミット終了から間もない4月8日には、長年の懸案であった「核物質の防護に関する条約の改正(Amendment of Convention on Physical Protection of Nuclear Material)」の締約国数が発効要件を満たすこととなり、5月8日に発効することとなった。
今後、この核セキュリティ分野における国際的な取り組みの多くはIAEAに引き継がれることになる。本年12月にはウィーンにおいて3年振りとなるIAEA核セキュリティ国際会議の開催が予定されており、そのための準備プロセスも始まっている。
この核セキュリティを巡る動きについては、今後改めて紹介することとしたい。