日本の削減目標について(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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(前回は、「日本の削減目標について(その1)」をご覧ください)

欧米並みの削減努力≠欧米並みの削減数値

 今回の目標数値の議論で残念に思うのは、「欧米なみの削減数値を出さないと国際交渉で持たない」という声ばかりが目立ったことだ。成熟した先進国として、「欧米に遜色ない削減努力」はすべきだが、これは「欧米と同じレベルの削減率」を意味するものではない。既に省エネが相当程度進展している日本の限界削減費用曲線は、米国やEUに比してはるかに急峻であり、同じ排出削減率を実現しようとすれば、米国、EUより大きな費用がかかる。2009年前半、麻生内閣の下で2020年の中期目標を検討していた際には、削減率だけを比較していた京都議定書交渉の苦い教訓を踏まえ、努力の公平性に留意した議論が行われていた。「欧米に遜色ない目標数値」という議論を聞くと、あたかも京都議定書時代に先祖がえりしている印象を受ける。今回の目標では、2013年度比で見れば、米国、EUよりも数字が大きいという表も示されたが、そもそも、削減数値の見栄えの比較にいつまでも拘泥すべきではないと思う。

 「国際交渉でもたない」というのもおかしな議論だ。鳩山内閣で90年比25%削減目標を出した際、日本は拍手を浴びたが、国際交渉のダイナミクスには何の影響も与えなかった。仮に麻生内閣の2005年比15%削減目標であったとしても交渉は同じ経過をたどったことだろう。パリCOPの主眼は、プレッジ&レビューを中心とした枠組みをいかに構築するかであって、京都議定書のときのような数字の交渉ではない。各国の出した目標値の事前コンサルテーションもない。もちろん、各国のプレッジした数字について環境NGOやシンクタンクが評価をすることはあるだろうが、それが交渉そのものに影響を与えることは有り得ない。「日本が高い目標を出せば、交渉で主導権を握り、国際交渉の前進に貢献できる」という発想からいい加減、脱却すべきだ。

26%削減目標は努力目標

 約束草案の提示に当たっては、26%削減目標が一人歩きしないようにすべきだ。現在、交渉されている枠組みはプレッジ&レビューに基づくものであり、京都議定書のように目標数値に法的拘束力を持たせるものにはならない見込みだ。それが米国、中国も削減努力に参加する枠組みの唯一の解だからだ。しかし、日本は生真面目な国であり、法的拘束力の有無にかかわらず、ひとたび約束草案を提出すれば、その達成に歯を食いしばって努力することになる。それだけに約束草案をどのような形で提出するかが重要になる。

 まず、約束草案の中身が「努力目標」であることを明確にすべきだ。本年2月に発表した次期枠組みの「青写真」の中で「Mitigation commitments under the Protocol should be equally legally binding on all Parties」とし、全ての締約国の緩和コミットメントに法的拘束力を持たせることを主張しているEUは、約束草案の文言を「The EU and its Member States are committed to a binding target of an at least 40% domestic reduction in greenhouse gas emissions by 2030」としている。commit とかbinding targetという法的拘束力を想定させる強い表現を使っているが、ここでいうbinding target がpolitically binding なのかlegally binding なのか、更にdomestically binding なのかinternationally binding なのかは曖昧になっている。これに対し、米国はこうした用語は使わず、「the United States intends to achieve an economy-wide target of reducing its greenhouse gas emissions by 26-28 per cent below its 2005 level in 2025 and to make best efforts to reduce its emissions by 28%」にとどめている。議会との関係で、法的拘束力を想起させるような表現はアウトだし、中国が commit とかbinding という文言を使うとは思えないからだ。ボトムアップである次期枠組みの性格にかんがみれば、日本も make best efforts toとか strive to といった動詞を使うべきであろう。

26%の一人歩きは危険。大事なのは26%の構成要素の実現努力

 更に重要なのが、「最大限努力する(make best efforts to)」あるいは「一生懸命努力する(strive to)」の対象である。26%という数字は天から降ってきたものではない。「約束草案要綱(案)」にあるように、「エネルギーミックスと整合的となるよう、技術的制約、コスト面の課題などを十分に考慮した裏づけのある対策・施策や技術の積み上げ」によって作られたものである。裏づけとなったエネルギーミックスの実現や対策・施策の実現、技術の導入はできて初めて26%が実現するのであり、この因果関係を約束草案上も明確にしておくべきだ。即ち、努力の対象は、26%の裏づけとなった構成要素の実現に置くべきであり、26%そのものとすべきではない。例えば、原発の再稼動が大幅に遅れ、発電電力量に占める原発のシェアが20-22%を大きく下回ることになったとしよう。26%を努力目標の対象とすれば、原発未達成分を再生可能エネルギーもしくは省エネルギーで埋め合わせようということになる。その際、再生可能エネルギーや省エネルギーのコストが大幅に低下しており、追加的な経済コストを伴わずに原子力を代替できるならば誠に結構だが、残念ながらその可能性は限りなく低く、電力コストの上昇につながるであろう。今回の目標は6月2日の温暖化対策本部での安倍総理発言にあるように、「電力コストを引き下げる」「エネルギー自給率は震災前の水準を上回る」「欧米に遜色のない温室効果ガスの削減」の3つの多元連立方程式を踏まえて設定されたものである。その前提となるエネルギーミックスが実現困難となり、上記の3つの要請の1つである電力コストの引き下げが困難になるならば、新たな解(削減目標)を追求するべきだ。加えて電力市場の自由化に伴う事業環境の激変がエネルギーミックスに様々な影響を与えることも忘れてはならない。

 「努力目標」と「26%の前提条件となる構成要素の実現努力」という二点を勘案した約束草案案文としては、例えば以下のようなものが考えられる。

「日本は、技術的制約、コスト面の課題を考慮した政策・措置に裏打ちされた別添のエネルギーミックスの実現に最大限の努力をする。これは、その他の国内排出削減努力、吸収源と併せ、2030年度に2013年度比26%の削減につながる(Japan intends to make best efforts to achieve the energy mix attached herewith backed by policies, measures and technologies taking into account technical constraints and cost challenges, which will, together with other domestic mitigation efforts and sinks, result in reduction of GHG by 26% below 2013FY in 2030FY)」

目標見直しの道を塞ぐな

 COP21において注意すべき点は、目標見直しの道をふさがないことだ。約束草案のレビューサイクルはCOP21における争点の一つとなっている。交渉の力学として、レビューを通じて約束草案の野心のレベルを引き上げるということがクローズアップされている。もちろん、温暖化問題の解決を図るためには、目標を段々に引き上げていくことが望ましいことは言うまでもない。しかし、一度約束草案を出したが最後、レビューの際に上方修正しか認めないということになれば、目標値に事実上、ある種の法的拘束力を与えるようなものだ。26%の根拠となっているエネルギーミックスの実現ハードルの高さを考えると、我が国にとって大きな問題であるだけではなく、「野心のレベルの引き上げしか認められないならば、控えめな目標を出しておこう」というインセンティブを与えることにもなろう。約束草案は各国が自国の実情を踏まえて設定した目標を持ち寄る枠組みであり、目標水準の見直しにおいても十分なフレキシビリティを与えるべきだ。

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